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496: 心を持ったメイドロボ 1/19 2006/07/23(日)22:13 ID:4sEHxgld0(1/20) AAS
最近、向坂環は機嫌が悪い。
理由は簡単。4月から河野貴明と事あるごとにくっついてまわっているあの双子のせい
だ。
いや、あの双子は別に問題ない。むしろ、あの女の子に対して臆病すぎる河野貴明には、
良い経験だとさえおもっている。
では何が彼女の機嫌を悪くしているのか。正確に言うのならそれは、双子よりもむしろ、
その双子のところにいるメイドロボのせいだ。
唐突だが向坂環はメイドロボが嫌いだ。
嫌いだというよりも、理解できない。
人件費の削減だとか、そういった理由ならまだわかる。でも、なぜ、弟をはじめ世の人
省9
497: 心を持ったメイドロボ 2/19 2006/07/23(日)22:14 ID:4sEHxgld0(2/20) AAS
河野貴明から、次の一言を聞くまでは。
「俺の、大切な人なんだ」
最初はたちの悪い冗談かとも思ったが、どうも河野貴明はそれを本気で言っているらし
い。目を見ればわかる。河野貴明は、本気でそのメイドロボを愛していると言ったのだ。
伊達に何年も河野貴明のことを見つめ続けてきたわけではない。
おかげで向坂環はひどく混乱することになる。
なんだそれは。
「大切な人」?
タカ坊、それは人間じゃなくてロボット、機械なのよ!?
省4
498: 心を持ったメイドロボ 3/19 2006/07/23(日)22:16 ID:4sEHxgld0(3/20) AAS
おかげで向坂環は機嫌が悪い。
河野貴明がメイドロボなんかにはしった事も機嫌を悪くさせるなら、そのメイドロボ相
手に嫉妬してしまった自分にも腹が立つ。
本当なら、そのセリフは自分が聞かせてもらうつもりでいたのに。
河野貴明の隣にも、自分が立つ予定だったのに。
これで河野貴明が連れてきたのが、他の、人間の女の子だったらここまで混乱すること
もなかっただろう。
例えばあの双子。どちらと付き合うにせよ、2人のことを向坂環は素直に祝福したにち
がいない。
でも、まさか河野貴明の好きな相手が血も通っていないロボットで。その心なんてない
省5
499: 心を持ったメイドロボ 4/19 2006/07/23(日)22:17 ID:4sEHxgld0(4/20) AAS
だから、向坂環はそのことに気が付くことができなかった。
いつもなら教室に入ってきてすぐ号令をかける担任が、今日はそうしなかったことに。
開けっ放しにされた教室の入り口から、彼女が中に入ってきたことに。
そんな彼女を見て、クラス中からどよめきの声があがったことに。
向坂環がそのことに気が付いたのは、彼女が黒板に自分の名を書いて、お辞儀をしたあ
とのことだった。
「HMX−17a“イルファ”と申します。一週間と言う短い時間ですが、どうか皆様よ
ろしくお願いいたします」
500: 心を持ったメイドロボ 5/19 2006/07/23(日)22:19 ID:4sEHxgld0(5/20) AAS
休み時間の校内を、異様な一団が移動していく。バラバラの学年の男女で構成された一
団は、場所を移動するごとにその人数を増やしていった。
中心に居るのは2人。向坂環と、彼女に校内を案内してもらっているイルファ。
そして、そんな2人を距離をおいて取り囲む野次馬たち。
来栖川の新型メイドロボを一目見ようと集まった彼らを、向坂環は気にも止めないよう
にイルファを連れて歩いていく。
実際のところ、野次馬どころではない。
このところのイライラの、その原因が。よりにもよって自分と同じ制服を着て、同じ学
年の同じクラスにやってきて、しかも校内の案内しているのが自分自身というのだから。
周りに誰もいないのなら、何の冗談だと叫びだすところだ。
省8
502: 心を持ったメイドロボ 6/19 2006/07/23(日)22:21 ID:4sEHxgld0(6/20) AAS
「それで、向こうが学食ね。これで一通り校内の施設は案内したけど、どこかわからない
ところはあった? イルファ」
「いえ、だいたいは理解できました」
今だって、こうやって校内を案内するだけでもう必死なのだ。
そこへ一緒に歩くイルファ。
『申し訳ありません。メイドロボの私が向坂様にお時間を割いていただくなんて』
『気にすること無いわよ。先生にも言われたことだし。それに、河野貴明の姉代わりとし
てこれくらいは当然じゃない? イルファはタカ坊の大事な人なんだから』
省7
503: 心を持ったメイドロボ 7/19 2006/07/23(日)22:23 ID:4sEHxgld0(7/20) AAS
ひっかかったな姉貴。今までのは全部俺たちが考えた嘘だったんだ。
