【天候擬人化】にっしょくたん 2スレ目 (783レス)
【天候擬人化】にっしょくたん 2スレ目 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/
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693: G [sage] 2015/12/30(水) 00:49:55.09 ID:lzPKcFgw 1. 本日、天気晴朗なれども浪高し。ところによりダイヤモンドダスト。 日本の国の何処かの町。何かの会社のビルの屋上に立ち、腕を組んで不敵に”下界”を見下ろす少女の姿があった。 彼女の名はダイヤモンドダスト。諸君らの知るそのダイヤモンドダスト、それが人の形を為したものである。 普段は同種の存在とともに、この世の傍にあって、しかし此岸の者には容易に立ち入れぬ世界で享楽的に過しているのだが、この時はどういうわけか”下界”に”降臨”していた。 尤も、人があちらへ訪うには偶然に、不慮に頼らねばならないが、彼女らにとっては散歩も同然の容易さである。日課のように行き来しているものも、人の世に居を構えている者すらいる。 だから彼女らのこれも日常茶飯の営みかといえば、さにあらず、これは立派なイベントである。 ダイヤモンドダストが”浸っている”のはそのためだ。 「だいや、まだきはすまないのですか。なにをするきかはしりませんが、てみじかにすませたいです」 ダイヤモンドダストの後ろに控え、ふわふわと浮かび、悪い目つきで彼女を睨む幼女はにっしょくである。ダイヤにも言えることだが、見た目に反し、その年齢ははかり知れない。 「ふふ、まあいいでしょう。じゃ、ひとまず下に降りましょうか」 そう言ったかと思うと、縁から身を躍らせる。にっしょくも、やれやれといった風につづく。 下には割に人通りもあるが、騒ぎは起こらない。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/693
694: G [sage] 2015/12/30(水) 00:50:47.34 ID:lzPKcFgw 所変わって人気のない公園。この辺りは、比較的田舎にあたり、従ってなかなか敷地も広い。 鞦韆に揺られながら、にっしょくが、 「それで、きょうはなにをするのです」と尋ねた。 その真っ正面、柵の上に立つダイヤは、ふふんと得意気に笑って、少し勿体ぶって、 「探険をします!」 と、高らかに宣言した。 にっしょくは、ダイヤの出で立ちを見ながら、 「……ああ」と呟く。 もともと彼女らは概念的存在なので、衣装について頓着する必要はない。なのでにっしょくは普段通りの恰好なのだが、ダイヤにすれば、これが人間なら着倒れ必至という程に、ことあるごとに――時に何もなくても――服装を変える。 今日の彼女は、トレッキングブーツを履いて、チェックのハンチングと吊りズボンでボーイッシュに決めている。少年探偵を気取っているのだろう。 「そんなものひとりでやればいいでしょう。わたしをまきこまなくても」 虫眼鏡で拡大されたダイヤのダイヤの目に向かって、にっしょくがぶうたれるが、 「道連れがいた方が楽しいじゃありませんか」と平然と返される。 普段はにっしょくがダイヤを弄ぶ側なのだが、何か思いついた時のダイヤは無敵なのだ。 「ただのたんけんではなにをしていいのかわかりません。なにかもくひょうをきめましょう」 道を往きながら、にっしょくが言う。本音としては、状況が延々と続くのを避けたいため、終了条件の言質をとっておきたいだけである。 「そうですね」 ダイヤは、辺りのものを意味もなく虫眼鏡で覗き込みながら答える。 「ステキな殿方を探す、なんてのもいいですけど」 探偵も短剣もあったものじゃない――思ってもにっしょくは口に出さない。 「その他には、そうですね……秘密基地を作る、なんてのはどうでしょうか」 「ひみつきち」 にっしょくの声が上擦る。何だかんだ言っても、にっしょくにも(外見)年齢相応のところがある。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/694
