[過去ログ] 引退懸けた一戦 柳田選手が勝利 仙台・障害者プロレス P35 (629レス)
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616: 2016/03/18(金)01:10 ID:??? AAS
 中学入学前、弟と妹が生まれた。やっとで出来た兄弟だったから、俺は嬉しかった。
それに伴い、母も在宅で仕事をするようになって、父も近くの支社の支社長になったから、二人とも家に居てくれるようになって、幸せだったけど、学校生活は悲惨だった。
俺はバスケ部に入部したのだが、「うちのAちゃんに出来るスポーツなら良い!」とかなんとか、その親が俺に言ってきたし、
学校にも俺を退部させるように言ってきたが、担任と顧問は「●くんのやりたい事ですから」と、守ってくれた。
 中2になり、修学旅行は東京。まさか東京への修学旅行に、Aをよこすとは思ってなかったから、
羽を伸ばせると思っていたし、友達とかからも「四日間、自由だな!」と言われたりして。
だが、班決めの時に、六人一組だったのだが、俺を入れて六人で決まったにも関わらず、
Aの親が「うちの子も修学旅行に行かせたい。●君と同じ班にして!!」と担任に言って、強制的にAも同じ班になった。
うちの班はテレビ局に職場見学に行く事になっていたのに、新宿駅のホームで電車に執着して走り回るあいつを捕獲するのに時間を取られ、
結局、職場見学や、女子がものすごく楽しみにしていた「都会での買い物」もできなかった。
ホテルに戻る時、女子の一人は電車の中で大泣きした。女子は三人とも、悲しそうだった。
下準備の時に、行きたい店の場所とか、一生懸命調べてたし。
ホテルの最寄駅で降りるまで、A以外、重苦しい雰囲気だった。誰も俺を責めなかったのが、ある意味で重かった。
結局、帰ってからの「修学旅行新聞」と言う奴を書くときに、俺たちの班は、書く事が無かった。

 受験の季節が来た。俺は子供のころから、医者になりたかった。だから必死で勉強してた。
 近所の奥さん連中と母が話していたのを聞いた、Aの母親は、俺に受験を取りやめるように言ってきた。
それは母が断固として拒否した。「うちの●にも人生があります」と。
だがAの親は、「うちのAちゃんを見捨てるっていうの?!」とヒスを起こすも、
「見捨てるも何も、面倒見なきゃいけない義務は、うちの子にはありません」と、母。
それで頭に来たのか、Aの母親は俺や母の事を名指しで批判したビラとかを撒いたが、幸いにも、誰も取り合わなかった。
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