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フラットアース Part9 (1002レス)
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695: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 15:33:29.15 河内祭りにおいて参拝の対象となる「河内様」は河内島そのものであり、鳥居や拝殿を持たない非常に原始的な形態の神社であると言える。このため、本来の河内祭りは自然崇拝的な素朴な水神信仰であったものが、後代になって、平安時代末期に熊野水軍の一派である古座水軍が源平合戦に参加して勝利を得て無事に帰還した際に氏神である河内神社に戦勝報告を行ったことにより、現在のような華やかな祭りになったと伝えられている。 蛇の岩(河内島)そのものが信仰対象 ここも重要 http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/695
696: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 15:35:34.19 次はこの2つの島 九龍島と鯛島(くろしまとたいじま) https://www.mikumano.net/meguri/kurotai.html 国指定重要無形文化財・河内祭でも重要視される島 九龍島と鯛島は、古座川河口沖約1kmに浮かぶ無人島で、国道42号から見ることができます。 九龍島は亜熱帯性原生のタブノキの群落が見られる珍しい島です。島の頂上には九龍島神社があり、漁業の神として弁財天が祀られています。 http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/696
697: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 15:38:22.90 黎島 古座浦の海中にある。南竜院殿が御巡国のときにこの島を九竜島とお呼びになった。上に弁財天の社がある。風景は蓬壺(※蓬莱山)に似ている。鼎のように三足の足があるという。 (玉川玄龍『熊野巡覧記』) 黎は黒。南竜院殿は徳川家康の10男で、紀州徳川家の祖、徳川頼信(1602?1671)のこと。九龍島は徳川頼信がそう呼ぶまでは、その黒々とした森から黒島と呼ばれました。 >鼎のように三足の足があるという ここでまた鼎が出てきた そして、三足の足とも書かれている 今まで書いてきたように、3は太陽の象徴であり、神の数字なんだよ http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/697
698: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 15:39:44.29 さらに詳しく 蓬壺は蓬莱山のこと。蓬莱山の形が壼に似ているとされることからの異称。 仙人が住む蓬莱山に似ているという九龍島。その海面下には三本の足があると伝えられます。 島には「あかり穴」「暗がり穴」という二つの洞窟がありますが、海面下にも大きな洞窟があって三本足に見えるようになっているのかもしれません。 昔、地震による大津波で海の水が引いた後、島が三本足で立っていたと伝えられます。 http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/698
699: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 15:41:07.03 ここで重要なのは、蓬莱山という自然物に、三本足で立っていた、という伝承が残っていること http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/699
700: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 15:42:11.14 古座川流域の5地区(古座・古田・高池・宇津木・月の瀬)で催される河内祭(こうちまつり)でも九龍島は重要な場所とされています。河内祭は古座川河口にある古座神社に祀られる河内神社の分霊を御舟に乗せて、元々の御神体である河内島まで里帰りさせるお祭りです。国の重要無形民俗文化財に指定されています。 http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/700
701: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 15:49:20.08 >>698 あっごめん、>>698は蓬莱山ではなく、九龍島に三本の足がありますと書かれてるね 蓬莱山っていう九龍島の岩か何かと勘違いしてたわ すまん 三本の足があるという伝承があるのは九龍島っそのものね ここもチェック http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/701
702: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 15:50:55.29 >>699 >>701 ×蓬莱山 〇九龍島 http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/702
703: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 15:52:03.16 現在では河内祭は7月第4土曜日・日曜日に斎行されます。1日目の宵宮では古座神社で「河内大明神」の神額に河内神社の分霊を移す遷座式が行われ、その後に分霊が宿る神額を御舟に乗せて古座川を遡って河内島に向かいます。その際に御舟は河内島に向かう前にいったん逆方向の九龍島に向けて進み、海上で清めのための海水を汲んでから河内島に向かいます。 また2日目の本祭では「ショウロウ」と呼ばれる神の「依りまし」役の三人の児童らを当舟に乗せて水上渡御が行われます。当舟が河内島対岸の川原に到着すると、ショウロウは川原に拵えられたショウロウ座と呼ばれる席に着座します。ショウロウ座は河内島ではなく九龍島に向けて据えられており、ショウロウは川原からは見えない4kmほど下流の九龍島に向かって座ります。 古座川流域の住民にとって九龍島は特別な島です。 http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/703
704: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 15:53:36.58 古座川流域の住民にとって九龍島は特別な島 そして、九龍島は三本の足があるという伝承がある ここをしっかり覚えておいてね http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/704
705: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 15:55:30.59 次は鯛島 鯛が岩になったとされる鯛島 その名の通り鯛のような姿をしている鯛島。『紀伊国名所図会』には次のように記されてます(筆者による現代語訳) 鯛島 九龍島に続いているところにある。 形態があたかも鯛が遊泳しているのに似ているのでこの名がある。 (『紀伊国名所図会』) http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/705