それにしてもタマ姉がこんなにうまく引っかかるとは思わなかったよ。もちろんイルファ
さんはメイドロボじゃなくて人間だし、俺が言ったセリフも全部台本通りだったんだよ。
「向坂様? どうか、なさいましたか」
「い、いえ、なんでもないわよ。ちょっと考え事していただけだから」
けれどそんな不毛な妄想が実際に起きることもなく、もちろん看板もカメラも飛び出し
てこない。
「だいたい案内もできたし、そろそろ戻りましょうか。クラブ棟の方は、またお昼休みに
でも案内してあげるわ」
省5
504: 心を持ったメイドロボ 8/19 2006/07/23(日)22:25 ID:4sEHxgld0(8/20) AAS
「もう、だからそんなことは無いって言ってるじゃない」
「ですが、時々難しいお顔をなさいますし。やはり何かご予定があったのでは」
負担になっていると言うのは当たらずとも遠からずといった所だが。だからってまさか、
イルファを案内しているせいでこっちは考え込んでしまっているのだ、と言うわけにもい
かず。
向坂環にすれば、相手はロボットなんだから、そんな向こうの気持ちを考える必要本来
はないはずなのだけれど。
「それとも、私に案内されるよりもタカ坊の方が良かった? それはそうよね、なんと言っ
てもイルファは、タカ坊の『大切な人』なんだから」
「い、いえ、そんな」
省4
505: 心を持ったメイドロボ 9/19 2006/07/23(日)22:26 ID:4sEHxgld0(9/20) AAS
そして現実は、どこまでもそんな向坂環にとって残酷なもので。
「い、イルファさん!?」
しかも、よりにもよって一番最初に叫んだのがその名前。
「貴明さん」
追い討ちをかけるようにイルファの声。
そして自分を追い抜いていく足音。
「え、なんでイルファさん学校に・・・・・・それにその制服」
省5
506: 心を持ったメイドロボ 10/19 2006/07/23(日)22:28 ID:4sEHxgld0(10/20) AAS
「一週間の短い間ですけど、私、貴明さんたちと一緒に学校に通えるんです」
「そう・・・・・・なんだ。でも嬉しいよ。一週間でも、イルファさんと学校でも会える
なんて」
周囲の目さえなければ、そのまま抱き合いでもしそうな2人の様子に野次馬たちの期待
も盛り上がる一方で。
「ちょっとタカ坊。イルファも。2人で盛り上がるのは良いけど、もうちょっと時間と場
所を考えなさい」
けれどただでさえ自己嫌悪に陥って、イルファに対して気持ちの整理の付かない今の向
坂環。自分の目の前で、周りの期待通りに2人がなることを、黙ってみていられるわけが
なく。
省4
507: 心を持ったメイドロボ 11/19 2006/07/23(日)22:29 ID:4sEHxgld0(11/20) AAS
溜息のひとつも漏らしたくなるのを必死にが我慢する。
溜息をついたとたん、今までの自分の気持ちや悩みが、全部無駄になるんじゃないかと
思えてしょうがないせいで。
例えイルファがどんなに人間のように見えたところで、ロボットはロボット。いくら2
人が仲睦まじそうに見えたとしても、そんなものはきっとプログラムでしかないのだ。
手を硬く結び合って寄り添う2人が、まるで何年も連れ添った恋人に見えたとしても。
心を持たないロボットが、心からの笑顔を貴明に向けていたとしても。
メイドロボに、イルファに河野貴明を愛することなど、できないはずなのに。
なのになんでタカ坊とイルファが笑いあっているのを見るだけで、こんなに胸を締め付
けられるような気分にならなければならないのか。
省7
508: 心を持ったメイドロボ 12/19 2006/07/23(日)22:31 ID:4sEHxgld0(12/20) AAS
「もう、何年も面倒を見てあげたタマお姉ちゃんの言うことは信用しないのに、イルファ
の言うことは信じるの、タカ坊」
だから向坂環は、河野貴明の前では彼の考える向坂環を演じ続けなければならないし。向
坂環は、たとえ河野貴明が愛したのが機械だって、それを理解してやらなければならない
のだから。
「はいはい、ごちそうさま。でも人前でいちゃつくのもほどほどにしなさいよ」
いっそ、イルファが本当の人間だったら良かったのに。
それだったらイルファのこの笑顔も、タカ坊に向ける眼差しも、2人のこの愛情だって、
全部本物だって思うことができるのに。
そう、思ってしまう。
省2
509: 心を持ったメイドロボ 13/19 2006/07/23(日)22:32 ID:4sEHxgld0(13/20) AAS
そう言って、向坂環は踵を返す。
心配なのは、ちゃんと今、いつも通りの表情でいられたかどうか。
いつもなら、いつもの通りの向坂環ならそれくらい、なんの問題も無くこなせただろう。
『ただ、俺はイルファさんと学校でも一緒にいられるのが嬉しくて』
