山上八幡神社 2 (123レス)
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123: [sage] 2024/11/29(金) 00:25:43.76 ID:TAvwJuJS0 https://toyokeizai.net/articles/-/571241 感染症と大規模災害が同時に発生する複合災害は、過去何度も起きている。 例えば平安初期の貞観富士山噴火(864年)のときは、咳逆病(しはぶきやみ・インフルエンザ)の流行が続いていた。 『日本三代実録』には「863年は前年から咳逆病が大流行し、大納言・源定、内蔵権頭・藤原興邦、平城天皇皇女・大原内親王、大納言・源弘などが相次いで死去した」と書かれている。 5年後の貞観地震(869年)のときもまだ咳逆病は収まっていなかった。 そこで朝廷は、京都の祇園社(現・八坂神社)に祭られていて疫病を打ち払う神と敬われていた牛頭天王(ごずてんのう)と素戔鳴尊(すさのをのみこと)の祭り「祇園御霊会」を挙行。 当時の国の数に合わせ66本の鉾を立て巡らし、諸国の悪霊が宿るように仕向け、そこへ祇園社の神を祭り、みこし3基を送り込んで諸国の穢れを祓い厄払いした。 以来、毎年7月30日が祇園祭として今日まで定着している。 江戸時代の南海トラフ地震ともいえる宝永地震(1707年10月28日)と、その49日後に発生した宝永富士山噴火(12月16日)のときもインフルエンザが蔓延していた。 100キロメートル離れた江戸でも、新井白石の自叙伝『折たく柴の記』に「夜に入りぬれば、灰また下る事甚し。『此日富士山に火出でて焼ぬるによれり』といふ事は聞えたりき。 黒灰下る事やまずして、十二月の初におよび、(中略)此ほど世の人咳嗽(しはぶき)をうれへずといふものあらず」と書かれており、降灰とインフルエンザ(咳嗽)で呼吸器疾患者が続出したといわれる。 http://kizuna.5ch.net/test/read.cgi/kyoto/1688940543/123
感染症と大規模災害が同時に発生する複合災害は過去何度も起きている 例えば平安初期の貞観富士山噴火年のときは咳逆病しはぶきやみインフルエンザの流行が続いていた 日本三代実録には年は前年から咳逆病が大流行し大納言源定内蔵権頭藤原興邦平城天皇皇女大原内親王大納言源弘などが相次いで死去したと書かれている 年後の貞観地震年のときもまだ咳逆病は収まっていなかった そこで朝廷は京都の祇園社現八坂神社に祭られていて疫病を打ち払う神と敬われていた牛頭天王ごずてんのうと素鳴尊すさのをのみことの祭り祇園御霊会を挙行 当時の国の数に合わせ本の鉾を立て巡らし諸国の悪霊が宿るように仕向けそこへ祇園社の神を祭りみこし基を送り込んで諸国のれをい厄払いした 以来毎年月日が祇園祭として今日まで定着している 江戸時代の南海トラフ地震ともいえる宝永地震年月日とその日後に発生した宝永富士山噴火月日のときもインフルエンザが蔓延していた キロメートル離れた江戸でも新井白石の自叙伝折たく柴の記に夜に入りぬれば灰また下る事甚し此日富士山に火出でて焼ぬるによれりといふ事は聞えたりき 黒灰下る事やまずして十二月の初におよび中略此ほど世の人咳しはぶきをうれへずといふものあらずと書かれており降灰とインフルエンザ咳で呼吸器疾患者が続出したといわれる
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