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927
:
幸ちゃん
◆m9SwOOeiO5OB
[age] 2015/11/19(木)01:47
ID:kSZDdLGo(81/89)
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927: 幸ちゃん ◆m9SwOOeiO5OB [age] 2015/11/19(木) 01:47:06.61 ID:kSZDdLGo 第三二章 狂気について (本章は正編第三六節の後半と関係する) 精神の真の健全さは、追憶が完全であるという点にある。追憶が完全であるとはいっても、もちろん これをわれわれがすべてを記憶にとどめているという意味に理解してはならない。というのは、来し方 を顧みる旅人には、たどり来った道もその空間が収縮するように、われわれの人生行路も、たどり来っ たあとではその時間が収縮するからである。個々の年を区別するのが、ときとしてわれわれには困難に なる日になると、たいていは知るよしもなくなってしまう。しかし事の真相は、まったく同じ出来事が 何度も繰り返され、その像がいわば重なりあって記憶のなかで合流し、個々に識別することができなく なるにすぎない。これに反し、なにか独特の、あるいは重要な出来事なら、どういう出来事でも記憶を さぐればふたたび見つけだすことができるに相違ない。もっともこれは、知性が正常で力があり、まっ たく健全な場合のことであるが。――わたしは正編で、記憶というものは、このように内容がますます 空漠としたものになり、ますます不明瞭なものになりながら、むらなく継続するものであるが、この 記憶の糸の寸断されたものが、すなわち狂気にほかならぬと述べておいた。次の考察が、その確証に役立 てば幸いである。 健全な人間の記憶は、彼がその目撃者であった出来事に関して、それが確実であることを保証する。 そしてこの確実性は、現に彼が或る事柄を眼前に見聞きしているのと同じぐらい確実で動かしえないも のと見なされる。そこでこの出来事は、彼が誓言すれば法廷で確認されることになる。 これに反し、狂気ではないかと疑われるだけでただちに、証人の陳述は無効になる。すなわちここに、精神が 健全かそれとも発狂しているかを判断する基準がある。わたしが、自分の記憶している出来事が実際に起こっ たかどうかを疑うやいなや、わたしは自分自身に狂気の疑いをかけているのである。もっとも、それが単 なる夢でなかったかどうか自分に確信のない場合は別であるが。他人が、わたしが目撃者として語って いる出来事の真実性を、わたしの言葉に嘘のないことを信じながら疑うならば、彼はわたしを気違いだ と考えているのである。がんらい自分が捏造した事件をなんども繰り返して話すうちに、ついに自分自 身の言葉を信ずるようになれば、その人はほんらい、この一点ですでに狂っている。気違いにも、気の きいた思いつきとか、ひとつひとつをとってみれば賢明な考えとかあるいは正確な判断さえ不可能でな いことは認めてもよいが、過去の事件に関する彼の証言だけは認めるわけにはいくまい。周知のように釈 迦牟尼の伝記である『普曜経』には、釈迦生誕のおりに、全世界の病ある者はすべて癒え、盲たる 者はすべて物が見えるように、聾せる者はすべて音が聞こえるようになり、狂せる者はすべて「その記 憶を回復した」と語られている。記憶の回復に関しては、二個所にもわたって述べられている。 これは、わたし自身の多年にわたる経験から推測するようになったことであるが、狂気は、俳優の場 合に比較的もっともひんぱんに現われる。じっさいまたこの連中は、彼らの記憶をなんと濫用すること であろう。彼らは毎日、新しい役を覚えこむか、古い役を思い出さねばならない。ところがこれらの役 は、すべてなんの関係もなく、それどころか相互に矛盾撞着することさえあり、彼らは毎晩まったく別 な人間になるために自分自身を完全に忘れ去ろうと努力している。これがまさに狂気にいたる道を開く のである。 http://hayabusa3.5ch.net/test/read.cgi/livemarket1/1447841185/927
第三二章 狂気について 本章は正編第三六節の後半と関係する 精神の真の健全さは追憶が完全であるという点にある追憶が完全であるとはいってももちろん これをわれわれがすべてを記憶にとどめているという意味に理解してはならないというのは来し方 を顧みる旅人にはたどり来った道もその空間が収縮するようにわれわれの人生行路もたどり来っ たあとではその時間が収縮するからである個の年を区別するのがときとしてわれわれには困難に なる日になるとたいていは知るよしもなくなってしまうしかし事の真相はまったく同じ出来事が 何度も繰り返されその像がいわば重なりあって記憶のなかで合流し個に識別することができなく なるにすぎないこれに反しなにか独特のあるいは重要な出来事ならどういう出来事でも記憶を さぐればふたたび見つけだすことができるに相違ないもっともこれは知性が正常で力がありまっ たく健全な場合のことであるがわたしは正編で記憶というものはこのように内容がますます 空漠としたものになりますます不明瞭なものになりながらむらなく継続するものであるがこの 記憶の糸の寸断されたものがすなわち狂気にほかならぬと述べておいた次の考察がその確証に役立 てば幸いである 健全な人間の記憶は彼がその目撃者であった出来事に関してそれが確実であることを保証する そしてこの確実性は現に彼が或る事柄を眼前に見聞きしているのと同じぐらい確実で動かしえないも のと見なされるそこでこの出来事は彼が誓言すれば法廷で確認されることになる これに反し狂気ではないかと疑われるだけでただちに証人の陳述は無効になるすなわちここに精神が 健全かそれとも発狂しているかを判断する基準があるわたしが自分の記憶している出来事が実際に起こっ たかどうかを疑うやいなやわたしは自分自身に狂気の疑いをかけているのであるもっともそれが単 なる夢でなかったかどうか自分に確信のない場合は別であるが他人がわたしが目撃者として語って いる出来事の真実性をわたしの言葉に嘘のないことを信じながら疑うならば彼はわたしを気違いだ と考えているのであるがんらい自分が造した事件をなんども繰り返して話すうちについに自分自 身の言葉を信ずるようになればその人はほんらいこの一点ですでに狂っている気違いにも気の きいた思いつきとかひとつひとつをとってみれば賢明な考えとかあるいは正確な判断さえ不可能でな いことは認めてもよいが過去の事件に関する彼の証言だけは認めるわけにはいくまい周知のように釈 迦牟尼の伝記である普曜経には釈迦生誕のおりに全世界の病ある者はすべて癒え盲たる 者はすべて物が見えるように聾せる者はすべて音が聞こえるようになり狂せる者はすべてその記 憶を回復したと語られている記憶の回復に関しては二個所にもわたって述べられている これはわたし自身の多年にわたる経験から推測するようになったことであるが狂気は俳優の場 合に比較的もっともひんぱんに現われるじっさいまたこの連中は彼らの記憶をなんと濫用すること であろう彼らは毎日新しい役を覚えこむか古い役を思い出さねばならないところがこれらの役 はすべてなんの関係もなくそれどころか相互に矛盾撞着することさえあり彼らは毎晩まったく別 な人間になるために自分自身を完全に忘れ去ろうと努力しているこれがまさに狂気にいたる道を開く のである
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