【師匠】法学者の師弟関係スレッド【弟子】 (728レス)
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555(1): 2020/10/26(月)15:16 ID:z7P6h/6W(9/10) AAS
P.240-241
ことのはじめはジョン・フォスター・ダレスである。
ダレスは講和条約の締結で男をあげ、民主党政権から降りる。
しかし彼は東部エスタブリッシメントのエリートであり、アメリカのための
パブリック・サーヴィスには一肌脱ぐのをいとわなかった。
彼は、条約交渉の過程で知り合った日本のエリートについて考えるところが
あったらしい。日本人はあまりに平和主義的で、中立志向だった。
マッカーサーと吉田が、これに政治的に一枚かんでいるのをダレスは承知していた。
しかし、それと別にイデオロギーとしての問題がある、とダレスは考えたのである。
(中略)
マッカーサーが占領初期にまいたマルクス主義の種が、占領後期になって
反米的なナショナリズムと結びついて、日本の世論を支配していた。
猫も杓子もマルクスだった。論壇では「進歩的文化人」、文壇では「近代文学」、
社会科学では「民主主義科学者協会」、東大では丸山真男と大塚久雄といった具合だった。
ダレスは、E・H・ノーマンとマルクスに対抗するために、日本人に新しいイデオロギー
をつくって与えようと決意することになる。マッカーサーもさることながら、ダレスも傲慢なものである(注1)。
彼は一九五二年にこの話を国務省に持ち込んだ。マッカーシーの全盛期であり、
中国からは「洗脳」という言葉が輸入されていた。フロイトの心理分析もアメリカの
上流階級の頼みの杖になる時代だった。国務省は心理戦争の一角として
ダレスの企画に援助を約束する。ダレスが探していたものは、共産主義に
対抗するイデオロギーである。これにはナショナリズムがもっとも頼りになる。
しかし、彼がナショナリズムのリヴァイヴァルをやれと国務省に提案したのかどうかはわからない。
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