[過去ログ] 集団ストーカーについて知っている事を教える28 (1002レス)
上下前次1-新
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
次スレ検索 歴削→次スレ 栞削→次スレ 過去ログメニュー
2: 2020/07/21(火)18:42 ID:CqeTr19+(1/3) AAS
元公明党委員長 矢野絢也『黒い手帖 ― 創価学会「日本占領計画」の全記録』より抜粋
そのうちに監視がついていることに気づいた。自宅の真ん前はかなり広い駐車場になっている。
ここに不審車が一台もしくは二台止まるようになったのだ。明らかに駐車場の一般利用客とは思えなかった。
なぜなら、止めてある車のなかには人影が見え、何時間経っても車内から出ようとしないからだ。
・・・・・事務所の電話に雑音が入るなど、変調をきたすようになった。盗聴を疑い、電話機を取り替えると、なぜか雑音は止まった。
実をいうと、私は公明党の幹部を務めていたときから、学会内に監視・尾行を行う「特殊部隊」が存在することにうすうす気づいていた。
反学会的な記事を書くジャーナリストなど、反学会勢力に対する細かなデータが上がってきたものだった。
今では、私以外にも、このような「特殊部隊」について、多くの人が証言している。
なかでも注目すべきは、学会と敵対する組織が学会に対して起こした裁判に関連して、元学会員から提出された陳述書である。
元学会員の陳述書によると、「特殊部隊」の役割は「広宣部」が担っているという。
省13
3: 2020/07/21(火)18:42 ID:CqeTr19+(2/3) AAS
元創価学会芸術部書記長 小多仁伯『池田大作の品格』より抜粋
マスコミ・週刊誌等で、創価学会からの不法ないやがらせ、いじめ、尾行、盗聴などが報道され、
こんなにもでたらめで不純な宗教団体が存在しているのかと社会に知らされたのですが、一向に彼らの反社会的行為はやみそうにありません。
・・・・・学会員が脱会した人たちに対する仕打ちは常軌を逸しています。その実例を挙げると、それこそ何でもありの無法そのものです。
― 無言電話の多さ
― 電話での罵詈雑言(交通事故に気をつけろ、必ず不幸になる等々)
― 玄関先に生卵をぶちまけられる、玄関先に糞を置かれる、ネコの死骸を置かれる等々
― 自家用車のタイヤをパンクされる、ボディに傷を付けられる、車に発信機をつけられる
― 電話を盗聴される
― 近所に中傷ビラをまかれる、近所にありもしない中傷の噂をされる
省6
4: 2020/07/21(火)18:42 ID:CqeTr19+(3/3) AAS
柿田睦夫『創価学会の“変貌”』より
フリージャーナリストの乙骨正生氏が創価学会と同青年部幹部を名誉棄損で訴えた裁判(乙骨氏勝訴、2011年)ではこんなことがあった。
青年部は日常的に乙骨氏ら学会に批判的な人の経歴や動静を調査・把握し部員に周知させているのかという原告側弁護士の質問に、
証人として出廷した聖教新聞記者は「原告に限らずやっている」と胸を張って証言をしたのだ。世間ではこれを「スパイ行為」と呼ぶ。
5: 2020/07/21(火)18:44 ID:Nvwyb3zG(1/3) AAS
元創価学会中枢幹部 小多仁伯 小川頼宣『池田大作の品格 PART?』 より抜粋
この言葉こそ、池田大作の総体革命を達成する謀略的思考であり、また最終闘争の創価テロリズムの要塞であり、
世間を欺いていく創価学会の隠された戦略の裏付けとして注目される一言です。・・・・・
「革命的本部機構にするには、裾を拡げながら着実にやってゆかねばならない。今迄の体制は構築したものを守る、ささえる役目を果たした。
その上に構築してゆかねばならない。形は遊覧船でなければならない。そして内部を戦艦にしてゆく、浮沈の中の浮遊をしてゆかねばならぬ。
本当は公明党に力をいれて、これを戦艦にすることだ。こちらは遊覧船で良い」と。