695: G [sage] 2015/12/30(水) 00:51:35.26 ID:lzPKcFgw 「だいや」 「なんですか」 「つかれました」 「まああきれた。まだ始めたばかりじゃありませんか」 「わたしはあなたよりほはばがせまいのです。それに、ここさっきもとおりませんでしたか」 ダイヤは弾かれたように周りを見回す。 「……むしめがねでばかりみているからです」 「うっ……」 ダイヤは肩を竦めて、 「まあ、こういう場合はさておくとしても、目的があるのに当てども無く彷徨うのはよろしくないかもしれませんね。土地勘があるわけでもないですし……」 「わたしのあしもなんとかしてほしいのですが」 「辛抱なさい。なにか考えますからもう暫く……」 「わん」 「泣かないの」 「わたしはないていません。ないたのはこのこです」 「えっ」 振り返ると大型犬。にっしょくに擦り寄っている。 「あらまあ。懐っこいのね」 「うー」 「唸りましたね。そうでもないのかしら」 「いまのはうなりごえではありません。わたしです」 「えっ」 「このこのなまえです。うー」 「……今つけたの?」 「いえ、このこ、まえにあっちにまよいこんできて、わたしがかえしてあげたのです。なまえはそのときにつけました」 「ワンちゃんがあっちに……? 人間でさえ珍しいのに……しかもこっちでまたにっしょくに逢うなんて。信じ難いわね」 「どっこいしょ」 にっしょくが、大型犬の背に飛び乗って跨る。 「れっつらごー、なのです」 「……随分あなたに懐いてるのね」 彼女らの冒険は続く。 「ところでにっしょく」 「なんですか」 「ドラクエ7、やったことある?」 「ありません」 「そう。今度”ガボ”ってキャラを調べてみるといいわ。リメイク版のほう」 「?」 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/695
696: G [sage] 2015/12/30(水) 00:52:53.52 ID:lzPKcFgw 2. 蛇の道は蛇。彼の道は藪蛇。 別に彼が外に居たのに深い意味は無い。 天気が良く、風が心地よかったので、たまには――実のところ生まれて初めてだが――外で本を読むのもいいか、と気取ってみただけにすぎない。単なる気まぐれだ。 そんな他愛のない気まぐれのお陰で、彼は茨の道に踏み込む羽目になる訳である。 この日は休日なので、勿論学校の制服は着ていない。早めに昼食を済ませて、昼には近所の図書館に来た。 前に借りた分を返し、予め目星をつけてあったものと、その他数冊を借りて、早々に帰途についた。自分の家の、自分の部屋で読むのが、最も落ち着くため、今日もそのようにするつもりだったのだが、ふと、そんなことをしてみる気になった。 聞こえるのは風に枝葉の騒ぐ音ばかり。彼の感覚神経が、視覚に集中しているためだ。後はせいぜい、時折自分の頁を繰る音が交じるだけ。俯き加減の視線には、銀縁レンズに拡大された、活字の彙が入るのみ。 だから、近づく影には気付いていない。本の世界に没入している。 「ミス・マープル」 六花のような声が突如、耳の傍で聞こえたため、彼は飛び上がった。視線を上げると、虫眼鏡と少女。 「適役じゃありませんか、ねえ?」 「まーぷるはあーむちぇあですよ」 更に後ろには犬に乗った幼女。彼は脳みその半分はまだ小説にあり、状況が掴めず困惑している。 「でも脇に詰んであるのは、明智小五郎にトミーとタッペンス、エラリー・クイーンもありますね。イケると思いますが」 「もんだいはほんにんのいしでしょう。すくなくともいまのところ、あまりいんしょうはよくありませんよ」 「あらまあ」 言われてダイヤは、彼の方へ向き直り、 「どうですか」と尋ねた。 「なにがですか」とにっしょく。 「何が、じゃないでしょう。あなたは今まで何を」 「わたしはしってますよ。わたしは」 「あらまあ」 ここでダイヤは再度彼に向き直り、 「失礼致しました。つい興奮して。私達はこの辺りを探検しようと思ってるんです。あなた、この辺りの方ですよね」 彼はつい気圧されて、順序を間違えた。 「そうだけど、君等は何処から来たの」何よりもまず先にそう言ってしまい、ダイヤの求めに適ってしまった。 ダイヤは目を輝かせて、ぴょんぴょん跳ねながらにっしょくに、 「御覧なさい御覧なさい! まだ何も言わないうちから私達が異邦人だと判りましたわ! 