CIA日本人ファイル (178レス)
上下前次1-新
97: 警備員[Lv.19] 05/28(火)14:42 ID:WZfFnRls0(14/16) AAS
第2巻p232【服部卓四郎】
彼と関係があるのは、日本史研究会の元メンバーの他に原四郎元中佐と藤原イワイチ元中佐の二人である。日本人グループとの仕事中に、私は服部と原に対してかなりの不信感を抱くようになった。二人とも強力な親東条派であり、客観的な歴史編纂の準備に協力するよりも、責任を持って戦争をごまかすことに熱心であるように見えた。
また、G-2 は彼らの米国に対する誠実な友情の感情から触発された「支援」かを私は疑いたくなった。
98: 05/28(火)18:37 ID:XhD+g/XH0(1) AAS
翻訳ご苦労さま。
内容は面白いよな。
99: 05/28(火)19:11 ID:EFTK7I230(1) AAS
そのため、服部の組織は単なる歴史調査組織なのか、その目的は何なのかが気になる。
服部氏は2年前に4巻の日本戦争史を出版した。しかし杉田氏は、服部氏が元軍人に講義するために全国を旅していると述べた。おそらく、これらの活動について詳しく知るのに役に立つでしょう。
100: 05/28(火)19:21 ID:A3t5S8bf0(3/3) AAS
第2巻p234【服部卓四郎】
元日本の諜報員
1.服部卓四郎元大佐が率いる服部機関(2591/6752/0587/0934/6745)1952年には事実上活動を停止した。機関の個人のほとんどは、資金が不足したために組織を去りました。
101: 05/28(火)19:54 ID:Bwwyeror0(1) AAS
国内のCIAエージェント
2chスレ:kokusai
外部リンク:web.archive.org
国内のCIAのエージェントは?2
2chスレ:kokusai
外部リンク:web.archive.org
国内のCIAエージェント★3
2chスレ:kokusai
★★★★★CIAの陰謀★★★★★mission4
https:
省1
102(1): 05/28(火)22:54 ID:WZfFnRls0(15/16) AAS
第2巻p234【服部卓四郎】
2.1952年には服部と辰巳栄一(6591/1570/2873/0001)の関係が険悪であるという噂があったが、実際には二人は元軍人を選ぶ際に緊密に協力していた。特に軍事作戦の専門家、国家安全部隊の職(NSF)。
103: 05/28(火)23:01 ID:WZfFnRls0(16/16) AAS
第2巻p234【服部卓四郎】
3.服部は1952年から1953年初めにかけて、復員部隊の物資規制課の主任として公然と雇用されていた。(復員局資料整理課長)
104(1): 05/29(水)07:15 ID:P8taXOkP0(1/16) AAS
第2巻p234【服部卓四郎】
彼は1953年3月か4月にこの職を辞し、史実研究所を設立した(史実研究所)2。
元将軍の下村サダム(0007/2625/1353)、元中将田中?シンイチ(3944/0022/2450/0001)、元大佐西浦進(6007/3184/6651)、元大佐秋山紋次郎(4426/1472/4773/2945/6745)、元大佐○谷エツオ?(3946/6253/1878/7160)、元中佐○○マサカツ(○890/2609/2973/0624)3、元中佐イナサ? マサオ(4470/5509/2973/1133)と元少佐山口フタゾウ(フタミ?)(1472/0656/0059/0005)は、は研究所と関係がある。4
105(2): 第2巻【服部卓四郎】 05/29(水)09:07 ID:P8taXOkP0(2/16) AAS
p234
同研究所は軍備再編問題を研究し、その調査結果と結論をNSFと内閣調査委員会(CRC)5に提出する予定である。
服部氏は友人に対し、自身の著作から得た資金と兄からの寄付金で研究所の資金を賄っていると述べた。
研究所は、東京都新宿区砂土原町一丁目2番地にあります。
106(2): 第2巻【服部卓四郎】 05/29(水)10:28 ID:ms6oOhkf0(1) AAS
p234
4.元軍事情報部員の中では、服部は小谷エツオに最も近く親しい。小谷氏はかつて服部機関の一員であり、現在は史実研究所の会合に定期的に出席している。
1952年初頭までは服部と林三郎(2651/0005/6745)の関係は緊張していたものの、それ以降は良好な関係を保っている(6)。
服部は元大佐のハツダイラ テイギョウ(サダタニ?)とも非常に友好的な関係を維持している。(2646/1627/1353/1031)(7)
107: 第2巻【服部卓四郎】 05/29(水)13:32 ID:P8taXOkP0(3/16) AAS
>>102
p234
1.コメント欄.