また側近には創価学会本部については「表面は遊覧船、中身は最新鋭の戦艦にせよ」と命じているのです。
池田大作が創価学会の会長として権力を掌中にしたことで、持ち前の“天下盗り構想”の実現を目指し始めたのでしょう
それが鹿児島の霧島に買い取った六十八万坪の土地であり、そこを取得し創価独立王国構想を描いたのです。
池田大作はこの霧島に、日本乗っ取りがうまく行かなければ独立国を作りそこに全員で閉じこもる構想も抱いていました。
省3
6: 2020/07/21(火)18:44 ID:Nvwyb3zG(2/3) AAS
元池田大作側近 山崎正友『創価学会・公明党の犯罪白書』より
“児童八人刺殺事件”犯人宅間守の部屋にお厨子と“御本尊”
テレビや週刊誌の写真報道によると、宅間守が高校時代まで暮らしていた部屋には、厨子と“御本尊”が置かれている。
日蓮正宗の信徒名簿には、宅間守の名は存在しないことから、殺人鬼宅間守あるいはその家族が、創価学会員であった可能性が考えられる。
7: 2020/07/21(火)18:44 ID:Nvwyb3zG(3/3) AAS
乙骨正生 編著『公明党=創価学会の真実 ― 「自・創」野合政権を撃つ?』より抜粋
天井まで届くような漆塗りの仏壇の脇には、額縁に入った池田大作・創価学会名誉会長の写真が飾られていたことから、
創価学会員であることが解った。老婦人と会話を交わしながら、何げなく観音開きの仏壇の中に目を移すと、
「『御祈念 池田先生、奥様の御健康と御長寿』と印刷された用紙の他、また別なB5判ほどの紙には、
あなたなど数人の名前が印刷されていた。その紙にはさらに『悪人撲滅御祈念』と書かれていた」と、いうのである。・・・・・
「この人達はどのような悪いことをした人たちですか」と、老婦人に尋ねると、ただ、「とっても悪い人だ」と、答えたという。
一部(あるいは全部か?)の創価学会員が、筆者などの名前を印刷した用紙を仏壇に置いていることは、複数の人たちから聞いて知っていた。
・・・・・人を撲滅させるために、・・・・・朝夕祈念させるという宗教団体。世間ではこうした宗教を、カルト教団とは言わないか。
・・・・・地元学会員がよく集まる集会場の階段に、宗教のトップや地元末寺住職の名前が書かれた用紙が1段、1段に貼られていた。
2階の集会場に行くのに、集会参加者たちは、その名前を足で踏んづけながら昇っていくのである。
省3
8(1): 2020/07/21(火)18:46 ID:x3F2SU0k(1/3) AAS
金昌烈『朝鮮総聯の大罪』より抜粋
「ふくろう部隊」は尾行・監視などはもちろん、盗聴、脅迫、暴行などの犯罪まで行って、金炳植に敵対する総聯活動家を潰していった。
・・・・・尾行・監視の結果、今日はあいつはどこへ行って何をしたなどと、細大もらさず上部組織に報告する。
その中で問題にできそうな材料があると、相手の職場の学習組に裏から手を回して、「総括」の際の攻撃のターゲットにする。
つまり「いじめ」の標的にさせるのだ。具体的には総聯中央の担当セクションから、叩きたい相手のいる職場の学習組の責任者に
誰それをこのように攻撃しろと伝える。責任者はこれに従って、議論を誘導し、標的にされた人物を精神的にまいるまで痛めつける。
・・・・・何も問題が見つからない時は、でっち上げてでも、罪を作り上げてゆく。
この時、相手の本当の日常生活について熟知していることが生きている。相手が自分の「罪」を否定しても、まわりは信じてくれない。
・・・・・ふくろう部隊の活動は単なる尾行・監視にとどまらない。かつて「ふくろう部隊」に自転車のタイヤをキリで突かれたり、
カミソリで切り裂かれたりしたことが何度もあったという人が大勢いる。無言電話や脅迫状も「ふくろう部隊」の常套手段の一つだ。
省4
9: 2020/07/21(火)18:46 ID:x3F2SU0k(2/3) AAS
元池田大作側近 藤原行正『池田大作の素顔』より抜粋
・・・・・池田はホンネとタテマエが大きく違った。たとえば当時から池田は学会内の自分の評判をひどく気にした。
