[過去ログ] 新都社 読み専スレ 378 (388レス)
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342: 2020/06/02(火)02:07 AAS
支那事変の起つたとき、私は京都にゐた。翌年の初夏に東京へ戻つてきて、
つづいて茨城県利根川べりの取手とりでといふ町に住み、寒気に悲鳴を
あげて小田原へ移り、留守中に家が洪水に流されて、
再び東京へ住むやうになり、冬がきて、泥水にぬれたドテラを小田原のガラン
ドウといふ友人のもとに残してきたのを
取りに行つた。翌朝小田原で目をさましたら太平洋戦争が始つてゐたので、
田舎の町では昼は電気のこない家が多いのでラ
ヂオもきこえず、なんだか戦争が始まつたやうだよ、などとガランドウのオカ
ミサンが言ふのを、仏印と泰タイ国の国境
あたりの小競合こぜりあいだら
うぐらゐにきゝ流してゐた。正午ちかく床屋へ行かうと思つて外へでて、大
戦争が始まつてゐるのに茫然としたのであつた。
国の運命は仕方がない。理窟はいらない時がある。それはある種の愛情の
問題と同様で、私は国土
を愛してゐたから、国土と共に死ぬ時 がきたと思つ
た。私は愚な人間です。ある種の愛情に対しては心中を不可と
せぬ人間で、
理論的には首尾一貫せず、矛盾の上に今までも生きてきた。これからも生きつゞける。
それは然し私の心の中の話
で、私は類例の少いグウタラな人間だから、酒の飲めるうちは
ノンダクレ、酒が飲めなくなると、ひねもす碁会所に日参し
て警報のたびに怒られたり、追ひだされたり、碁も打てなくなると本を読ん
でゐた。防空演習にでたことがないから防護団の連中はフンガイして私の家
を目標に水をブッカケたりバクダンを破裂させ
たり、隣組の組長になれと云
ふから余は隣組反対論者であると言つたら無事通
過した。近所ではキチガヒだと思つてゐるので、年中ヒトリゴトを呟い
て街を歩いてゐるからで、私と土方の
T氏、これは酔つ払ふと怪力を発揮す
るので、この両名は別人種さはるべからずといふことになつて無
事戦争を終つた。
私が床屋から帰つてくる
と、ガランドウも箱根の仕事先から帰つてきて(彼はペンキ屋だ)これから
両名はマグロを買ひに
二宮へ行かうといふのだ。私はドテラもとりに来
たが魚も買ひにきたのだ。してみると、そのころからすでに東京では魚が
買へなくなつてゐたらしい。そして小田原にも魚がなくて、ガランドウが二宮の友人の魚屋へ電話をかけて、地の魚はな
いがマグロが少々あるからといふので、それを買ひに行つたのだ。東海道をバスで走つた。私は今でもあの日の海を忘れな
い。澄み渡る冬の青空であつたが、海は荒れてゐた。松並木に巡査が一人立
つてゐた。その姿の外に戦争を感じさせる何物もありはしなかつた。二宮の
魚屋で私達は店先に腰を下して焼酎を飲み、私はひどく酔つ払つて東京行の汽
車に乗つたが、私の汽車が東京へつかないうちに敵の空襲をうけるものだと考
へてゐた。私は全く気が
早い。私はつまり各国の戦力、機械力といふものを当時可能な頂点に於て考へてゐたので、この戦
争がこれほど泥くさいものだとは考へてゐなかつた。皇軍マレーを自転車
で進撃ときた時には全く心細くなつてしまつたの
で、尤も私は始めから日本の勝利など夢にも考へてをらず、日本は負ける、
否、亡びる。そして、祖国と共に余も亡びる、
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