優秀な探偵さんじゃありませんか!」 推理というほどのものではない。ここは田舎である。掛け値なしのそれではないから、住人みな顔見知り、とまではいかないが、矢張り近在住民の顔というのは大体見たことがある。 そして、天候連中というのは、目立つ分には青天井に目立つのである。そんな目立つ者を見た憶えがないのだから、彼として相手が来訪者であると考えるのは当然である。 そうでなかったとしても、『この辺りの方ですよね』等と尋ねる者は、大抵この辺りの方ではない。もう何か言っている。 「お願いです!」ダイヤは俄に両手で彼の両手を握ると、――その拍子に『予告殺人』の頁は閉じた――「私たちにお付き合い戴けませんか?」と懇願した。 ひんやりした掌に包まれて、しどろもどろになった彼は、不用意に頷いてしまう。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/696
697: G [sage] 2015/12/30(水) 00:53:32.64 ID:lzPKcFgw 彼としては明確に返事をしたつもりではなかったため少々弱ったが、ダイヤが完全に決め込んではしゃいでいるのを見て、矢張り気持ちが動いた。元より、どうしても嫌だとする理由は特にない。 「でも、そう言われても、具体的に何をすれば? えっと……」彼はダイヤをなんと呼べばいいのかわからないことに気付き、次いで自分の名前も明かしていないことに気付いた。 「俺、上座一冬」 「かみざいっとう……どんな字をお書きになるんですか?」 一冬はあたりを見回して手頃な棒を探し、なかったので靴で地面に書いた。 ダイヤは何処か熱っぽい視線で数秒文字を凝視し、 「探偵さんらしいお名前ですね」等とのたまう。 「たんていらしいなまえってどんなですか」一冬より先に、にっしょくが言う。 「それはほら、金田一耕助とか、神津恭介とか」 「それはたんていらしいなまえではなく、たんていのなまえです」 間の抜けたやり取りである。 「で、君らの名前は……?」一冬が促すと、ダイヤの目が少し曇った。躊躇い、にっしょくを見る。しかし、 「ふつうでいいじゃないですか、だいや」 「ダイヤ?」 これを聞くなり、彼女の瞳に灯りが点る――トリック・スターの煌めきが。 「ふっふっふっ……そう、私のことはダイヤ、とお呼びください」 「え?」 次いでダイヤは指でピストルを作り、にっしょくを撃った。 「彼女はエクリプス」ウィンク。 一冬がにっしょくを見やると、ハザード映画中に延々繰り広げられる無駄なラヴシーンを見ているような表情で、「いや、まあ、間違ってはいませんが……」と呟く。 「そういう訳で、よろしくお願いしますね、一冬さん」 「ちょっと待ってよ」一冬は、自分はどんな顔をしているだろうと訝しみながら、「おれはちゃんと名乗ったんだからさあ」と抗議する。 「ほんとの名前については、どうぞ推理なさってみて」にっこり。 「えー……」 「おいくつ?」 「え。……じ、十四。中二」 「ふむふむ」 「……君たちは?」 「推理してください」 「……あのさあ。おれ確かに探偵小説は好きだけど、別に自分が探偵としてどうとか、そういうことはないんだからね」 「ふふ、ご謙遜なさらなくともいいんですよ」 「……ん。まあ、別にそれでもいいんだけどさ……変に過大評価はしないでくれよ」 「ええ、頼りにしてますわ」 「……」 「いっとう」 「え? あ、ああ、えーと……エクリプス? うん、何?」 「にげるならはやいほうがいいですよ」 「……」 少し逃げたくなってきた、一冬。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/697
