[過去ログ] 妄想的時代小説part2 (566レス)
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543: 真珠の囁き2 2009/04/03(金)21:12 ID:+ENos6MK(4/12) AAS
プロポーズのときの彼女からは、考えられない態度だった。ブリュイは月明かりの階段、踊り場で、彼女の腕を
掴んだ。帰ろうとする彼女を引き止めたときのことだ。柔らかな体を思い切り抱き寄せ、想いを伝えた。熱に
浮かされたような心持で、なんといったかあまり記憶にないが、とにかく彼女が他の男の手に触れるのを嫌だと
感じた。ブリュイの人生の中で、こと男女関係においては初めての強い衝動だった。
その夜はじめて、マルグリットを抱いた。性格からすると遊んでいておかしくもなかったが、彼女の肉体は
清らかなままだった。できるだけ丁寧にブリュイは愛撫を施し、痛みも極力減らそうと力を緩めた。海軍の職務について
彼は誰より優秀であったが、女性の扱いとなると幼い甥に負けるほどの晩熟だった。
何度かそうして抱いているうち、マルグリットの態度が変化した。まずあまりブリュイと目を合わせなくなった。そして
今のように、追い詰めるように言及することが増えた。何か自分が気に入らないことでもしただろうかと思っては
いるものの、原因はやはりわからない。ただ時折、妙に寂しげな目をしてブリュイを見つめるようになった。それに
胸をちくりと刺される。考えながらブリュイはどうにか、食後の葡萄酒に辿りついた。
「……フランソワ=ポール」
名を呼ばれ、ブリュイは口をつけていた酒をおろした。それにあわせたようにマルグリットが立ち上がり、
背を向ける。
「先に、寝室で休ませていただきます。よろしいですかしら」
白く細い顎先だけが見えた。ブリュイはワインの残りを干し、立ち上がった。
「気分が悪いのか」
マルグリットの顔が、ようやく目元まで見えるほど振り返った。
「構わないでください」
彼女の頬は赤く、眉がたわんでいた。拗ねた子供のような顔をする。何かを我慢しているようでもあった。ブリュイは
さすがにかっときて、眉をたわめて口を開いた。
「妻を心配しない夫が何処にいる」
ブリュイにしては珍しい、きつめの語気だ。しかしそれがおとなげなかった、と気づいたときには遅かった。妻は
まるで今にも泣き出しそうな顔をして、廊下を駆けだした。
ブリュイはまだ首にさがっていたナプキンを脱ぎ捨てると、慌てて彼女を追いかけた。
すんでのところで、妻は部屋に滑り込んでしまった。鍵はあけてもらえそうにない。幾度扉を叩いても
返事はない。名を呼んでも、何をしようと、かわらなかった。ブリュイは扉に額を預け、唇を噛んだ。沈黙する。
目をかたく閉じ、意を決したように瞼を上げた。
「マルグリット、悪かった」
歯列から押し出すように彼はいった。怒りはない。あるとすれば、もっと冷静に話してやればよかったという
後悔だけだ。いくら二十歳を過ぎているとはいえ、まだマルグリットは自分に比べて子供なのだ。爛漫な性格だし、
奔放でもある。
「謝らないでといってるんです」
涙声だった。しゃくりあげている声がする。
「……フランソワ=ポール。私、おかしいの。おかしいのよ」
細い声だった。歌のうまい、弾んだあの声音ではない。
「何がおかしいんだ? 君は君だ」
先ほどまで抱いていた疑問は何処へいったのだろうかと、自分で思うほどの言葉だった。次の瞬間、勢いよく
扉が開かれる。涙に眼をぬらしたマルグリットが、彼の腕を掴んで部屋に引っ張り込んだ。不意打ちだったために、
よろけながら彼は従った。
そこから間もなく、彼女の身が胸の中へ飛び込んできた。薄っすらと脂肪のついた――でなければ海で
浮かないからだ――胸板に、マルグリットの熱い涙が沁みていく。あまりの流れの唐突さに、ブリュイは戸惑った。
どうしていいものか迷い、腰に手をやる。髪を撫でて、彼女が落ち着くのを待った。
「どうして何もいってくださらないの」
マルグリットがようやく顔を上げた。その質問の意図を察することができずに、ブリュイは首を傾げた。
「……たしかに私はあまりその、喋るのは得意でないが」
「違います」
首を振り、マルグリットは少し身を離した。
「私が何も知らないと思っているのね」
やましいことがなくとも、こういう言われ方をするとどきりとするものだ。ブリュイはしかし自分が彼女に対して
偽りなどないことを信じて、言葉を待った。
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