[過去ログ] 【世界大戦】自由民主党の派閥22【河破朋充】 (609レス)
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183: (ワッチョイ 0f33-1/1y) 2022/10/21(金)22:37 ID:1bLgX53Z0(1/3) AAS
天上の歌を聴いた日
1976年4月、僕は岡潔先生にお会いすることになる。
それ以前、僕の様なやくざな数学者にとって岡先生の存在は、
その論文集、いくつかの縦書きの文章、間接的にお聞きして描く風貌、
どのような面から見ても山頂の見えない一つの屹立する近寄りがたい独立峰の趣を持っていた。
その前年1975年、僕は数学の勉強をしにイタリアへ行こうと思い立った。
継承と総括の数学者ばかりを作るこの国から、先駆者ばかりを創る彼の国を見て、自分の数学の方向を少し考えたかったからだ。
ある日イタリア行きを志す人達がイタリア大使館の狭い控室に集った。そこで僕は彫刻をしている黒田能勝さんに初めてお会いした。
この人は、言語表現力と論理的な思惟の展開の力を欠くと云うネガティブな特性が、
それがまさに非凡な世界認識のための積極的理由となっている様な稀有の人だった。
黒田さんと言葉を交わすうちに、この人が岡先生をおじいちゃんと呼んで度々奈良をお尋ねしていることを知った。
そして僕も、岡先生は僕にとっても神様の様な人ですと云うと、それじゃ今度是非奈良へ一緒にお伺いしましょうと誘って下さった。
この人がどう云う経緯(いきさつ)で先生を知ったのか僕は詳しくは知らないが、この二人の邂逅に何か巧みな創造者の冗談を感じる。
そして、岡先生と黒田さんとによって創られた奈良高畑町の魂の六畳間へ僕を招いてくれた世の中の巡り合わせに今僕は深く感謝したい。
先に数学科同級生の同人雑誌『N₂』に『春の夜の夢ばかりなる』の題で書いたその折の訪問記をここに転載させて戴くことになりました。
岡先生御自身の著作も多く、数学上のお仕事もまとめて出版されている。
また、先生に長く付いておられた西野利雄先生の『数学セミナー』に寄せられた一文もある。
それ等に加えて、僕の様な軽薄な人間が拙い文章を書く無恥を考えたけれども、
先生が初対面の未熟な人間に対しても、丁寧にそして比類の無い確かさと具体性を持ってお話し下さった様を非力ながら書き留めたいと思い、
編集部の方の申し出をお受けしました。
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