この緊張関係は、1952年初頭に服部が警察予備隊を新軍の中核として利用するという吉田政権の計画に反対したことから生じたものと思われる。
108: 第2巻【服部卓四郎】 05/29(水)14:10 ID:3CCK8JWC0(1) AAS
p234-235
服部は、軍隊は警察予備隊を中心とするのではなく、全く新しい組織から構築されるべきだと信じていた。辰己は吉田の軍事顧問であり、首相から服部とは一切関わらないように命じられていた。(ZJJ-90参照)
109(2): 警備員[Lv.3][新芽] 05/29(水)15:46 ID:P8taXOkP0(4/16) AAS
日本のフリーメーソンリーWikipedia第二次大戦後のロッジ再建欄には
「フリーメーソンのマッカーサーと旧友の吉田茂。吉田茂はフリーメーソンといわれている。」と2人の写真が載っている。
//ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BC
この吉田茂の政治家としての正式なデビューをアシストしたのが東久邇稔彦。占領軍ともめて辞めた外相の後任として吉田茂を任命している。
東久邇稔彦Wikipedia内閣総理大臣就任欄
//ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%B9%85%E9%82%87%E5%AE%AE%E7%A8%94%E5%BD%A6%E7%8E%8B
1948年には世界連邦運動、1950年にはフリーメーソン入会。朝鮮王の李垠も一時期フリーメーソンだった。
東久邇稔彦の一億総懺悔はカルトのようなクソさで、国民に道義的責任があるとかで国民の自己責任にすりかえるし、こんなこという内閣もゴミ。
「すでに敗戦直前の時期に内閣情報局から各マスコミに対して「終戦後も、開戦及び戦争責任の追及などは全く不毛で非生産的であるので、許さない」との通達がなされていた。」
110: 05/29(水)15:57 ID:lPYP4tOT0(1/3) AAS
>>109
だから当時はフリーメーソンに入ることが政治的に重要だと思われていたからこそ、わざわざマスコミ呼んで入会を宣伝した政治家もいたわけでw
いい加減フリーメーソンから離れろよw
111: 第2巻【服部卓四郎】 05/29(水)16:13 ID:P8taXOkP0(5/16) AAS
P235
>>104
史実研究所(2)コメント欄.JJ-110で予測されたように、服部は副官の原四郎(0626/0934/6745)に復員局の地位を交代した。
○○マサカツ(3)コメント欄.橋本氏はCRC(CRS?)でも働いている。→○○マサカツは橋本マサカツ
印刷がかすれて注釈の場所不明(4)コメント欄.元大佐の堀場一雄(8231/1034/0001/7160)もこの研究所に関係していたが、1953年10月2日に病気で亡くなった。
112: 05/29(水)16:18 ID:P8taXOkP0(6/16) AAS
>>109
日本のフリーメーソンリーWikipediaで吉田茂フリーメーソンのソース元記事は削除されている。ソースが古いから消しただけなのか、フリーメーソンなのがバレると恥ずかしいからすぐに消すのか。はてさて。
113: 第2巻【服部卓四郎】 05/29(水)16:28 ID:P8taXOkP0(7/16) AAS
p235
ある情報筋は、ここに挙げられている男性のほとんどが研究所と「関係がある」(kankei)と言及していました。
後日、情報筋から「メンバー」のリストが発表されたが、そこには下村、田中、小谷を除く全員の名前が含まれていた。
114(1): 05/29(水)16:31 ID:P8taXOkP0(8/16) AAS
フリーメーソンの話するとすっ飛んでくるなw
近代日本とフリーメーソンの別スレ立てたりしたら発狂しそうだな
岸信介のCIA日本人ファイルの翻訳してもネトウヨに発狂されそうだ
115: 05/29(水)18:14 ID:lPYP4tOT0(2/3) AAS
>>114
ciaの翻訳自体は興味があるので見ているだけだよw
フリーメーソンはホント邪魔だからカットしてほしいのだけど。でも、こっちの出した情報に大した反応無いから
本格的に資料を使って何がどうであったかの論議はしたくなく単に興味本位の憶測を語りたい程度なんじゃ?
誤解だったらすまないが。
でも少なくとも別にスレ立てするなら論議してもいいよ。それともしたくない?
116: 第2巻【服部卓四郎】 05/29(水)18:31 ID:P8taXOkP0(9/16) AAS
p235
>>105
CRC(5).この団体はCRCから何らかの財政援助を受けていると考えられています。
>>106
服部と林三郎の緊張感の後の良好な関係(6).情報源は、1949年に始まったとされる服部が週刊朝日で林の著書『太平洋戦争における連合軍の歴史』を厳しく批判した時の緊張関係を指していると思われる。
✕ハツダイラテイギョウ。○松平テイギョウ
(7).松平についてはFJJ=314を参照
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