698: G [sage] 2015/12/30(水) 00:54:49.09 ID:lzPKcFgw 3. 女三人よれば姦しい。女二人に男一人だと嫐られる。 BGMはテノールの歌声。曲の名前も分からなければ、歌詞の英語も聞き取れない。一冬、意識してジャズを聞くのも、喫茶店に入るのも生まれて初めてである。ましてやチェーン店ですらない。 内心、かなり狼狽しているものの、生来の鉄面皮はそれを押し隠してしまっている。 意識しないとあまり浮かばない表情は、それで得することも少なくないが、損することもしばしばである。今回はどっちだろうな、とぼんやり考えている。 喫茶店へやって来たのは、無論というべきか、ダイヤの発案である。そんな所へ入ったことのない一冬は尻込みしたが、ダイヤに「勿論支払いは気にしなくて結構です。協力いただくんですから」等と無理やり連れ込まれた。 問題はそこではなく、彼の見栄として、そんな位なら自分が奢りたい、とも思ったのだが、悲しいかな彼の財布には八百円しか入っていない。自分の分だけなら恐らく十分だろうが、そうするのもさもしい気がして、大人しく奢ってもらうことにした。 それにしても驚いたのは、彼女らの淀みなさである。ダイヤはどう足掻いても同年代にしか見えず、せいぜい数歳の年上、を超えることはないだろうに、喫茶店に入ることにしても、支払いの申し出にしても、気負ったところは見当たらない。 更に注文に際しても、オレンジジュースを頼んだエクリプスは兎も角として、当たり前のようにブルーマウンテンをオーダーするに及んでは、もうごく慣れているとしか思えない滑らかさである。 一冬も彼女らの如くあらねばならない気がして、迂闊にもエスプレッソなどを注文してしまい、激しく後悔した。差し当たり鉄面皮はこの時はためになっただろう。 ”作戦会議”とダイヤの称する会話が始まった。何処に仕舞っていたのやら、縮尺の粗い周辺の地図をテーブルに広げて、どの辺りがよさそうか、一冬に尋ねてくる。 ダイヤは(精神的には兎も角)落ち着いた控えめな声で喋っているが、何分にも店内には他に客はなく、何故か正装をしている初老のマスターの目が気になり、ちらりと視線を遣るが、彼は何も聞こえていないかのように、カウンターの中で豆を挽いている。 もしかすると何も聞こえていないのかも知れない。 こんな大人っぽい場所で、如何にも子供っぽい秘密基地の話などしているのは滑稽だと、一冬は思う。そんな相反する行動をとるダイヤが、ますます謎めく。ふと窓の外に目を向けると、『うー』は店の外に坐り、大人しく待っている。 『エクリプス』は澄まして、両手でコップを慎重に傾けている。何も見えてこないまま、不用意にエスプレッソを啜って、鉄面皮に救われた。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/698
699: G [sage] 2015/12/30(水) 00:55:49.01 ID:lzPKcFgw ダイヤの掲示した条件は、不可欠のものとして、雨風を凌げること、容易には他人に発見されないこと。努力目標として、ある程度の日数以上保つこと、入る時に多少の"手続き"を――ドアを押し開けるよりいささか厄介な――必要とすること。 要するに、自力ででっち上げるには少々荷が重い訳だ。誰も、特に大人があまり寄り付かない場所に、何かしらの”箱”がなくてはならない。 真面目に考えている自分に多少呆れつつも、一冬は地図の一地点を指し示した。 その説明を聞いて、ダイヤは目を輝かせる。目を輝かせるのが得意技なのだろうかと、一冬は思う。 一冬がエスプレッソを飲み終えるのを待って、三人はその場所へ向かった。 辺りをきょろきょろ見回しながら先陣を切るダイヤと、犬に跨がり泰然として続くにっしょく。殿は仏頂面の、本人は情けない顔をしているつもりの一冬がつとめる。 彼の思考は大きく二つの事柄に占められていた。ひとつは、このふたりは一体何者なのかということ。謎めかざれば謎めき謎めく謎の存在である。あまりにも掴みどころがない。 今ひとつは、傍から見て自分たちがどう映るかということである。道往く人もさることながら、知り合いにでも見られた日にはどう思われるか分かったものではない。訊かれても説明できる自信がない。 「いっとう」 「……なに、えっと、エクリプス。……て言うか、君、ほんとはなんて云うの」 「そうきかれても、えくりぷすでもまちがってませんから、どうともこたえられません」 「はあ」要領を得ない。 「ともかく、はっきりいって、ながくだいやにつきあっても、ろくなことはないでしょう。いやならえんりょせずに、とっととにげるがいいです」 「……いや、別に嫌ってわけでもないんだけど……」 舌足らずな癖に、喋る内容は妙に立派である。一冬は、一種超越的な心持ちになって、詮索をする気が失せた。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/699
