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シベリア抑留と日本共産党 (385レス)
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名無しさん@3周年
04/08/03 12:40
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19: 名無しさん@3周年 [] 04/08/03 12:40 時計はもう11時を回っていた。北緯五十五度の夜はまだうっすら明るい。 街道の方から、小型の三輪オートバイが現れた。 さっきの少年が二台に乗り、ハンチングをかぶり、黒い革のジャンパーを着た 小柄な老人が運転している。日焼けした老人の顏は、ぼくのいるところから 10メートルくらい離れた場所に停車し、車から降りると、その場にたたずみ、 じっとこちらを見つめていた。ぼくは何か引き寄せられるように老人のもとに 歩み寄った。ロシア人ではない。 「みなさんはどちらからですか?」 老人はこちらを直視せず、遠慮しがちに訊ねた。訛りはあるが、達意のロシア語だ。 「日本から来ました」 老人はしばらく黙っていたが、相変わらずこちらに視線を向けずに、 「自分も日本からきました」 そう語る言葉は、ため息まじりだった。 「じゃあ、日本語でいきましょうか」 日本語に切りかえてみた。 「日本語は、わすれた……四十年間もしゃべらなかったから」 消え入るようなつぶやき。 これですっかり合点がいった。この人は抑留者だったのだと。 それにしてもほかでもない8月15日の終戦記念日に、日本の何十倍もある シベリアで、ほんのわずかしか生き残っていないソ連残留の日本人捕虜に めぐり合うとは……いったい何という奇遇だろう。ぼくをここに導いたのは 誰の手なのだろうか。 引用 瀧澤一郎著 『バイクで走った、見た、話した ソビエト大横断1万四千キロ』 1991年 文藝春秋社 ISBN4―16−345450−0 http://echo.5ch.net/test/read.cgi/kyousan/1091112700/19
時計はもう時を回っていた北緯五十五度の夜はまだうっすら明るい 街道の方から小型の三輪オートバイが現れた さっきの少年が二台に乗りハンチングをかぶり黒い革のジャンパーを着た 小柄な老人が運転している日焼けした老人のはぼくのいるところから メートルくらい離れた場所に停車し車から降りるとその場にたたずみ じっとこちらを見つめていたぼくは何か引き寄せられるように老人のもとに 歩み寄ったロシア人ではない みなさんはどちらからですか? 老人はこちらを直視せず遠慮しがちに訊ねたりはあるが達意のロシア語だ 日本から来ました 老人はしばらく黙っていたが相変わらずこちらに視線を向けずに 自分も日本からきました そう語る言葉はため息まじりだった じゃあ日本語でいきましょうか 日本語に切りかえてみた 日本語はわすれた四十年間もしゃべらなかったから 消え入るようなつぶやき これですっかり合点がいったこの人は抑留者だったのだと それにしてもほかでもない月日の終戦記念日に日本の何十倍もある シベリアでほんのわずかしか生き残っていないソ連残留の日本人捕虜に めぐり合うとはいったい何という奇遇だろうぼくをここに導いたのは 誰の手なのだろうか 引用 瀧一郎著 バイクで走った見た話した ソビエト大横断万四千キロ 年 文春秋社
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