[過去ログ] 妄想的時代小説part2 (566レス)
上下前次1-新
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
次スレ検索 歴削→次スレ 栞削→次スレ 過去ログメニュー
521: 絹の糸1 2009/04/02(木)11:22 ID:aYWBiJ18(2/11) AAS
青天は徐々に赤が蝕み、古代紫のヴェールをまとい、やがて濃紺の素肌をさらした。街中に点々と焚かれた
篝火が石畳を妙に幻想的に見せている。
"彼"は、まだ戻っていなかった。結婚して一週間と数日を過ごし、彼は戦場へ帰っていった。初めて送り出した
そのときは、婚礼のときよりも美しく整っていたように思われた。
ルイーズ・アントワネットは徐々に強まる夜風から逃れるように、窓を閉じた。眼が乾く。僅かに走った痛みに
瞼をおろしてみると、涙が溢れてきた。思い切り沁みる。その感覚に慣れた頃、ルイーズはようやく目を開けることができた。
だがその涙が必ずしも肉体の反応でだけ流しているものでないことを、彼女はよく理解していた。それだけではない。
幼い頃から周囲はよく見えていた子供であったし、何処かで背伸びをしているときにはそんな自分にも気づいていた。それを人は澄ましているだとか、聡明だとか、大人びているとか評価する。或いは伯爵家令嬢という枠組みは
十八になったばかりの彼女を少女ではなく一人の女性として映し出すのだ。自意識とのずれを感じたことはない。
ルイーズはさめた、己の白い頬を撫でた。少し乾いている。あとでオイルを与えるべきかもしれない。
既に彼のいないベッドで眠り、数週が過ぎている。
"彼"の姿が、瞼の闇に過ぎった。初めて出会ったときの姿がそこにはある。他の元帥も場にはいたが、ルイーズは
ぴたりと彼に目を留めていた。革命時代によく似合う、三つ編みにされた後ろ髪。厳しげにつりあがった眉の下、
まるで樫の樹のような深い色の眼が並んでいる。力強く、まるで睨み返すようにルイーズと目を合わせたその男は、
じきに口元だけを歪めて手を伸べてきた。
――ジャン・ランヌです
名乗った男の顔はよく灼けていて、傷にまみれていた。足などまだ完治していなかったために、びっこをひいていたのを
おぼえている。不潔そうな感じや、陰険そうな感じはしなかった。ただ、少年らしい青臭さを残しているのに、
どこかでは自分を投げ捨てているような印象が不思議な男だった。ルイーズは直感的に、この男が求婚してくることを悟った。
そしてそれは現実となった。結果、ルイーズは妙に広い二人部屋で、今をもてあましている。既に針子には
飽きてしまったし、編めるものも縫えるものも終えてしまっていた。先ほど使用人を呼び出して湯をすすったものの、
今では冷め切っている。新しいものを遣すよう、頼む元気もなかった。
ルイーズはベッドまで、ふらふらと足を運んだ。よく洗われ、干されたシーツの上に倒れこむ。布団が柔らかく
ルイーズを抱きとめた。深く呼吸すると、陽光のにおいが鼻腔に流れ込む。ルイーズはシーツの海に身を進めながら、
突っかけていた靴を散らした。普段ならばまずしない行為であるが、なぜかこのときだけは投げ出したくなったのだ。
仰向けになり、ルイーズは額に手の甲を預けた。天井からぶら下がる明かりに目を閉じ、再び"彼"を想起する。
初夜のことだ。あまり語らず、しかし黙し続けているわけでもなく、時折体の痛みを気遣いながら、彼はルイーズの中に
入ってきた。破瓜の痛みは徐々に失われたものの、まだ達するには至っていない。少しずつではあるものの、
その感覚に近づきつつはある。しかしその矢先、夫は遠征へと出てしまった。
ルイーズは枕元に手を伸べ、その下にあるものをつかみ出した。リボンだ。彼が眠る前にほどいたものだろう、
置き忘れられているのを昨夜発見した。
少し嗅いでみると、彼のオーデコロンが香った。ずっと布の下にあったから、においは揮発していない。
血は見当たらなかった。
そっと唇を近づけ、ルイーズはリボンをいとおしんだ。瞼を開く。真っ青な、国旗にも用いられているその色は、
彼がいつか語っていた海の色だった。それを拾い上げる自分の指は、波を受け止める砂浜だ。そしてそれを見つめる
ルイーズの眼は、彼の駆る馬の毛色に違いなかった。彼女は仰向けになったまま、リボンをそっと首元、胸元へとのせた。
上下前次1-新書関写板覧索設栞歴
あと 45 レスあります
スレ情報 赤レス抽出 画像レス抽出 歴の未読スレ AAサムネイル
ぬこの手 ぬこTOP 0.007s