骨董屋シリーズだよ (139レス)
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107: 2019/11/01(金)05:06 ID:lqHBiA+4(1/12) AAS
九相の鏡の話
ああ、どうも、またまた来てしまいました。引退した骨董屋です。
今回は、私が経験した古物に関するエピソードの中から、
ある西洋アンティークの鏡の話をしようと思いまして。
ええ、ちょっとした話ならいくらでもあるんですよ。
でね、今になって考えると、古物の種類によって似たような不思議が
起きることが多いんです。人形、皿や壺、武具、掛け軸などの飾り物、
ガラス器、タバコの根付、仏像・・・不思議といえば不思議だし、
あたり前のこととも思えます。属性と言えばいいんでしょうか。
あまり難しいことはわかりませんが、その古物の用途によって、
省2
108: 2019/11/01(金)05:06 ID:lqHBiA+4(2/12) AAS
江戸時代までは、金属製の鏡がほとんどだったのはご存知でしょう。
大量生産されてましたから、出回るのは質の良くないものが多いんです。
ガラスの鏡もあることはありましたが、小さいものばかりですし、
ゆがみもひどい。これは、日本では大きな板ガラスが作れなかったためです。
大型の姿見が出回るようになるのは、明治以降のことですね。
ああ、うんちくはこれくらいにして、本題に入ります。
私には一人弟がいて、私のようなヤクザな商売にはつかず、
当時の国鉄に採用されて駅長までやったんです。それで、娘が2人いまして、
私からみれば姪っ子です。その妹のほうが、まだ独身で
会社勤めをしていた頃の話です。はい、そのときには私はもう
省1
109: 2019/11/01(金)05:07 ID:lqHBiA+4(3/12) AAS
なんでも、アンティークの鏡を家具屋で買ったが、それから精神状態が
おかしくなったということでした。ここからは姪との会話です。
「どういうことなのか詳しく話してみて」
「はい、伯父さん。西洋アンティークの家具屋で、イタリア製という
姿見を買ったんです」 「大きさはどのくらい?」
「そうですね、台座もふくめて私の背よりも高いです。
180cmあるかもしれません」 「それは大きいね、で、店の人は
どう説明してたの?」 「イタリア製、1910年代の製品。
台座はオーク材で手彫りの装飾。鏡面に曇りやゆがみはほとんどなし」
「へえ、そりゃいい出物だ、値段はいくら?」
省1
110: 2019/11/01(金)05:07 ID:lqHBiA+4(4/12) AAS
「はい、すごく良いものなのにこの値段なのは、使い勝手がよくないからだって」
「どういうこと?」 「ほら、ふつう姿見って見る角度を変えられるよう
動くじゃないですか。それが固定されたままで動かなかったんです」
「ほう」 「でも、すごく気に入っちゃって、どうしても欲しくて
しかたなくなったんです。動かないけど、正面に立って見るぶんには
問題ないし、値段も、私のお給料でなんとか買える額だし」
「ああ、物と人の出会いってのはあるもんだよ。ひと目見て魅入られたように
なってしまって、どうしても手に入れたくなる」
「ああ、そうです。そんな気持ちでした。それで、貯金をおろして
現金で支払い、家具屋さんに部屋まで運んでもらったんです」
省1
111: 2019/11/01(金)05:08 ID:lqHBiA+4(5/12) AAS
「ははあ」 「すらりとスタイルがよく、顔も細面で、何を着ても似合いそうな
まるでモデルみたいに」 「それはおそらく、わざと曲率をゆがめてつくって
あるんだろうね。ほら、お化け屋敷に入れば、伸び縮みして見える
鏡があるじゃない。あそこまで極端でなくても、縦長に映って見える」
「ああ、やっぱりそうですよね」 「まあ、お前はもとからスタイルはいいと
思うけど。専門的なことを言うと、ガラスがかまぼこ型に盛り上がってるんだ。
だから手足の先端にいくにしたがって細長く見える。でも、ちょっとさわった
くらいじゃわからんよ」「それで、鏡に何か変なことが起こったわけじゃなく、
その鏡が来たことによって、私が変わっちゃったんです」
「どういうことだい?」 「まず、すごく服装にお金を使うようになりました。
省1
112: 2019/11/01(金)05:08 ID:lqHBiA+4(6/12) AAS
これを着て鏡に映してみたらどう見えるんだろう、って考えちゃって」
「で」 「とにかく買いまくっちゃったんです。後先考えず高価なブランド品を」
「ははあ」 「私はまだ入社2年目で、お給料も少ないんだけど、
そのほとんどを服やバッグにつぎこんで」 「それで痩せてるんだな」
「はい、部屋代と光熱費は決まってて、削れるのは食費だけだったので」
「それで」 「でも、お腹がすいたとも思いませんでした。買った服を着て
鏡に映してみると、雑誌から抜け出したみたいに見えたんです」
「まさか借金とかした?」 「いえ、そこまでは。でも、あのままだったら
きっとそうなってたと思います」 「うーん」
「それから、つき合ってた人がいたんですけど、その鏡が来てから
省1
113: 2019/11/01(金)05:08 ID:lqHBiA+4(7/12) AAS
「うまく言えないんですけど、この人は私にふさわしい人じゃないって
