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【伝奇】東京ブリーチャーズ【TRPG】 [無断転載禁止]©2ch.net (285レス)
【伝奇】東京ブリーチャーズ【TRPG】 [無断転載禁止]©2ch.net http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/
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251: 那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI [sage] 2017/02/09(木) 19:47:19.83 ID:jX3DFzkh 「えぇ〜?いいじゃないですかぁ、ボクもたまには目立ちたいんです〜」 そんなとぼけたことを言う。ノエルの氷結技能を信頼しきっているからこその弁だ。 正直、戦況は不利である。この状況では、メンバーの誰もが自らを護ることだけで手一杯に違いない。 だというのに、ノエルは橘音のことを案じてくれている。橘音だけではない、ノエルは全員のことを見ているのだろう。 先程も、ノエルが全員の得物に氷の属性付与をしているのが見えた。 メンバーのサポート担当という自分の役目を把握し、それを忠実に実行している証拠だ。 普段は(非常時も)とぼけた言動でいまいち頼りない印象のノエルだが、その実彼の援護射撃には隙がない。 今も、八体のコトリバコが彼の冷気によって凍り付き、その動きを止めたばかりだ。 ……とはいえ。 ――さすがに、このままじゃキツイですね……。 ちらり、と一瞬ムジナを見る。ムジナはまだ無傷だ。 次の策を用いるべきか。そう算段し、全員に指示するべく口を開きかけた、そのとき。 >悪いね。ちょっと席外しちゃって いつの間にか姿を消していた祈が戦列に復帰した。 が、その姿は異様極まる。まるでハロウィンの仮装だ。 「ト……、トリック・オア・トリート?すみません、今はキャンディの持ち合わせがなくって!」 馬鹿なことを言う。しかし、祈はもちろん悪ふざけでこんな格好をしたわけではなかった。 白い閃光のように、祈が奔る。――その速さは稲妻のよう。人外の動体視力を有する橘音も、一瞬その姿を見失うほどだった。 気がつけば、祈はハッカイの太短い脚を割り箸でも圧し折るかのようにちぎり飛ばしていた。 「おぉ……」 あんな小さな少女のどこにそんな力があるのか。いつもながら、祈の攻撃力には驚嘆せずにはいられない。 コトリバコが甲高い悲鳴をあげる。ちぎり飛ばされた切断面から、濁流のように濃緑色の粘液が迸る。 祈はそれを身に纏ったシーツで受けとめると、煙をあげながら溶けてゆくそれを素早く脱ぎ捨て、別の布をかぶった。 「……なるほど。上手い」 感心した。 当意即妙、臨機応変な祈の戦術は、予め綿密な作戦を用意しておくことを良しとする橘音の戦略とはまるで異なる。 それこそが人間の血を引く祈の最大の特性と言って差し支えないだろう。妖怪の持ちえない、人間ならではの機転。 それが、ターボババア由来の肉体と双璧をなす祈の武器なのだ。 そして。 「迷いは、ないみたいですね」 当初橘音が祈を今回のメンバーから外そうとしたのは、彼女が呪詛の対象であるという理由の他に、もうひとつ。 それは『同情』だった。 祈はメンバーの中で誰よりも優しい。それもまた、彼女が半分人間であるがゆえの要素だろう。 しかし、優しさは時に自らを縛る枷にもなる。 もし、彼女がコトリバコの由来を知ったなら。呪具の素材として使われた赤子の苦しみを知ったなら。 八尺様との戦いでも自責の念に囚われていた祈だ。彼女は間違いなく『同情』する。 そうなれば、いかなる理由があろうと無辜の赤子を攻撃するという行為に対して躊躇いを覚えてしまうかもしれない。 戦場で躊躇することは死を意味する――そう、思っていたのだが。 現在の戦いぶりを見る限り、祈の行動に逡巡はない。 むろん何の感情も抱いていないということはないのだろうが、少なくとも今の彼女には戦いを優先する自制心があるということだ。 きっと、彼女の抱いている『東京ブリーチャーズの一員であることの誇り』がそうさせるのだろう。 それならば、もうなんの心配もない。 ――がんばって、祈ちゃん。 無言で彼女にエールを送ると、橘音は祈から視線を外した。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/251
