[過去ログ] 【まどか☆マギカ】杏子×さやかスレ34【杏さや杏】©2ch.net (177レス)
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56(1): 紡がれる幸せ3 2017/05/14(日)01:02 ID:6R9e2QYr0(3/10) AAS
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美樹さやかは走るのが得意だ。
なにかと張り合いたがる癖があって、体育の時間でもつい競走してしまう。
走りだけでなく、体を動かすことは総じて得意だ。
特に水泳にかけては今でも水泳部から誘いがくるほどに長じている。
だから間に合う、という驕りがなかったと言えばウソになる。
これまでは大抵なんとかなっていたから。
これは驕りではなく油断、気のゆるみだ。
そして多くの場合、油断が物事を好転させた試しはない。
遅かったのだ。
間に合わなかったのだ。
玄関ドアは開かれていた。
前には杏子が怯えた表情で立ち竦んでいて、家の中を茫然と見つめていた、
「杏子っ!」
その姿を認めるや、さやかが叫ぶ。
びくりと体を震わせ振り向いた杏子は、まるで遠い異国に突如置き去りにされたような恐怖と諦念の混じった双眸で彼女を見た。
――そして。
「ちょっと待って!!」
買い物袋を放り出して走り去ってしまった。
「さやか、そこにいるの!?」
家の中から母の呼ぶ声が聞こえ、杏子を追いかけた足を留めて母の元へ向かう。
「急に知らない女の子が入って来たの。ほら、そこの荷物を持って」
「なに言ってるのよ? 杏子だよ!? 今朝、お母さんがおつかいを頼んだんじゃんか!」
「誰におつかいを頼むのよ? 他人に財布を預けるようなこと、するワケないでしょう?」
「財布…………?」
さやかは玄関に散らばった野菜や果物の中に、母が使っている財布を見つけた。
中にはカード類もあり、杏子はよほど信頼されていたようだ。
「それ、私の…………?」
母は財布を拾い上げ、訝しげに見つめた。
視線を投げ出された買い物袋に落とす。
「ホワイトシチューの材料……杏子のリクエストだわ…………!」
「…………ッ!?」
「杏子……? そう、ね……私が頼んだのよ。そうだわ! そう! 財布を渡してメモと、それから……。
訊いたのよ。杏子に何を食べたいかって。そうしたらシチューを食べたいって言うから、必要なものを――」
「お母さん…………?」
「ああ、そうね。うちのホワイトシチューは大きめに切ったジャガイモと人参がたくさん入ってるから好きだって。
あの娘が初めてうちに来た時、最初に振る舞ったシチューよ。あの娘、憶えてたのね……」
失くした記憶を辿るように、ゆっくり、ゆっくりと母は言葉を紡いでいく。
じっと両手を見つめ、閉じたり開いたりしながら。
「でも、違う……違うわ……私の手には――そんな感触は残って……でも、どうして……?」
母は先ほどの杏子と全く同じ顔をしていた。
あるハズのものと、あるハズのないものとが、母の中に紛れ込み、溶けて、溶け残っていた。
「お母さん!? 憶えてる? ああ、えっと……杏子のこと、思い出した!?」
「………………」
「………………」
「さやか」
わずかな沈黙の後、彼女はそっと顔を上げた。
「――杏子ちゃんって……いったい誰なの…………?」
同じ質問だ。
しかし表情はそうではない。
今、母は豁然とした顔でもうひとりの娘に問うている。
答えが分かりかけている質問を。
「杏子は杏子だよ」
それ以上の回答は今はない。
生物学的な解説も、哲学的な見解も不要だ。
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