第二次世界大戦で日米戦の必要は有ったのか? (748レス)
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309
: 07/07(日)20:09
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309: [] 2024/07/07(日) 20:09:08.35 ID:4skpRMUV0 >>300 1944年秋に東條内閣が潰れて、小磯内閣になると戦争の見通しはお先真っ暗、という気分が中央で浮上してきた 東條内閣の時は言いにくかったのがサイパン陥落、連合軍ノルマンディー上陸、バグラチオン作戦でソ連がポーランドまで侵攻、インパールの惨敗など悲報が連続して流石の陸軍にも厳しい現実が見えてきたわけである だが、その現実直視も中途半端でカイロ宣言受諾などとんでもない それで陸軍から出てきたのがソ連を通じて戦争終末を図る、という構想である 以前から陸軍には独ソの和平を図りドイツの戦争資源を対英米に振り向けさせるべし、という非現実的も良いところの構想があった これはマジで考えてたようで、独ソ両国に本当に話を持って行き両国からお断りされた 両国に駐在していた外交官からはアホではなかろうかと思われたろうが訓令には従わねばならぬ それほど日本の中央は欧州事情にノーカンだった ドイツ降伏で後が無くなった日本はソ連を仲介とする戦争終結に執着するようになり、ポツダム宣言もソ連の名がないからソ連の回答を待つことにしようという先送り精神で黙殺ということになった これが余計な犠牲を出した要因であろう ソ連の肩を持つわけではないが、モスクワのモロトフ外相も箱根のマリク大使も日本に気を持たせるようなことは全然せず、広田弘毅元首相や佐藤尚武大使が話に行っても取りつくしまもない ソ連軍はソ満国境への大軍集結をシベリア鉄道で移動する日本のクーリエに隠そうともしていなかった ソ連の対日参戦は極秘でもなんでもなかった 欧州の小野寺少将も参謀本部情報部もソ連参戦は必至と言ってるのである そんな状況で閣僚一同がポツダム宣言時に至っても、ソ連に縋ろうと考えたのか その心理は倒産寸前に無駄と思いつつ闇金にすがる社長さんの気持ちだったのかもしれない http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history2/1719018953/309
年秋に東内閣が潰れて小磯内閣になると戦争の見通しはお先真っ暗という気分が中央で浮上してきた 東内閣の時は言いにくかったのがサイパン陥落連合軍ノルマンディー上陸バグラチオン作戦でソ連がポーランドまで侵攻インパールの惨敗など悲報が連続して流石の陸軍にも厳しい現実が見えてきたわけである だがその現実直視も中途半端でカイロ宣言受諾などとんでもない それで陸軍から出てきたのがソ連を通じて戦争終末を図るという構想である 以前から陸軍には独ソの和平を図りドイツの戦争資源を対英米に振り向けさせるべしという非現実的も良いところの構想があった これはマジで考えてたようで独ソ両国に本当に話を持って行き両国からお断りされた 両国に駐在していた外交官からはアホではなかろうかと思われたろうが訓令には従わねばならぬ それほど日本の中央は欧州事情にノーカンだった ドイツ降伏で後が無くなった日本はソ連を仲介とする戦争終結に執着するようになりポツダム宣言もソ連の名がないからソ連の回答を待つことにしようという先送り精神で黙殺ということになった これが余計な犠牲を出した要因であろう ソ連の肩を持つわけではないがモスクワのモロトフ外相も箱根のマリク大使も日本に気を持たせるようなことは全然せず広田弘毅元首相や佐藤尚武大使が話に行っても取りつくしまもない ソ連軍はソ満国境への大軍集結をシベリア鉄道で移動する日本のクーリエに隠そうともしていなかった ソ連の対日参戦は極秘でもなんでもなかった 欧州の小野寺少将も参謀本部情報部もソ連参戦は必至と言ってるのである そんな状況で閣僚一同がポツダム宣言時に至ってもソ連にろうと考えたのか その心理は倒産寸前に無駄と思いつつ闇金にすがる社長さんの気持ちだったのかもしれない
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