邪馬台国、狗奴国、大和朝廷 [転載禁止]©2ch.net (285レス)
前次1-
抽出解除 必死チェッカー(本家) (べ) レス栞 あぼーん

261: 2024/07/24(水)15:22 ID:GPqsYwFo(1) AAS
連合大和は、200年頃から250年頃までの間に列島最大の墳丘墓を5基も立て続けに築造した強大国だった。
狗奴国に攻め込まれて敗退し、尾羽打ち枯らして都落ちした邪馬台国の当局者が、この強大な連合大和を下して大和に新たな政体を作り上げるというのは無理。
狗奴国と連合大和の挟撃にあってあっけなく潰え、傀儡政権としてやっと存続したのが台与の邪馬台国と見るのが正解。
そして、連合大和のそもそもの目的だった奴国制圧は短期間で成功し、卑弥呼なきあとの倭国に政界工作でもって男王を立てようと試みたが、さすがに倭国南部諸国に対抗されて内乱となったことから手を引き、倭国南部諸国が押す台与女王をしぶしぶ認めることで決着がついた。
こうして、連合大和の派遣軍は勝鬨を挙げながら凱旋帰国し、凱旋将軍の開化は寿陵として造営したホケノ山古墳に戦利品の鉄器などを副葬して名誉を誇ることとなった。
傀儡となった台与の邪馬台国はしばらく存続し、大和の監視のもとに晋に朝貢団を送ったりしたが、財源となる鉄器などの貴重財の販売権を大和に奪われたために衰弱し、台与の崩御とともに邪馬台国は消滅してしまった。
これが、実際の歴史に近い3世紀中頃の実相だよ。
前次1-
スレ情報 赤レス抽出 画像レス抽出 歴の未読スレ AAサムネイル

ぬこの手 ぬこTOP 0.939s*