700: G [sage] 2015/12/30(水) 00:57:05.12 ID:lzPKcFgw さてもたどり着いたるは、幼き一冬がかつて秘密基地をつくった、その場所である。 数年にもなるか、寄りつかなかったその場所の、変わりようと変わらなさに目を細める一冬と、はしゃぎ回るダイヤとにっしょく(それと犬)は、連れのようには見えない。 それというのは陸橋の裏側である。フェンスの隙間に強引に体を捩じ込むと辿り着ける訳で、中学生ともなると若干罪悪感を感じる程度には不法侵入である。 だいたい小学生というのは、特に公共の場に関して、そう云うことに無頓着である。当時の一冬たちがそうだったし、当世の小学生にも同様であるらしかった。 地面に転がった石を足掛かりにして、腕の力で以ってよじ登ると、若干の窪みがあり、天井と三方向の壁を備えた、それなりの広さが確保されている。 「……」 一冬が完全に状況を理解する前に、ダイヤに催促されて、一冬は手を貸した。一瞬、いくら相手の要望とはいえ、色々と女性を案内するには不適切なところだったか、 などと考えたが、ひんやりとした、しっとりとした手の感触にどぎまぎして、すぐそれどころではなくなった。 「ここですの?」一冬の後ろからダイヤが覗きこむ。 「そう、なんだけど……」こんなに狭かったっけ。 一冬がそう思うのは、彼自信の成長のためか、それともこの場の現状のせいか。 先ず、開放された一辺には、一冬の知らないキャラクターの描かれたビニールシートが張ってあり、三方をガムテープで留めてある。右下がそうでないのは、ここから中へ入るためだろう。 そこを捲り上げると、下には擦り切れたゴザと古新聞が敷いてあり、隅にはビニール袋があって、中身が駄菓子の空き容器であるのを見れば、ゴミ袋としての機能が与えられているようだ。 その他、幾許かの玩具類が放置……いや、”保管”されている。 「せんきゃくがいるようですね」 いつの間にかダイヤの横に、にっしょくがいる。 「……どうやって登ったの?」 「きぎょうひみつです」 一冬は絶句するしかない。にっしょく、最低限の配慮はするものの、自分の外見に相応しいだけの行動を取り繕うつもりは、特にない。 考えてみれば、あの隙間は好奇心旺盛な子供に対して誘っていると言わんばかりだし、今の子供が再発見していたとしても何ら不思議でないし、そうなると自分たちが最初の発見者であるかからしてだいぶ怪しい。 それにしても、自分たちのときはあの場所が存在するのみに満足して、場を改善することなど思いもよらなかった。 恐らく家から持ってきたり、捨てられているのを拾ってきたりしたのだろうが、最近の子供は強かである――などとたかだか数年のジェネレーションギャップを感じている一冬だったが、 実際にはただそれに気付き、また実行するだけの才覚を持った子供が居るかいないかの問題である。当時の一冬にはそれがなかったし、かれの友人もそうだっただけの話だ。 それにしても、ここを縄張りにしている子供たちが不在だったのは幸いだったといえよう。適切な言い訳をして急いで辞去すれば最低限に済ませることは出来るだろうが、やはり衝突は免れ得ないだろう。 一冬が目を遣ると、ダイヤは先程の場所にさほどの未練を示すこともなく、また地図に視線を浴びせている。「地図とにらめっこしていても分かるものではありませんわね」などと呟きながら、地図と睨めっこしている。 一冬はその姿を眺めながら、次に彼女らを導く場所を求めて、頭のなかを睨み始めた。彼自身はまだその原因をはっきりとは自覚していないが、いつの間にかすっかりやる気を出している。 ふたりがそれぞれ睨みつけているので、どちらもにっしょくが如何にも憮然とした表情でその間を睨みつけていることには気付いていなかった。 この場で睨みを効かせていないのは”うー”だけである。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/700