最後に、2人の前から立ち去る前に、河野貴明の口からそのセリフさえ聞いていなけれ
ば。
最初から、とっくに我慢の限界などは超えていたのだ。ここで向坂環が2人の前から、
まるで逃げ出すように離れたとしてだれが彼女のことを責められるだろうか。
野次馬の輪から、何でも無いという風に抜け出したところでもう無理だった。
振り返りもせず、教室に向かうことも無く、一目散に屋上に向かう。途中で誰かに呼ば
省6
510: 心を持ったメイドロボ 14/19 2006/07/23(日)22:34 ID:4sEHxgld0(14/20) AAS
「でも、仕方ないじゃない。タカ坊が、あのメイドロボのことを好きだって言うんだから」
そう嘯いててはみるが、自分で自分の言ったことに、まるで共感できていない表情をす
る。
向坂環だって気が付いているはずなのだ。
けれどイルファはロボットで、そのせいで、今向坂環は屋上にいる。
「向坂様」
扉の開く音がする。
彼女が振り向くと、屋上の入り口のところに青い髪のメイドロボが立っていた。
「イルファさん? そろそろ授業よ? タカ坊もしょうがないわね、ちゃんと送ってあげ
るように言ったのに」
省3
511: 心を持ったメイドロボ 15/19 2006/07/23(日)22:36 ID:4sEHxgld0(15/20) AAS
あんなに嬉しそうにしていたじゃない、とは続けなかったけれど。
そう思ったからこそ、向坂環はあの場を離れたのだ。
嬉しそうにしている2人を、こんな気持ちのままでいる自分が邪魔してしまわないように。
「はい。今、私を案内してくださっているのは向坂様ですから。ご迷惑でなければ、また
案内していただいてもよろしいですか?」
なのにイルファはそんなことを言う。
なんで? どうして? 向坂環の混乱は、加速する一方だ。
河野貴明のことが好きなら、ずっと一緒にいれば良いのに。
「だって、向坂様。あとでクラブ棟を案内してくださると、約束してくださいましたから」
「そんなの、タカ坊にしてもらえば良いじゃない」
省3
512: 心を持ったメイドロボ 16/19 2006/07/23(日)22:37 ID:4sEHxgld0(16/20) AAS
それどころか、前に出て、向坂環のことを見つめてくる。
「だから、タカ坊のことが好きなら、タカ坊と一緒にいたほうが良いじゃない。それなの
に私がいいだなんて。だいたい、あなたが本当にロボットだって言うなら、心が無いって
言うなら、もっとそれらしくしてなさいよ! 心が無いってわかるのなら、私だってこん
なに悩むことなんて無かったんだから!!」
「・・・・・・もう、向坂様も強情な方ですね」
叫ぶ向坂環。けれどそれを聞いたイルファの反応は、向坂環の言葉にショックを受ける
どころかむしろ嬉しそうで。
おかげでこの瞬間、向坂環の混乱はピークに達する羽目になる。
「そうです。私はロボットなのですから、普段機械に接するように、『お前の案内なんて
省5
513: 心を持ったメイドロボ 17/19 2006/07/23(日)22:38 ID:4sEHxgld0(17/20) AAS
「そ、それは、イルファがタカ坊の大切な人だから・・・・・・」
ようやく搾り出したその言葉だって、言っていて本当にそう思っているのか自信が無さ
そうだ。
「ありがとうございます」
「えっ!?」
「向坂様は最初から、私に心があるのだと考えていてくださっていましたから。だから、
ただの機械にするように命令するのではなく、心がある人と同じように接してくださいま
した。本当に、ありがとうございます」
省5
514: 心を持ったメイドロボ 18/19 2006/07/23(日)22:41 ID:4sEHxgld0(18/20) AAS
「それでは──
「もう、わかったわよ。ちゃんと約束通り、あとでクラブ棟は案内してあげるから」
思わず、大きく溜息をついてしまう向坂環。脱力して、その場にしゃがみこまないのが
不思議なくらいだ。
「イルファさん!!」
勢い良く屋上の扉が開く。
省3
515: 心を持ったメイドロボ 19/19 2006/07/23(日)22:43 ID:4sEHxgld0(19/20) AAS
向坂環はメイドロボが嫌いだ。
「さぁ、貴明さん。あーんしてください」
嫌いだというより、対抗心を燃やしている。
「ちょっとイルファさん、みんな見てるって。ほら瑠璃ちゃんも何か言ってあげてよ」
人に代わって、仕事をしてしまうからではない。
省4
516(5): 心を持ったメイドロボ あとがき 2006/07/23(日)22:44 ID:4sEHxgld0(20/20) AAS
タマ姉も、影ではいろいろと大変だと思うのです。
支援ありがとうございました。
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