252: 那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI [sage] 2017/02/09(木) 19:47:45.66 ID:jX3DFzkh >な、ぐがっ―――!? ドガァァァァァァッ!!! 尾弐のうめき声と、その直後の轟音に、橘音は咄嗟に振り向いた。 見れば、尾弐が軽自動車の激突を喰らい、商店街の店舗の壁面に叩きつけられている。 「クロオさん!」 思わず叫ぶ。ブリーチャーズ随一の頑強さを誇る尾弐だ、致命傷には至っていないようだが、それでも少なからぬダメージであろう。 解せないのは尾弐の様子だ。百戦錬磨の尾弐が自動車の投擲などというモーションの大きな攻撃に対処できない筈がない。 いつものように左腕で払いのけるなりすればいいだけの話だ。尾弐の膂力はそれを充分可能にする。 何かに気を取られていた?いや―― ――左腕が。動いていない……? 壁に激突した尾弐の異変に気付く。今の攻撃によって負傷したのか? 違う。あの様子では、そのずっと前から。恐らく半地下の探偵事務所でブリーフィングをしていたときから。 破魔の刃物を用意した頃から、動いていなかったのだろう。 尾弐が巧妙に隠していたということもあるが、今の今まで囮に専念していたお蔭で、橘音はついぞそれに気付かなかった。 ……が、それに気付いても、橘音は尾弐の援護に行くようなことはしない。 それを指摘し、他のメンバーたちに教えるようなこともしない。 尾弐が先程、無謀としか思えない橘音の囮宣言を黙して受け入れたように。 橘音もまた、尾弐の力を信じて疑わないからだ。 >ムジナアアァァァ!!!! この3匹は俺が一人で片付ける!! 大気を震わせるような、尾弐の怒号。 それは強がりでも何でもない。『できる』からこその言葉であろう。 例え圧倒的な劣勢にあっても。腕が片方動かなくても。 尾弐は『片付ける』と言った。ならば、もう心配はいらない。 >来いやガキども。たかだか百年ぽっち生きた程度で図に乗るんちゃうぞ。大人の怖さ教えたるわ 怒号と共に突進してきた『チッポウ』の攻撃をトン、と軽快なステップを踏んで往なしながら、ムジナを見る。 ムジナは『イッポウ』『ロッポウ』を相手にスレッジハンマーを担ぎ、真正面から迎え撃とうとしていた。 チンピラ以外の何者でもない風貌のムジナが剣呑な凶器を手に啖呵を切る姿は、まさしくVシネマの世界だ。 が、相手は敵対暴力団の差し向けた鉄砲玉でもなければ、ヒットマンでもない。 鞍馬山で永年封印指定を受けた呪詛兵器『コトリバコ』の眷属である。 「よっ!ムジナさんかっこいい!千両役者!」 軽く茶化して、またヒラリとチッポウの攻撃を避ける。 祈の戦法が人間の柔軟な思考に裏打ちされたものなら、ムジナの戦いは化かし系の手本のような戦い方だ。 『騙す』ということは、妖怪にとって単なるいたずら以上に特別な意味を持つ。 人間をその知能では理解できない手段で欺き、化かし、騙す。 そうすることで人間は妖怪を『人間より上位のもの』『偉大なもの』『畏怖すべきもの』と認識する。 そして、その感情が。畏怖が、尊崇が、妖怪により強い力を与える。 人間に侮られ、軽んじられてしまえば、妖怪はおしまいなのだ。――よって、妖怪は人間を騙し、化かし続ける。 ムジナの戦い方は、その集大成のようなものだった。 ムジナの攻撃は一見、妖壊には何の効果もなさそうなものばかりだ。 しかし、『なんの効果もなさそう』――そう思い込むこと自体が、すでにムジナの術中に嵌っている。 牛ほどの大きさのイッポウの身体を内部から食い破るように、乗用車のフレームが飛び出してくる。 イッポウはセダンに胴体を分断されると、泣き声とも断末魔ともつかない叫び声をあげてうつ伏せに倒れた。 そして、そのままブクブクと緑色の膿になって溶解していく。 後に残されたのは、ひとつの古ぼけた寄木細工。 『ケ枯れ』だ。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/252
253: 那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI [sage] 2017/02/09(木) 19:48:09.33 ID:jX3DFzkh 『イッポウ』はムジナが見事な騙しのテクニックでケ枯れさせた。次の相手は『ロッポウ』だ。 『ニホウ』『サンポウ』『シッポウ』は尾弐が引き付けている。 『ハッカイ』は祈とノエルを当面撃滅すべき対象と認識したらしい。 では。 オギャアアアアアアアア!!!!!オオオオオオオギャアアアアアアア――――――――――ッ!!!! 『チッポウ』は自分の担当だ。 腕を振り上げ、時に口から溶解液を吐き出して攻撃してくるチッポウから身を翻しながら、橘音は戦場を奔る。 とっくに息は上がり、身体も鉛のように重い。息を喘がせながら駆ける姿は、ただ闇雲に逃げ回っているようにしか見えない。 