池田崇拝を高める自作自演のサル芝居を考え出したのもそのためだ。そのテーマは「不眠不休」と「全智全能」である。
「私は会長として全学会員のために不眠不休で広宣流布のために働いている」池田はどこでも大真面目な顔でこう繰り返した。
一般学会員はその言葉を信じ、エネルギッシュな指導者への尊敬を深めた。
だが、実はこれが大ウソ。朝六時、七時に起きてやる池田の勤行姿など見たことがない。池田は朝に弱い男である。
朝はたいてい十時過ぎまで起きてこない。やっと床を離れても寝起きが悪く、必ずグズグズいう。
ところが、東京でも地方でも夜十時過ぎには寝室へ引っ込むのである。
マッサージが好きでよく頼んだ。夜は時に女性が一緒だった。その女性たちは信仰熱心な婦人部幹部のケースもあれば、
本部勤務の女子職員のケースもあった。大人の男女が二人で何をしているのか、おおよその想像はついたが私は知らん顔で通した。
省3
10: 2020/07/21(火)18:46 ID:x3F2SU0k(3/3) AAS
元池田大作側近 藤原行正『池田大作の素顔』より抜粋
・・・・・戸田先生は急場しのぎで高利貸し業を開業した。それが大蔵商事という会社で、池田はここで大変な働きを見せるのである。
・・・・・のちに、学会の経理部長をやった明治大学出身の星生務が経理担当をしていた。そしてもう一人、中西治雄がいた。・・・・・
余談になるが、この大蔵商事時代のコンビが縁で、中西はのちに池田体制になると創価学会内部の裏金操作を一手に引き受け、
「池田の金庫番」「陰の創価学会会長」と呼ばれることになるのである。
池田大作と中西治雄、星生務 ― つまり昭和三十年代から約二十年間、創価学会という巨大な組織で動いたカネの流れをすべて握っていた
三人の男たちは、高利貸し業「大蔵商事」で同じ釜の飯を食った仲間であった。・・・・・
象徴的なのは出版業や正規の金融業ではパッとした働きのなかった池田が、このカネ貸し稼業ではめざましい働きを見せたことである。
池田は小金を貯めていそうな学会員の家を訪ね回った。
・・・・・カネのある家か、カネのない家か。独特の動物的カンを発揮し、その懐事情をピタリといい当てる。他人には真似のできない、
省4
11: 2020/07/21(火)18:48 ID:2zL/lMzN(1/3) AAS
元池田大作側近 藤原行正『池田大作の素顔』より抜粋
池田大作は戸田二代会長の葬儀の直後、東京目黒の恩師宅を訪ねていた。無遠慮に上がりこみ、まるで家探しでもするように二代会長の遺産を
洗いざらい調べ上げ、本部へ持ち返ったのである。・・・・・
この池田の仕業はのちにジャーナリストの内藤国夫氏によって暴かれ、「宗教団体の長がそんな真似までするのか!」と世間を驚かせた出来事
でもあったが、そのレポートには次のようなエピソードが綴られている。
《・・・・・池田大作は、会長の死の直後に時を移さず、目黒の戸田先生の家にのりこんだ。・・・・・四億円相当の遺産を強権的に
差し押さえ、学会本部に持ち去った。・・・・・あごぎさはそれにとどまらなかった。戸田先生の葬儀に寄せられた四千万円余りの香典さえ、
遺族には渡さず、創価学会が独り占め。・・・・・》
・・・・・池田大作はその北条さんが亡くなると、その通夜と本葬で集まった一億五千万円の香典、東京の戸田記念講堂で行われた本部葬、
ならびに全国の会館で併行された葬儀で集まった約二十億円の香典のほとんどを遺族の手に渡さず、学会本部の金庫へ入れた。
省2
12: 2020/07/21(火)18:48 ID:2zL/lMzN(2/3) AAS
元創価学会中枢幹部 小多仁伯 小川頼宣『池田大作の品格 PART?』 より抜粋
池田はその日、大恩人の北條会長の葬儀に全員の参加者を待たせた上、遅れて登場し、
入ってくるなりマイクを持つと、歩きながら葬儀の厳粛さなどおかまいなしに大声で話しはじめました。