706: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 15:58:30.71 鯛と蛇の話をもう一度おさらいで 鯛島については次のような伝説があります。 昔々、古座川河口近くの海岸で、鯛の子と蛇の子が仲良く毎日遊びたわむれ、そして、いつしかお互いに恋心をいだくようになりました。 しかし、鯛の子と蛇の子の間の恋。それは実ることなく、鯛は沖へ、蛇は上流へと離れ離れになってしまいましたが、お互いに完全に忘れられず恋しさはつのるばかり。恋しさのあまり、とうとう蛇も鯛も岩になってしまいました。 人々は、鯛が岩になったものを鯛島、蛇が岩になったものを河内島(こうちじま。古座川河口から3kmさかのぼった川の中にある島)と呼ぶようになりました。 これを知った弁天さんと大黒さんは相談の末、鯛と蛇を逢わせてやるために漁師に舟を作らせ、一年に一度だけ、鯛を船に乗せて古座川を上らせ蛇に逢わせてやることになりました。 これが河内祭の起源だといわれます。 http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/706
707: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 16:01:28.63 そしてこれ 河内神社(河内島)(こうちじんじゃ・こうちじま) https://www.mikumano.net/meguri/seishoto.html 島がご神体、古座川の神霊が宿る社殿のない神社 河内神社は古座川河口から3kmほど遡ったところにある河内島を御神体とする神社。 河内島は河内さまとも呼ばれます。まさに河の内にある神社で、古座川の神霊の宿るところとされます。 河内島は清暑島(せいしょとう)ともいわれますが、それは幕末に津藩の儒学者、斉藤拙堂が私的に付けた名です。 古座川左岸に鳥居があり、また別の所に遥拝所があります。 これは流した木材をせき止める網場を河内島につくったので神霊を鎮めるために木材組合が近代に設置したもので遥拝所ではありません。本来の遥拝所はもうすこし上流にあり、そこは鳥居はありません。 http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/707
708: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 16:02:32.91 中略して 河内神社のような、島や滝や岩や木や森を御神体とするような無社殿神社は明治時代には原始的な未開な信仰と見なされて、その多くが潰されました。あるいは神社として残すために社殿を建てなければなりませんでした。そのような近代の歴史を経てなお、河内島は御神体であり、現在も社殿を持たず存続しているのは素晴らしいことです。 http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/708
709: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 16:03:41.46 現在では『紀伊続風土記』にあるほど厳格に上陸が禁じられているわけではなく、夏には子どもたちが島に登って川に飛びこんだりしていますが、今もなお河内島そのものが神社とされています。「日置浦から新宮までの間にこの祭りに次ぐ祭りはない」とされたで河内祭(こうちまつり)も続けられていて、「河内祭の御舟行事」として国の重要無形民俗文化財に指定されているのも誇らしいことです。 http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/709
710: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 16:13:07.03 ハイ、民謡や伝承による情報インプットはここまで!!! 重要なチェックポイントが分かったかな? まず、民謡の蛇が岩になり、河内島、あるいは清暑島と呼ばれる御神体となった! そして島自体が河内神社として信仰対象になっているということ! そして古座川には九龍島という足が三本あるという伝承がある島もある! この九龍島も河内祭には重要な島だということ! さらに民謡の鯛島も河内祭の起源であり、勿論重要です!!! http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/710
711: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 16:17:23.65 まあ、鯛島は>>691に書いてるように、無人島 対岸から見ると鯛の姿に見え、ちょうど目にあたる位置に空洞があることから、「鯛島」の名がついたとなっていて、御神体の蛇の岩の河内島や、足が三本ある九龍島と比べると圧倒的に地味です!!! たぶん、地元の人達もただの鯛っぽい岩としか思ってないでしょう!!! http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/711
712: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 16:20:52.18 これまで俺がスレで書いた情報で分かってると思いますが、蛇の岩の河内島(清暑島)と、足が三本あると言われている九龍島は明らかにレプティリアンに関係した島です だからもうこの2つの島が奇病に関係していることは確定として考えます いいですね!? 悪いと言っても話は続けます! http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/712
713: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 16:22:43.26 だからこれから鯛島を深掘りしていくんですが、その前にちょっと他の情報もちょろっとね 河内島 https://nankikumanogeo.jp/geosite/kochijima/ 古座川河内祭(国指定無形民俗文化財)の祭祀の中心となる岩島。河内祭りの祭典の中核をなす三艘の御舟は中世の熊野水軍のおもかげを伝えるといわれる。御神体となる河内島は古座川弧状岩脈の流紋岩でできている。 http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/713
714: 天之御名無主 [] 2023/01/19(木) 16:24:31.20 この古座川弧状岩脈を検索すると古座川の一枚岩というのが出てきます 古座川の一枚岩 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E5%BA%A7%E5%B7%9D%E3%81%AE%E4%B8%80%E6%9E%9A%E5%B2%A9 このwikiに書かれてる伝説はこうです 昔、太地の岩が大好物の魔物が居り、岩の多い古座川流域の下流から岩を食い荒らしていったが、一枚岩に喰らいついたとき、蔵土の飼い犬に追われ、犬が嫌いだった魔物は逃げ去ったという伝説が伝わる。 一枚岩のほぼ中央に縦に通る凹みは、このときの魔物の歯型であると伝わり、雨が降り続いた時に上の池から水が溢れでて流れ出ると出現する「陰陽の滝」は、魔物の悔し涙が流れ落ちたものであると伝えられる。 http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1673042515/714
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