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後藤浩輝をマターリ応援するスレ34 (1014レス)
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948
: 2016/01/05(火)21:23
ID:hiexuoQx.net(1)
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948: [sage] 2016/01/05(火) 21:23:06.72 ID:hiexuoQx.net 片桐被告はこの日、車椅子の母を連れて京都市内を観光し、2006年2月1日早朝、同市伏見区桂川河川敷の遊歩道で 「もう生きられへん。此処で終わりやで。」などと言うと、母は 「そうか、あかんか。康晴、一緒やで」と答えた。片桐被告が 「すまんな」と謝ると、母は 「こっちに来い」と呼び、片桐被告が母の額にくっつけると、母は 「康晴はわしの子や。わしがやったる」と言った。 この言葉を聞いて、片桐被告は殺害を決意。母の首を絞めて殺し、 自分も包丁で首を切って自殺を図った。 冒頭陳述の間、片桐被告は背筋を伸ばして上を向いていた。肩を震わせ、 眼鏡を外して右腕で涙をぬぐう場面もあった。 裁判では検察官が片桐被告が献身的な介護の末に失職等を経て追い詰められていく過程を供述。 殺害時の2人のやりとりや、 「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」という供述も紹介。 目を赤くした東尾裁判官が言葉を詰まらせ、刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返った。 2006年に京都市伏見区で起きた認知症の母殺害事件。承諾殺人罪に問われ、有罪判決を受けた長男(62)が 14年8月、大津市の琵琶湖で命を落とした。親族によると、自殺とみられる。 京都地裁は06年7月、長男に懲役2年6月、執行猶予3年(求刑・懲役3年)を言い渡した。 裁判官は「裁かれているのは日本の介護制度や行政だ」と長男に同情した。長男も法廷で「母の分まで生きたい」と約束した。 それから約8年。長男はどう生活していたのか。親族らによると、長男は裁判の後、滋賀県草津市の家賃約2万2000円の アパートで1人暮らしを始め、木材会社で働いた。 部屋には母親と事件前に病死した父親の位牌(いはい)を安置する仏壇を置いたが、事件のことを口にすることはなかった。 勤務先の同僚は「真面目に黙々と仕事をこなした」。近所の男性は「誰かが訪れるのを見たことがない。 孤独だったのでは」と話した。 13年2月、「会社をクビになった」と親族に伝えたのを最後に、連絡が取れなくなった。自宅にも帰らず、行方が 分からなくなった。親族が警察に行方不明者届を出したが、14年8月1日に遺体で見つかった。その日の朝、長男とみられる 男性が琵琶湖大橋から湖に飛び降りるのを目撃した人がいたという。 「彼は最後まで孤独から抜け出せなかった」。親族の男性は毎日新聞の取材に無念さをにじませた。 男性によると、長男が亡くなる際に身に着けていたカバンには、自分と母親のへその緒、そして「一緒に焼いて欲しい」というメモ書きが入っていた。 所持金は数百円で預金はなかった。 http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/uma/1393512587/948
片桐被告はこの日車椅子の母を連れて京都市内を観光し2006年2月1日早朝同市伏見区桂川河川敷の遊歩道で もう生きられへん此処で終わりやでなどと言うと母は そうかあかんか康晴一緒やでと答えた片桐被告が すまんなと謝ると母は こっちに来いと呼び片桐被告が母の額にくっつけると母は 康晴はわしの子やわしがやったると言った この言葉を聞いて片桐被告は殺害を決意母の首を絞めて殺し 自分も包丁で首を切って自殺を図った 冒頭陳述の間片桐被告は背筋を伸ばして上を向いていた肩を震わせ 眼鏡を外して右腕で涙をぬぐう場面もあった 裁判では検察官が片桐被告が献身的な介護の末に失職等を経て追い詰められていく過程を供述 殺害時の2人のやりとりや 母の命を奪ったがもう一度母の子に生まれたいという供述も紹介 目を赤くした東尾裁判官が言葉を詰まらせ刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど法廷は静まり返った 2006年に京都市伏見区で起きた認知症の母殺害事件承諾殺人罪に問われ有罪判決を受けた長男62が 14年8月大津市の琵琶湖で命を落とした親族によると自殺とみられる 京都地裁は06年7月長男に懲役2年6月執行猶予3年求刑懲役3年を言い渡した 裁判官は裁かれているのは日本の介護制度や行政だと長男に同情した長男も法廷で母の分まで生きたいと約束した それから約8年長男はどう生活していたのか親族らによると長男は裁判の後滋賀県草津市の家賃約2万2000円の アパートで1人暮らしを始め木材会社で働いた 部屋には母親と事件前に病死した父親の位牌いはいを安置する仏壇を置いたが事件のことを口にすることはなかった 勤務先の同僚は真面目に黙と仕事をこなした近所の男性は誰かが訪れるのを見たことがない 孤独だったのではと話した 13年2月会社をクビになったと親族に伝えたのを最後に連絡が取れなくなった自宅にも帰らず行方が 分からなくなった親族が警察に行方不明者届を出したが14年8月1日に遺体で見つかったその日の朝長男とみられる 男性が琵琶湖大橋から湖に飛び降りるのを目撃した人がいたという 彼は最後まで孤独から抜け出せなかった親族の男性は毎日新聞の取材に無念さをにじませた 男性によると長男が亡くなる際に身に着けていたカバンには自分と母親のへその緒そして一緒に焼いて欲しいというメモ書きが入っていた 所持金は数百円で預金はなかった
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