701: G [sage] 2015/12/30(水) 00:58:02.23 ID:lzPKcFgw 4. ギムレットを飲むには早すぎる。エスプレッソも、彼にはまた。 ダイヤとにっしょくが戻ってきた。にっしょくはひとつの紙コップを両手で持って、吹き冷ましている。”うー”はにっしょくを、紙コップを揺らさないよう慎重に歩いているようだ。 ダイヤはふたつ持っているうち、左手の方を一冬に渡す。彼は例を言って受け取ると、視線を正面に戻した。そのベンチは丁度、沈みゆく夕焼けを向いている。 ダイヤが一冬の右脇に座る。一冬は中央に腰掛けているので、服が、肌が触れ合い、一冬を少しどぎまぎさせる。ダイヤは、猫舌なんです、といいながら、にっしょくと同じように、ココアを冷ましている。 一冬はその横顔を、その白い横顔を、その朱に照らされた白い横顔を眺める。 実は見惚れていたのだが、本人はそれと気付かず、ただ眺めているつもりである。 やがて、ダイヤがそれに気付き、どうしました、と微笑む。一冬は、いや、別に、などと慌てて、また正面を向く。染めた顔は夕焼けに、照れ笑いは鉄面皮に阻まれて、ダイヤには届かない。 沈黙。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/701
702: G [sage] 2015/12/30(水) 00:58:30.10 ID:lzPKcFgw 「ごめん」 唐突に、一冬が言った。 ダイヤはココアを啜るのを止め、首を傾げる。 「何がですか?」 「いや……結局、秘密基地、見つからなかったし」 それを聞いて、ダイヤは声を立てて微笑む。 「あらやだ。そんなこと、気にしてらしたんですの?」 「え……だって」 「そもそも、こちらが無理にお願いしたことなのに、ずっとお付き合いいただいたんです。謝るなら私達のほうが、いいえ、」 ぺこり。 「今日は有難うございました」 一冬は何も言えない。 「でも……やっぱり役に立てなかったわけだし」漸く絞り出した言葉は、そんなように戯けたもの。そんなことを言い出したものだから、全て言い終える前にダイヤの人差し指が一冬の唇に押し付けられて、 「それ以上仰られるようなら、そのお口を氷漬けにして差し上げますよ」 一冬は陥落した。 「私が欲しかったのは、そのものよりも探す過程なのです。見つかればそれはそれで楽しいでしょうが、見つからなくても、私はとおっ、ても楽しかったですよ。……そうではなくて?」 思い出す。一冬自身にとっても、実に楽しい冒險だった。――しかし、それはただ童心にかえっただけのことではない。それに思い至ると、心臓が高鳴るのを感じる。鉄面皮が崩れそうなほどに。 「それに――見つからなくて、却って良かったのかも知れませんね。ずっとここにいることはできませんもの」 今度は、、鼓動が止まる。 そうだ、彼女らは異邦人なのだ。何処から来たのか知らないが、それは此処ではない何処かだ。一冬は彼女らのことを何も知らない。このままでは、何もかもが失せてしまう。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/702
703: G [sage] 2015/12/30(水) 00:59:17.74 ID:lzPKcFgw 「紙コップ、捨ててきますね」 空のコップを持って、ダイヤが立ち上がり、一冬の手からもそれを奪う。一冬が声をかけあぐねている間に、ダイヤは歩き去っている。 「に……エクリプス、それちょうだい」 にっしょくは三秒間静止すると、残った中身を喉に流し込み、容器をダイヤに渡す。 残された三者は、無言。 「いっとう」 皆既の声に、一冬はたじろぐ。この昏き声が目の前の幼女から発せられたものだとは、一瞬、わからない。 「やめておきなさい」 「……何を」 「これはちゅうこくです。わたしは、あなたのことがきらいではありませんから、みすみすみをおとしこむのをみすごしてはおけないのです」 一冬は困惑するばかりである。最早彼女を幼女としては認識できなくなっていたし、それを措いても、妙な荘重さを感じている。 「……どういう」 「あなたのそれに、だいやがこたえることはないでしょうし、たとえだいやにこたえるいしがあったとしても、それはまともにはせいりつしません」 にっしょくは溜息を吐く。 