[過去ログ] 産経抄ファンクラブ第251集  (1002レス)
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(1): 2019/03/19(火)06:34 ID:9pCa/lCO0(1) AAS
産経抄 3月19日

 明治初年に日本に赴任していた清の外交官のなかに、黄遵憲(こう・じゅんけん)という詩人がいた。東京で初めて見た桜の花のあでやかさに感激していた。同時に、日本人が桜に抱く思いの強さに驚いている。

 ▼「三月の花のころには、昔は公卿百官(こうけいひゃっかん)、みないとまをいただき、花を賞した。今でも車をつらね、馬にうちのり、男女これにあつまり、国をあげて狂せんばかりである。
日本人はこれを花の王という」。当時の花見の様子を著書の『日本雑事詩』(東洋文庫)につづっている。

 ▼松尾芭蕉は若い頃、伊賀上野の藤堂新七郎家に台所用人として仕えていた。もっとも、ともに俳句を学ぶ仲でもあった主君の良忠が24歳の若さで亡くなると、出奔してしまう。
それから22年後の1688(元禄元)年の春、かつての主家から、花見の宴に招かれる。〈さまざまの事おもひ出す桜かな〉。芭蕉の有名な句は、このとき詠まれたものだ。

 ▼主家を去ったとき赤ん坊だった若君が、今や藤堂家の当主となっている。しかも、父と同じ俳諧の道に入っているとなれば、芭蕉の感慨もひとしおだっただろう。
侍の道を捨て、江戸で俳諧師として一門を構えるまでの苦闘の日々もよみがえったのかもしれない。咲き誇る桜の下で来し方を振り返り、万感の思いを込めている。
省3
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