日蓮ってver.74 (193レス)
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133: 12/10(火)10:57 ID:ysNXbe5D(2/2) AAS
生まれたものどもは、死を逃れる道がない。
老いに達しては、死ぬ。
実に生あるものどもの定めは、このとおりである
(スッタニパータ)
134: 12/11(水)12:54 ID:g93NQuzJ(1) AAS
>>132有無の論ですが、肝心なのは人間の煩悩と輪廻転生が止むかどうか?
への答えなのです。
有ならば止まない、無なのかと問われると厳然と機能する。
其れが空であると説かれたのがお釈迦さん。
135: 12/11(水)22:18 ID:uj5AXb4G(1/6) AAS
《創価学会に激震》原田会長に“池田大作の愛弟子”が反旗! 元幹部職員が初めて語った「糾弾文書」の真意
外部リンク:bunshun.jp
池田大作名誉会長の死去から間もなく1年を迎える創価学会に、激震が走っている。
元エリート幹部職員の須田晴夫氏(72)が自身のホームページ上で、
原田稔会長の“教義改変”を糾弾する文書を公開したのだ。
今回、須田氏が「週刊文春」の取材に応じ、初めてその真意を明かした。
136: 12/11(水)22:19 ID:uj5AXb4G(2/6) AAS
須田晴夫(創価学会員)「『創価学会教学要綱』の考察 創価学会教学変更批判
『教学要綱』では日蓮大聖人について、最後まで「上行菩薩としての役割を果たす立場である」(同書四三頁)として
「日蓮=上行菩薩」との認識を貫いていますが、
大聖人を釈迦仏から末法弘通の役割を託された
「釈迦仏の使い」であるとする認識は身延派の教義そのものです。
これまで創価学会は、大聖人が上行菩薩であるというのはあくまでも外用の姿であり、
大聖人の内証は久遠元初自受用報身如来であるとしてきましたが(二〇一五年創価学会教学部編『教学入門』一七一頁)、
『教学要綱』は「久遠元初自受用身」の用語を一切用いず、
従来の立場からすれば専ら外用の位置づけにとどまっております。
もちろん『教学要綱』も大聖人について「末法の御本仏」としていますが、
省11
137: 12/11(水)22:20 ID:uj5AXb4G(3/6) AAS
男子部教学室論考 的外れな“批判本”を破す(創価学会)、須田晴夫批判と反論
外部リンク:www.seikyoonline.com
「御書根本」に学会教学は伸展
“批判本”は誤読を土台、閉鎖的宗門教学に固執
このほど、須田晴夫氏が『創価学会教学要綱』(以下『教学要綱』)を論じる本を自費出版した。
その主な内容は、“『教学要綱』は日蓮を「釈迦仏の使い」と位置づけ、その下位に置いている”という批判である。
『教学要綱』では、あくまで御書に基づき、「大聖人は、自身を『如来の使い』
『教主釈尊の御使い』と位置づけ」(『教学要綱』45ページ)て、
省19
138: 12/11(水)22:20 ID:uj5AXb4G(4/6) AAS
また、氏は、『教学要綱』には「人法一箇」「久遠元初自受用身」といった用語が用いられていないと指摘するが、
これらについて、学会教学では、宗門教学で用いるような大聖人を神格化・神秘化する用語としてではなく、
実践に即したより深い意義を掘り下げてきた。そのうえで、
これらの用語を用いなければ大聖人の仏法を説明できないものではないことから、『教学要綱』では用いられていないのである。
氏は、大聖人を根源仏とする論拠として、「百六箇抄」「本因妙抄」などの相伝書を引用するが、
これらの相伝書が宗門の法主信仰の温床となってきたことは事実である。また、
宗内でしか通用しない相伝書に依拠するのでは、普遍的な説明にはならない。
『教学要綱』では、論拠とする御書は、日蓮仏法の骨格というべき十大部を中心としている。
省5
139: 12/11(水)22:21 ID:uj5AXb4G(5/6) AAS
また、氏は『教学要綱』は法宝と僧宝の内容を変更しているとしているが、そのような指摘は当たらない。
これまでの学会教学では、法宝について、「南無妙法蓮華経」と「南無妙法蓮華経の本尊」の二つの側面から説明してきた。
そのうえで、『教学要綱』では、「法宝とは、仏が覚知した根本の法と、
仏がそれに基づいて説いた教え」という仏教本来の定義のうえから、
「大聖人が覚知し説き示された一大秘法の『南無妙法蓮華経』」としたものである。
大聖人が覚知された根本の法(法宝)は一大秘法の南無妙法蓮華経であり、
それを「本門の本尊」「本門の戒壇」「本門の題目」の三大秘法として具現化されたのである。
また、「僧宝」について、『教学要綱』は、あくまで「僧宝とは仏宝と法宝を伝える教団(サンガ)のこと」、
省4
140: 12/11(水)22:21 ID:uj5AXb4G(6/6) AAS
帰依三宝(きえさんぽう)
日蓮宗
仏宝、釈尊
法宝、法華経(南無妙法蓮華経)
僧宝、日蓮
日蓮正宗
仏宝、日蓮
法宝、戒壇の本尊
僧宝、日興
省4
141: 12/12(木)05:01 ID:Ti0G8jWK(1) AAS
本尊問答抄
問うて云く日本国に十宗あり所謂・倶舎・成実・律・法相・三論・華厳・真言・浄土・禅・法華宗なり、