思えてきて。今考えれば、とんでもないことでした」
「今も別れたまま?」 「・・・すごく後悔しています。でも当時は、
とにかく彼の欠点ばかりが目について、一つ一つのしぐさや癖、
それが何もかも鼻について嫌でした。それと、不思議なことがあったんです」
「ほう、どんな?」 「私と彼とがその鏡に並んで映ったことがあるんです。
もちろん縦長ですから、2人の全身は入らないんですが。
彼が小さく見えたんです。背が低く太った感じに。それを見て、
ますます、ああこの人と私は似合わないって思って、
私のほうから別れを切り出したんです」 「うーん、それで」
省1
114: 2019/11/01(金)05:09 ID:lqHBiA+4(8/12) AAS
「すごく態度が高慢になってしまったんです。私がこんなコピー取りや
お茶くみなんかしてるのはありえない、もっともっと活躍できる、
私にふさわしい場が他にあるだろうって思って、それが態度に出て」
「それだと、イジメられるだろう」 「はい、イジメられるというか、
ある昼休みに、女子社員の何人かから呼び出されて、いろいろキツイことを
言われました。それと、上司からも一人別室に呼ばれて叱責されたり」
「で」 「こんな会社、辞めてやろうって考えてた矢先のことです。
その夜も、姿見の前で、買ったばかりの新しい服を身に着けてあれこれ
ポーズをとっていました。何時間でも見てられるし、陶然とした
気持ちになってくるんです」 「で」 「そのとき、ドアのチャイムが鳴って、
省1
115: 2019/11/01(金)05:09 ID:lqHBiA+4(9/12) AAS
別れた彼でした。私は、ドアチェーンをかけたまま、あなたにもう用事は
ないから帰ってって言いました。すぐ鏡の前に戻りたくて。
そしたら、彼は何も言わず、細く開いたドアのすき間の上のほうから、
中に金属の工具を投げ込んだんです。バールって言うんでしょうか、
細長いやつ。それは横を向いていた鏡の縁にあたり、せまい部屋ですから
壁にはね返って、鏡面を割りました。そのときに、拍手の音がしたんです」
「拍手?」 「はい、劇場かどこかで、大勢の人がするような拍手の音」
「うーん、それで」 「その瞬間、憑きものが落ちた感じがしました。
あれ、私、何をやってるんだろうって」 「なるほど、だいたいわかった。
伯父さんは西洋物は詳しくないが、これから行ってその鏡を見てみよう」
省1
116: 2019/11/01(金)05:09 ID:lqHBiA+4(10/12) AAS
いっしょに姪の部屋に行ったんです。いや、ひと間の部屋の中は服や靴、
バッグ類とその箱であふれてました。あと、カップ麺の容器がキッチンに
積み重なって。鏡は八方にヒビが入ってましたね。ひと目でいいものだということは
わかりました。ただ、装飾が不気味で、鏡の周囲をとりまいた蔦の深彫りが、
まるでネズミか何かの頭蓋骨を並べたように見えたんです。
持っていった軍手をはめて、鏡の破片を一つずつ慎重に剥がし、
段ボール箱に入れていきました。裏板があらわになったので、さらに調べると、
二重になってるように思えました。それで車から道具を持ってきて、
上板をはずしてみたんです。端が糊づけされているようで、作業は困難でした。
下の板に何かが貼られているのはすぐにわかりましたよ。
省1
117: 2019/11/01(金)05:10 ID:lqHBiA+4(11/12) AAS
古いモノクロの写真が9枚、縦にならべて貼られてたんです。どれも
一人の外国人女性、おそらくイタリア人でしょう、を写したものでした。
1枚目はその女性が4歳ほどで、大きなお屋敷の庭で遊んでいる姿。
2枚目は10歳くらいで、広間でピアノを弾いてました。3枚目は15歳くらい
ですか、私立学校の寄宿舎らしき場所で撮ったもの。
4枚目はその女性が舞台に立っているところで、女優になったんでしょうか。
あとで調べてみましたがよくわかりませんでした。次も舞台で踊っているもの。
6枚目はその女性の結婚式で、結婚が遅かったんでしょう。
30歳を過ぎているように見えました。それと、場所は教会でしたが、
神父さんの姿だけが切り抜かれてました。7枚目は3人の子どもに囲まれている姿。
省1
118: 2019/11/01(金)05:10 ID:lqHBiA+4(12/12) AAS
どの写真も黄ばんで、縁はぶさぶさになってましたね。
ですから、撮られてかなりの年月がたってから、鏡の中に収められたんだと思います。
・・・最後の一枚についてはあまり話したくないです・・・ 時刻は夕方でしょうか、
その女性の遺体が暗い森の中の土の上に放置され、数匹の野犬が顔や手を
齧っている・・・そんな写真がなぜ撮られたのか、特に最後の一枚を撮ったのは
誰なのか、何もわかりません。その鏡はどうしたかって? 私の手に負えるものでは
ないことは理解できたので、ローマ法王庁に事情をしたためた手紙を出しました。
そしたら、すぐに送ってほしいという返信が来て、ガラスの破片ともども
船便で送ったんです。はい、向こうで処理されたんでしょう。感謝されましたよ。
話はだいたいこれで終わりです。姪には、その青年と仲直りするように言いまして、
省1
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