[過去ログ] 藤井聡太≧大山康晴>木村義雄>中原誠≧羽生善治15 (1002レス)
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656: 2023/12/22(金)06:34 ID:go7tUuJM(1/7) AAS
大山将棋へのコメント
終盤が強い
とくに力戦では最強
手の見え方は冴え渡っている
ソフトに一回見せないと最善手に出てこない手が結構ある
動画リンク[YouTube]
657: 2023/12/22(金)06:38 ID:go7tUuJM(2/7) AAS
堅忍不抜の天才(大山)と天衣無縫の天才(升田)がガップリと組み合った時代はまれに見る両雄伯仲時代で時に大相撲は瓜二つのような柏鵬時代であった
升田が柏戸で大山が大鵬
野球はON砲が牽引した巨人のV9時代でもあった
長嶋が升田で王が大山
動画リンク[YouTube]
>升田と大山は棋譜を見ただけではどっちかわからないほど策謀を巡らす将棋でプロでも見抜けなくてその罠にはまることが多かった
>見応えのあることこの上ない
>とくに受けに仕掛けた大山の罠は天下一品だった
658: 2023/12/22(金)06:44 ID:go7tUuJM(3/7) AAS
>ヤフー知恵袋
Q.昭和30~40年代柏鵬時代がありましたが、何故大鵬時代ではなく柏鵬時代と言われたのでしょうか?対戦成績は大鵬の21勝16敗なのに。

A.一般に柏鵬 同時 横綱昇進の1961年から柏戸が先に引退する1969年までを「柏鵬時代」と言っていますね。

両雄が共に優勝圏内での千秋楽対戦が5度実現し、うち全勝対決も2度ありました。

確かに柏戸は優勝回数こそ5回で、大鵬の32回と比べると少ないように見えますが、横綱在位47場所(歴代6位)、優勝に準ずる成績を残すこと15回で勝率も低いとは言えないと思います。

大関時代までは柏戸:7勝、大鵬:3勝で、大鵬にとって柏戸は最強の壁でした。
省5
659: 2023/12/22(金)06:48 ID:go7tUuJM(4/7) AAS
>ヤフー知恵袋
Q.大鵬と柏戸は対戦成績では拮抗してるのにどうして優勝回数に差があるんでしょうか?
昔から不思議に思ってました。

A.現役晩年の対戦をのぞけば大鵬戦はまったくの互角で、相撲内容もほぼ大鵬有利の左四つになりながら横綱戦に相応しい相譲らぬ力相撲をみせてました。
体調が悪くても大鵬戦だけはおそらく意地で取ってたと思います。

柏戸の体調が良かったのは柏鵬時代となった1年あまりで、その後は右側上肢の故障と肝機能障害により土俵にあがることがやっとの状態でした。
左上手から右のおっつけで走れるときは強かったものの、途中からはあっけなく土俵を割る場面も多くなりました。
それでも同時代の力士にはほとんど負け越さずに終えてる筈です。

柏鵬時代の当初は大鵬贔屓でしたが晩年の対戦は柏戸を応援してました。
現役中は互いに「あいつにだけは負けない」という想いで取ってたそうです。
省1
660: 2023/12/22(金)06:58 ID:go7tUuJM(5/7) AAS
AA省
661: 2023/12/22(金)07:14 ID:go7tUuJM(6/7) AAS
☗羽生善治九段VS☖木村一基九段のB級1組順位戦
連盟棋譜中継の推移グラフ
羽生有利からの逆転負け
羽生有利→木村有利→木村優勢→木村有利→木村優勢→木村勝勢→木村優勢→互角→羽生優勢→羽生勝勢→木村優勢→木村必勝→150手木村勝ち

大山升田の棋譜は140手を超える熱戦が多かった
長手数の将棋という観点から棋譜を見直すと間口が広い力戦の勝負には「一致率」とか「藤井曲線」とかいったものがあまり重要でないことがわかるようになる
663: 2023/12/22(金)07:55 ID:go7tUuJM(7/7) AAS
>>662
年度勝率だと54歳の1977年度が棋士人生初めての負け越しだよね
もっとも会長職についたり、会館建設に奔走したり慣れていない仕事で忙しかったせいだったけど
A級順位戦での負け越しは最初の記録が59歳だね
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