グオッ!! チッポウの右腕が、まるで蟻でも叩き潰すかのように振り下ろされ、アスファルトが砕け散る。 チッポウは七番目のコトリバコ。ハッカイに次ぐ巨体と破壊力を有している。 張り手一発で盛大にヒビの入った地面を振り返り、橘音は背筋にツララを差し込まれたような悪寒を味わった。 「あんなの喰らったら、ボクみたいに華奢なコは一発でミンチですよ!」 誰に言うともなく、そんな泣き言を口にする。 しかし、他のメンバーの援護は期待できない。今でさえメンバーには大きな負担を強いているのだ。 自分ひとりだけが安閑としてはいられまい。 ――それにしても。 チッポウの溶解液をマントで凌ぎつつ、橘音は周囲に視線を走らせる。 今、戦場にいるコトリバコは六体。イッポウはムジナがケ枯れさせたから除外するとして、一体足りない。 ニホウ、サンポウ、シッポウは尾弐を取り囲んでいる。ロッポウはムジナを追いかけている。 チッポウは橘音のすぐ後ろにいる。ハッカイは祈とノエルにかかりきりだ。 だとしたら。 『ゴホウ』はいったい、どこへ行ったのだろう? その疑問は、すぐに解消された。 ボッ!! チッポウが橘音に向けて、恐るべき速度で何か小さなものを投げつけてくる。 橘音はそれを避けようと、逃げながら僅かに身じろぎした。 しばらく前から、チッポウは逃げ回る橘音に手近なアスファルト片や雑貨類、コンクリートブロックなどを投げつけてきていた。 軽自動車すら軽々と投げるコトリバコの怪力で投擲されるそれは、当たれば必殺の威力を誇る。 といって、そうそう命中するものではない。橘音は今回も必要最小限の動きで回避しようと身を捩ったのだが―― 今回投げられた『それ』は、アスファルト片やその辺に転がっている雑貨ではなかった。 キャハハハハハハッ……ギャハッ!アギギギギギィィィィッ!!! 「……な……!?しまった!」 癇高い、耳障りな笑い声が耳を打つ。仮面の奥で橘音は瞠目した。 投擲物が橘音の眼前で突然膨張し、無数の赤子となって橘音に抱きついたのだ。 チッポウが投擲したのは、ゴホウのコトリバコ――その本体である寄木細工。 体力の消耗を抑えるため、紙一重で回避していたのが仇となった。 「う……うああああああああああああああああああ――――――ッ!!!」 コトリバコの接触を受けることは、女性にとっては避けられぬ死の到来を意味している。 それは妖怪であっても変わりない。うぞうぞと蠢くゴホウのコトリバコたちが、あたかも親に甘えるように橘音の身体に縋りつく。 触れた場所から白煙が上がる。女子供を殺すことに特化した即効性の呪詛が、橘音の全身を冒してゆく――。 その悍ましい感覚に、橘音は絶叫した。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/253
254: 那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI [sage] 2017/02/09(木) 19:48:41.01 ID:jX3DFzkh 「うああああああああああああああああああ――――――ッ!!!」 子獲りの呪いに侵食され、橘音は叫び声をあげた。 その効力は強力無比、凶悪無双。解呪の方法はなく、一度受ければ待っているのは死、それ以外にない。 コトリバコに抱きつかれた橘音も例に漏れず、ほどなく目鼻や耳、口から出血し、下腹部を破裂させて死に至るのだろう。 と、思ったが。 「ぎゃああああ〜っ!死ぃ〜ぬぅ〜っ!呪いで死んでしまうぅ〜っ!」 橘音は舌を出してさも苦しそうに喉を掻きむしる仕草をし、身体をくねらせた。 だが、その苦しみようはいやに芝居がかっており、わざとらしい。 ひとしきり苦悶するそぶりを見せた後で、橘音は徐にコホンと空咳を打つと、 「……な〜んちゃって」 と、言った。 死なない。 「一体いつから――ボクが女の子だと錯覚していたんです?」 へばりつくゴホウたちを見下ろし、口角にしてやったりといった笑みを刻む。 橘音は商店街に入る際、行く手を阻む警官に妖術をかけることで立ち入りを可能にした。 自分を偽り、まったく別の何かに見せかけて翻弄する、妖狐の十八番――幻惑視。 それと同じことを、ファースト・コンタクトの瞬間コトリバコにも施したのである。 純粋な呪詛兵器としてのコトリバコが相手であったなら、幻惑視は使えなかった。 が、今のコトリバコは付喪神化し、妖壊に変貌している。赤子には目があり、耳があり、そして学習する知能がある。 感覚器を備え、知能を有するということは、つまり『騙せる』ということだ。 肉体改造とは異なる、相手の意識認識を混乱させ齟齬を起こさせる術。 そして、コトリバコたちはまんまとそれに引っかかった。 「はいはいっ、邪魔邪魔!ボクはママじゃありませんからね、どいたどいた!」 