[過去ログ] ToHeart2 SS専用スレ 15 (734レス)
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693: 白詰草 ◆Pd9gE38GCU 2006/08/01(火)22:30 ID:oC4gIH8i0(1/7) AAS
From girl to … (1) 1/6

 一昔前のある日、男がひとりやってきて、
 大海のどよめく、日のささぬ寒い浜辺に立ってこう言った。
 「この海原越しに呼びかけて、船に警告してやる声が要る。その声を作ってやろう。
 これまでにあったどんな時間、どんな霧にも似合った声を。
 それは、夜更けてある人のそばの空っぽのベッド、訪れた人のいない家、
 また、葉の散ってしまった晩秋の木々に似合った、そんな音。
 鳴きながら南方へと飛び去る鳥、12月の風、寂しい浜辺に寄する波に似た音。
 それはあまりにも孤独な音だから、誰もそれを聞き逃すはずはなく、
 また、それを耳にした者は誰もが密かに忍び泣きをし、
省5
694: 白詰草 ◆Pd9gE38GCU 2006/08/01(火)22:30 ID:oC4gIH8i0(2/7) AAS
From girl to … (1) 2/6

 君が初めてその猫に出会ったのは、桜もまだ咲き揃わない3月の上旬のことだった。
 川沿いの木の下で、あの高校生の男の子と出会った日。ハンバーガーをいかにも美味し
くなさそうにもそもそと食べた後、ほんの少しの行き違いからその男の子とけんかになり、
君が茂みの中に身を隠したその時だった。カイヅカイブキの向こう側の芝生で寝ていたブ
チ模様の猫の驚いたような瞳を、君はきっと今でも覚えている。
「%$'▲○&¥」#×=¥」
 そう、その時君はそう口にした。猫であろうとなかろうと、その発音から何がしかを読
み取れるものはきっといなかったろう。案の定、猫も何を言われたのか判らずにきょとん
として、自分の睡眠を邪魔した桜髪の闖入者を見つめているばかりだった。
省10
695: 白詰草 ◆Pd9gE38GCU 2006/08/01(火)22:31 ID:oC4gIH8i0(3/7) AAS
From girl to … (1) 3/6

 何を言っているのか猫には全く理解できなかったろう。かろうじて名前を言っているん
だと言うことくらいは判ったかもしれないが、肝心の名前の部分は全く読み取れない。
 それでも、猫が「にゃあ」と興味なさそうに鳴くと、君は「そうか、お前の名前は"ニ
ャー"というのか、記憶したぞ、ニャー」と、またぞろとんでもない勘違いを披露した。
 君は今でも知らないが、その猫の名は「ニャー」などという散文的なものではない。だ
が、その後猫がいくら「ニャーニャー」と抗議しても、「そうか、確かに良い天気ではあ
るな」「それは違うぞ、ニャー。大いなる"るー"の仲間たちは、るーを決して見放しはし
ないだろう」と、なんら関係ないことを次々に口にするばかりで、結局猫が諦めたように
「にゃあ」と漏らすまで、噛み合うことの無いコミュニケーションを続けていた。
省8
696: 白詰草 ◆Pd9gE38GCU 2006/08/01(火)22:32 ID:oC4gIH8i0(4/7) AAS
From girl to … (1) 4/6

 君は、その後この公園で昼夜を過ごし続けていたね。
 朝は公園の水道で身だしなみを整えて、昼は何やらごそごそと作り物をしたり、学校に
出かけたりし、夜は公園の遊具の中で眠っていた。汗をかくと近所の銭湯に行き、服が汚
れれば学校の家庭科室で洗濯をする。おなかが空けば商店街で食事をしたり、公園で魚を
焼いて食べていた。
 驚くべきことに、君はそれにかかる全ての経費を、マッチ棒で済ませていたね。もっと
も、最初は面食らっていた商店街の人々が、すぐにマッチ棒での取引を開始したことは、
さらに驚くべきことだったけれど。
 あの時、君がどんな魔法を使ったのかは判らないけれど、商店街のみんなが君の笑顔を
省18
697: 白詰草 ◆Pd9gE38GCU 2006/08/01(火)22:32 ID:oC4gIH8i0(5/7) AAS
From girl to … (1) 5/6

 春先とはいえ、まだ肌寒い三月の黄昏時。美味しそうな匂いの煙がゆらゆらと立ち昇る
向こう側、君は物憂げな表情で、ちりちりと油の爆ぜるイワシをぼんやりと眺めていた。
 そして、どこかの家の夕餉の匂いを含んだ風が君の髪を少し揺らすたび、君は、思い出
したように猫に話しかけるんだ。
「ニャーは聞く限りではあまり良い食事をしていないようだ。以前はハンバーガーも食べ
ると言っていたが、あれは栄養バランスが良くない。るーがしっかり健康管理してやるか
ら、毎日ここに来い。判ったか?」
 家に帰れない、と君は言っていた。自分は遭難者なのだと。
「にゃあ」
省16
698: 白詰草 ◆Pd9gE38GCU 2006/08/01(火)22:34 ID:oC4gIH8i0(6/7) AAS
From girl to … (1) 6/6

 でも……茜色の空は次第に夜の色に染まって行く。猫がいなくなるころには月明かりが
公園を薄く照らし、家々の窓には蛍光灯の光が明るく灯り、仕事を終えて帰ってきた父親
と楽しそうに笑い会う子供たちの声が遠くから聞こえてくる。
 ひんやりとした風はさえぎるものの無い園内を我が物顔で駆け抜け、時折どこかから飛
ばされてきた紙くずが、からからと乾いた音を立てながら転がっていく。
 明るい頃には、子供たちを乗せてキイキイと歓声を上げていたブランコも、歌を忘れた
小鳥のようにじっとして音も立てない。
 君は、時折ブランコに腰を下ろして、遊んでいた子供たちがやっていたように漕いでみ
る。ブランコが前後に振り出すと、次第に勢いをつけて荷重をかけ、より高いところへと
省15
699
(1): 白詰草 ◆Pd9gE38GCU 2006/08/01(火)22:38 ID:oC4gIH8i0(7/7) AAS
最近かかりきりだったるーこSSです。
指輪連作シリーズにしては短くまとまったので、
このスレにも投下。4夜連載になります。
マニアックな作りですがご勘弁ください。

なお、冒頭の一節は、作:レイ・ブラッドベリ 『霧笛』より引用。
大西尹明氏の訳を元に、白詰草が編集したものです。
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