「そういうれいもなくはないですが、わたしのしるかぎりかずすくないそれはほとんどすべてがひげきてきですし、ほんのわずかなれいがいにおいても、かなりよろしくないけっかをもたらします、これはかくじつに。なにしろひたいしょうてきですから」 一冬は凝結している。理由こそわからないものの、日食の言うことが悉く真実であることは、何故か納得していた。否応なしにさせられていた。 「そもそも、あなたのそれはいっかせいのさっかくであるとだんげんしてもいいでしょう。ひきずるのはよしなさい。じかくがないのがこまったものですが、 もっともじかくありきでやっているならたちがわるいのですが、あのこはああいうこなので、ひとにかんちがいをさせるのがたいへんうまいのです」 これは無理にでも否定したいところである。 「わたしたちはもうすぐたちさることになるでしょう。あなたにわかるかたちでふたたびまみえることも、まずありえません。これはけしてふくみをもっていうことではないとりかいしていただきたいのですが、もっとみのたけにあったあいてをさがすべきです」 一冬は唇と臍を噛み締めている。聞きたいことは山とあったが、何を聞くべきなのかわからない。言いたいことはいくらでもあったが、何を言うべきなのかわからない。考えたいことは死ぬほどあったが、何を考えるべきかわからない。 「かんちがいしないでください――はくじょうのゆえではないのです。そうしつをけいけんしないためには、おもいでにするほかはないから」 「きょうのことには、こだわらないほうがいいです。ゆめでもみたとおもってわすれるか、さもなければ、ときどきそういえばあんなことがあったなあ、と、おもいだしてください。どちらかといえば、こうしゃのほうが、わたしたちもうれしいです」 にっしょくはそこで発言を打ち切ると、”うー”の頭を撫で回し始めた。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/703
704: G [sage] 2015/12/30(水) 01:00:01.11 ID:lzPKcFgw 「お待たせしました」 「おかえりなさい。だいや、そろそろかえりましょう」 「あら。……そうですね。じき日も暮れるし……」 ダイヤは一冬の方へ向き直る。 「一冬さん。今日はどうも有難うございました。とても楽しかったです」 「いや……うん。こちらこそ」 違うだろう一冬。お前が言いたいのはそういうことではない筈だ。そう自分に言い聞かせても――では、何を言えばいいのか? 本当はわかっているのだが、彼にはその言葉を言うだけの勇気――いや、自信がなく、だから、本人が気付かないうちに、それに代替できる言葉を探しているのだ。 ダイヤは一冬の右手を取って、両手で握りしめる。 「もう、私たちは行きますが、一冬さんは、私達のこと、忘れないでくださいね」 「……もう、逢えないのかな」ダイヤの言葉に呼応して、漸く発した言葉だった。思いの外掠れた声に、我がことながら驚く一冬。 ダイヤは少し驚いたような顔をして、それから悲しそうな顔をして、 「きっと、また」嘘を吐いた。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/704
705: G [sage] 2015/12/30(水) 01:00:56.29 ID:lzPKcFgw ダイヤが一冬の手を離した。一冬の方から、それを握り直すことはできない。 「そろそろ、行かなくてはなりません。一冬さん、どうかお元気で」 「その前に、いいかな」もう、一冬は殆ど何も考えていなかった。ただ、今を逃せばもう後がないのは分かりきっており、考える前に口が出ていた。 「君たちは……一体、何処から来たの」 答えるに答えられない質問に、困ったダイヤはにっしょくを見るが、にっしょくはさっきからずっと、真っ直ぐ一冬を見つめている。 ダイヤも一冬の目を見ると、一冬は強いて返事を請わず、 「……じゃあ。名前だけでも、本当の名前だけでも教えてくれないかな」 ダイヤは一瞬きょとんとして……いたずらっぽく微笑んだ。 「それは」 ダイヤはもう一度、一冬の手を握る。 「推理してみてください、探偵さん」 そう言ってまた一冬から離れ、くるりと回って微笑むと…… ダイヤが背にした夕焼けが煌めき、目が眩んだ一冬は思わず目を背け、瞑り…… 目を開けると、ダイヤはもう、そこにいなかった。