此の宗は皆本尊まちまちなり所謂・倶舎・成実・律の三宗は劣応身の小釈迦なり、
法相三論の二宗は大釈迦仏を本尊とす華厳宗は台上のるさな報身の釈迦如来、
真言宗は大日如来、浄土宗は阿弥陀仏、禅宗にも釈迦を用いたり、
何ぞ天台宗に独り法華経を本尊とするや、
答う彼等は仏を本尊とするに是は経を本尊とす其の義あるべし、
問う其の義如何仏と経といづれか勝れたるや、
答えて云く本尊とは勝れたるを用うべし、
例せば儒家には三皇五帝を用いて本尊とするが如く仏家にも又釈迦を以て本尊とすべし
省5
142: 12/12(木)05:53 ID:SxWnAmnF(1) AAS
南無久遠実成本師釈迦牟尼仏
南無平等大慧一乗妙法蓮華経
南無本化上行高祖日蓮大菩薩
143: 12/12(木)06:21 ID:AOdkegk5(1) AAS
画像リンク[png]:i.imgur.com
144(1): 12/12(木)10:01 ID:EaM0srbn(1) AAS
法華経の漢訳者と訳した年代は
「正法華経」 竺法護訳 268年
「妙法蓮華経」 鳩摩羅什訳 406年
「添品妙法蓮華経」 闍那崛多、達摩笈多訳 601年
となっている。
サンスクリット本はシルクロード系列とネパール系列(チベット系列)があるが
ここで断片的な最古のものでもシルクロード系列の7世紀頃となっており、
漢訳よりサンスクリット本の方が新しい。
当然、その数百年の間に原本となるものが改変されているだろうし、シルクロード本とネパール本を比べるのも、無理がある。
なので現時点で得られているサンスクリット本と漢訳本を比べて翻訳を間違えているとか
省1
145: 12/12(木)19:59 ID:LO3y1kPp(1) AAS
>>144
法華経のサンスクリット語の日本語訳本はネパール系列(チベット本)を元に書かれている。
それはネパール系列は28品揃っているから。
河口慧海が持ち帰ったのもネパール系列。
「正法華経」や「妙法蓮華経」の底本は西北インドからシルクロード経由で中国に入った
と考えられるのでシルクロード系列(中央アジア本)。
なので訳本同士を比較評価できない。
146(3): 12/13(金)06:21 ID:9qGv8AIR(1/4) AAS
>>145 もう少し根本に立ち返ると、大乗経は釈尊の説ではないわけで
何処の誰かすらも判らない”無名の仏教学者”が著わす偽経である。
勝手に借用する如是我聞という四文字に騙された、素直な坊さんが多々。
それが露見した現代に食い違いを伏せたままで教学、教材を構築する故、
奇妙な現象をママ見るわけだ。
聖徳太子からして騙されたと看做すのも可能。
因みに、経題名サンスクリットはサツダルマ=正法としか訳せない筈なのである。
サツの字はボディサットバのサツ字。
八正道のサツ字に相当する。
正と訳すなら、この語を用いる漢訳文は意が通じる、妙では駄目出しなのだ。
省3
147: 12/13(金)07:12 ID:9qGv8AIR(2/4) AAS
146の付記
この内容は、佛教大学で学んだ坊さん方は全員後存じの話題、
何を今更と言われる程のもの。
但し、坊さんは基本の戒律を守る故、他の悪口は言わない。
其の為、貴方が疑問に思って尋ねてもお答えされるとは思われない。
黙り込んだら、認めるモノと推測されるが宜しい、お分かりか?
148(1): 12/13(金)12:11 ID:/C7xjgyp(1) AAS
>>146まず貴方は正法華経と妙法蓮華経を全編読んで比較検討された事があるのでしょうか?
恐らく読みもしていないと思います。
それを行なわずに、受け売りで語っている方と議論しても無価値です。
また、サンスクリット語のsadは「正しい」、「不思議な」、「優れた」という意味があります。
149: 12/13(金)18:23 ID:9qGv8AIR(3/4) AAS
>>148 弘法大師真撰、秘密曼荼羅十住心論をお読み下さい。
法華経開題を、梵漢に亘り解き明かす一章を平安時代に記されています。
所詮は此れで了、1000年の時を超え正論を説きます。
日蓮が読めなかったと思われる天台に関する説明も此処に在ります。
150: 12/13(金)19:28 ID:49VA5NT2(1) AAS
南無久遠実成本師釈迦牟尼仏
南無平等大慧一乗妙法蓮華経
南無本化上行高祖日蓮大菩薩
151(1): 12/13(金)20:39 ID:h4qONxG5(1) AAS
AA省
152(1): 12/13(金)21:31 ID:9qGv8AIR(4/4) AAS
>>151 日蓮宗の一般教学は、江戸期に完成された学林仏教と言える。
其れは日蓮正宗の流れを汲み取る信濃町創価学会も同様だ。
10年ほど以前、某喫茶店でドリル学習を一心に行う知人を見かける。
ちらっと見るとSGI教学試験問題集。
なるほど、此れだけ懸命になってやってるのだから”信心を否定されたら激怒”
成程と悟るわたくしである。
法華経は仏教の入門編と仰る、某師の意見は貴重である。
次いで空海師の論は最終編とも仰る、そりゃ御尤もなのであろう。
日蓮氏の不幸は、学ぶべき学問を習得せず私度僧として市井に放り出される
様に見えることだろう。
省1
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