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286: 07/07(日)07:36 ID:tlePQyUwm(3/8) AAS
 中立のリアル・・・・・・・187

 オドアケル将軍は、東ローマ帝国の皇帝ゼノンを持ち上げて、交渉によって西ローマ
帝国の宰相としての地位を得た。再興の西ローマ帝国の宰相となったオドアケルには、
ヴァンダル王国との折衝が待っていた。しかしシチリア島の返還に成功し、西ゴートの
王国と、南プロヴァンスの割譲によって、国境線問題を解決するなどの成果を収めて、
フランス・スペイン基礎となった。しかし、対外的な成功を収めたオドアケルだったが
、イタリアの統治方針については、ゼノンと対立し、公然と反ゼノン派を支持するよう
になっっていった。このため、ゼノンは東ゴート族の王テオドリックと同盟を結んで、
イタリア遠征とその統治を約束した。オドアケル将軍のその出自は不明で、しばしば、
ヘルール族とも、スキリア族ともゴート人とも、テューリンゲン族ともされるが、実際
にはオドアケルが、ゲルマン人であったのかどうかすら分かっていない。父はエデコと
され、兄弟にオノウルフスがいる。東ローマ帝国に属していた 父エデコが、469年に、
ボリア川の戦いで敗死すると、オドアケルはローマ市へと逃亡して 470年頃にローマ軍
の将軍となった。472年には ゲルマン人の将軍リキメルの下で、西ローマ皇帝のアンテ
ミウスの討伐にも参加した。オドアケルは、特定の部族を率いた部族の指導者ではなく
、正規のローマ軍団を率いるローマ帝国の将軍になった。その後、西ローマ帝国の宰相
となったオドアケルに、東ゴート族の王テオドリックと同盟を結んで、対峙するのだ。
しかし、コート人領首テオドリックは、この皇帝ゼノンの提案に合意したものの、領内
の先住民ゴート族の多くは、テオドリックと分かれて東ローマ帝国に残ることを選択し
た。つまり、ゼノンとオドアケルは、西ローマ皇帝の廃止後も、元老院など 西ローマ
帝国の政府機構はそのまま残し、古代ローマ式の統治方法を継続していく事を求めた。
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