慌てて振り返るが、ダイヤも、エクリプスも、最早影も形もない。周囲を見回しても、見通しがさほどよくはないとはいえ、やはり見当たらない。 慌てて駆け出す。道の方へ出て、左を、右を、彼女の姿を探すが、やはり。 ……考えてみれば、目が眩んだからといって、少し呆けていたからといって、それほど早く、それほど速く、自分の死角まで立ち去り、またそこから追いつけないスピードで移動できるとは思えないし、そうする必要性も考え難い。 ……あれは、夢だったのだろうか。思えば、確かに夢見心地だったような…… いや。 あの冒險が、 あのエスプレッソの苦味が、 この胸の高鳴りが、 夢でなどあって、たまるものか。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/705
706: G [sage] 2015/12/30(水) 01:01:41.14 ID:lzPKcFgw 一冬は無意識にポケットをまさぐる。あれが夢でなかったという、あるはずもない証拠を探すために。 そのある筈もない証拠を探り当てたのと、”うー”が吠えたのは同時だった。 「ばう」 “うー”は、自分の存在を一冬に主張すると、それだけが目的だったかのように、駆け出していった。 一冬は、ただぼんやりそれを眺めていた。彼女のもとへ辿り着くヒントになるかもしれなかったのにそうしなかったのは、咄嗟にそんなことは考えられなかったせいもあるだろうし、どうせ犬の足に追いつけるはずはないと分かっていたせいもあるだろうし、 今は夢でないと分かれば十分だったこともあるだろうし、あの犬を追っても、彼女のもとへ辿り着くことはないと、なんとなく分かっていたためでもあるだろう。 一冬は、ゆっくりと、ポケットから手を出した。 そこには、いつの間にか、六花を象ったペンダントが入っていた。 何故といって説明はできないが、それはダイヤが呉れたものだと、確信した。 一冬は、夕日を振り返り、”うー”の駆けて行った道を眺め――微笑みを浮かべると、家路についた。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/706
707: G [sage] 2015/12/30(水) 01:02:23.63 ID:lzPKcFgw 「うーん、今日も充実した一日でしたね」 「……」 「どうかしまして?」 「……べつに」 「あ、さては秘密基地が出来なかったから拗ねてるんでしょ」 「しつれいな」 「うふふ、いいのよ隠さなくても」 「……わたしをあなたといっしょにしないでください」 「あら、私は別に秘密基地はいいのよ。探すのは楽しかったのだし。ステキな殿方に巡り会えなかったのはちょっと残念だけど」 「……いっとうは」 「そうね、いいお友達はひとりできたわね」 「……こまし」 「ん? 今なんて?」 「……もうにどとあうこともないでしょうけどね」 「……そうね」 「これからあうことがなくても、ともだちですか」 「変なこと言うのね。当たり前じゃない」 「……たらし」 「もう、今日のにっしょく何か変よ。もうちょっとはっきりいいなさい」 「……なにかあまいものがたべたいきぶんです」 「ふーん、そうね。私も何か……あっ、あそこにたいやき屋さんがあるわ。買っていきましょう。おみやげに、みんなの分も」 「わたしはかすたーどがいいです」 「あら、邪道ね。私は何と言っても粒あんです。みんなは何が好きかしら……」 これにて、一冬の戀と冒險は、ひとまず幕を閉じる。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/707
708: G [sage] 2015/12/30(水) 01:03:37.77 ID:lzPKcFgw この時機にクリスマスも年末年始も特に関係ないものを投下していくスタイル http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1307723856/708
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