「暑いなあ、暑いなあ、こんな暑い時に死ぬのはやめようよ」と。
創価学会は昭和三十七年九月に、縦書きの「南無妙法蓮華経」の商標登録(第一七項 ― 被服・布製身回品)を行っています。
そして、十年後の昭和四十七年一月には、続いて横書きの「南無妙法蓮華経」の商標登録を行っています。
両方とも出願者は池田大作です。
13: 2020/07/21(火)18:48 ID:2zL/lMzN(3/3) AAS
元池田大作側近 藤原行正『池田大作の素顔』より
真相は要するに、戸田会長との出会いも即興詩もすべてあとから池田が自分の偶像化のために都合よくつくりあげた話なのだ。
三代会長になったあと、「国士訓」の一節をコッソリ借用して、自分の古い日記に書き加え、出会いの劇的な光景は
筆の立つスタッフが創作した。ちなみに、この『人間革命』の代作者は篠原善太郎という元作家志望の学会幹部だが、
明治四十一年生まれの篠原が高齢となったため、“池田大作のライフワーク”は未完のまま執筆が中断しているのである。
「いや、藤原君、これはフィクションだから」
このつくり話が活字になった時、池田がさすがにそう弁解した。しかし、池田はのちに側近幹部を動かして、
『人間革命』を「現代の御書」だとして、学会内で大宣伝させた。そのため事情を知らない一般学会員は先を競って『人間革命』を読んだ。
やがて学会全体に三代会長の虚像が広まっていったのである。
14: 2020/07/21(火)18:50 ID:TEPz/pll(1/3) AAS
元創価学会芸術部書記長 小多仁伯『池田大作の品格』より
後日、聖教新聞の同僚から、「小説 人間革命」は池田の代作人がおり、その人は篠原善太郎であることを教えてもらいました。
15: 2020/07/21(火)18:50 ID:TEPz/pll(2/3) AAS
柿田睦夫『創価学会の“変貌”』より抜粋
「池田大作著」の多くが“代作”だということは、すでに公知のこととして語られている。
原島崇元教学部長も生前、学会内部に「特別書籍」などという“大作の代作”チームがあり、
自分がその責任者の一人だったことを明かしている。
2012年に創価学会本部を懲戒解雇され、除名されてもなお池田氏を師匠と仰ぐ3人の元本部職員も
16年発行の『実名告発 創価学会』(金曜日)でこう述べている。
「(聖教新聞連載の)『新・人間革命』は聖教新聞社の中に作成チームがあり、資料集めから原稿作成に至るまで担当し、
最終的に第一庶務(池田秘書室)がチェックをして完成させている。『わが友に贈る』も・・・・・」
「『法華経の智慧』や、師匠と世界の識者との対談集の作成も、実際は・・・・・」
16: 2020/07/21(火)18:50 ID:TEPz/pll(3/3) AAS
元創価学会芸術部書記長 小多仁伯『池田大作の品格』より抜粋
私が創価学会の本部組織センターに勤務していたころ、当直責任者として担当していました。
・・・・・正月には全国から方面別に「正月勤行会参加者数」の報告を受け、当時の北條会長に集計し提出していたのです。
正月勤行会に参加する人の構成は活動者プラス記念行事にのみ参加する人たちで、この数がほぼ創価学会のA級活動家なのです。
・・・・・北條会長が亡くなる前年の昭和五十五年の正月勤行会参加者数は百八十万人ほどで、
残りの人数を足しても二百万人を超えていませんでした。
その時の対外的公称世帯はたしか七百四十万世帯と記憶していましたので、実際の数字との隔たりを強く認識したことがあります。
その後、公称世帯数が創価学会から発表されていますが、その数字はインフレの一途をだどり、
現在では八百三十七万世帯と発表されています。
・・・・・実際のところは、創価学会の実世帯は昭和五十五年頃当時と変らない百五十万〜二百三十万世帯であると推測できます。
上下前次1-新書関写板覧索設栞歴
あと 986 レスあります
スレ情報 赤レス抽出 画像レス抽出 歴の未読スレ AAサムネイル
ぬこの手 ぬこTOP 0.272s*