マントで赤子を払いのけ、大きく跳躍する。 ゴホウ、チッポウから距離を取ると同時に靴の踵で着地点をタタン、と踏みしめ、それから反時計回りにターンする。 場にそぐわない軽快な足運び、それは先刻事務所で見せた―― 「イッツ!ショータ――――イムッ!!」 タンッ!と最後に地面を強く踏むと、その瞬間に橘音の足元を起点として何か複雑な紋様が地面を走り、戦闘区域全体を覆ってゆく。 紋様から、眩い光が迸る。それに触れたコトリバコたちの動きが、瞬く間に鈍くなってゆく。 『禹歩』。 しかし、事務所でメンバーに教えたような簡単なものとは違う。正真正銘、正式の手順を踏まえた禹歩による結界である。 橘音は何も闇雲に戦場を右往左往し、囮を務めていたわけではない。 囮として逃げる一方で、戦闘区域全体に禹歩による結界を構築していたのだ。 オォオォオォォォォ……、ギャアァアァァァァアアアアアァァアァァアアァ……!!! コトリバコたちが苦しげにのたうち、喉の奥から恨みがましい声を絞り出す。 破魔の結界が効果を発揮している証拠だ。編み上げるのに時間はかかったが、その効き目は覿面である。 「さぁーてっ!皆さん、劣勢ターンはこの辺りで!そろそろ反撃と行きましょうか!」 バサリと大きくマントを翻し、かぶっている学帽のつばを白手袋で軽く押し上げて。 橘音はメンバーにそう言い放った。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/254
255: 創る名無しに見る名無し [sage] 2017/02/09(木) 21:36:51.46 ID:r3Ee2gmW あー、 そういう設定気持ち悪いから本気でやめて http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/255
256: 多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage] 2017/02/13(月) 23:26:49.24 ID:lXVFlz2X >「あれぇ〜? おっかしいなあ〜」 コトリバコの赤ん坊『ハッカイ』に飛び乗り、妖怪にしか見えぬ霊的な継ぎ目を余すことなく切り刻んだノエル。 その後、コトリバコの赤ん坊から飛び降りてヒーローの如く三点着地を決めて見せた彼が呟いたのはそんな言葉であった。 背後でコトリバコの赤ん坊が爆発四散でもしているかと思えば、そんな事はない。 「……へ?」 祈は瞬間、呆けた。 別段、爆発を期待していた訳ではないのだが、あんなにカッコ付けといてそれはないだろ、という顔になる。 切り刻まれたコトリバコの赤ん坊はと言えば、全身から緑色の体液や血を撒き散らしているものの 依然として戦闘続行可能な様子であった。 と言ってもそれは見る者が見れば、もはや蛇腹切りにされた胡瓜の如く、 かろうじて皮一枚で繋がっているだけの状態だと解るのだが、妖怪的な感覚にいまいち欠ける祈にはそれが解らない。 ノエルへと体当たりを決行しようとするハッカイの姿を見て、まだ全然元気そうじゃんなどと思えてしまう。 >「たーすーけーてー!!」 悲鳴を上げ、尾弐の元へと逃げ去るノエルを脇目に見ながら、 祈はコトリバコの強酸性粘液が付着した布を脱ぎ捨て、素早く別の布で体と足を覆った。そして思う。 (ほんと変な奴だよなー、御幸って) 一時戦場を離れる前から目の端に入っていたが、ノエルの姿は黒髪から銀髪に、瞳の色は青へと変わっていた。 また、手には氷で作り上げた錫杖を持ち、それを振るっていたと思っていたのだが、 戻ってくれば今度は氷の刀を二本握り込み、二刀流を演じている。 天然かと思えば意外と鋭い所を突いたり、かっこよく決めたと思えば決められていなかったりするし、 姿も戦闘スタイルも、何もかもがコロコロ変わる。まるで山の天気か秋の空だ。全く訳が分からない。 それらをひっくるめて、祈なりの言葉で一言で表すと『変』なのである。 姿と言えば、祈が品岡の形状変化の術を受けていた時、隣に座っていたのはノエルだったと祈は思うのだが、 その記憶の中の姿もまた、いまいち一致しなかった。 トランス状態にあったせいで幻でも見たのあろうか、 ノエルとは別人の、ぱっちりした瞳が印象的な美女の姿を見たような気がするのだった。 かといってトランスから目覚めれば、手を握って隣に座っていたのはいつもと変わらぬノエルであって。 (まったく、よくわかんない奴……) なんであれ、ハッカイのコトリバコの力は祈とノエルの連携である程度削いだはずだ。 ノエルが逃げ込んだ先には尾弐もいる。ノエルだけでは駄目でも尾弐ならなんとかしてくれるであろうし、 品岡だって戦力として大いに期待できる。 ハッカイへと氷でできた金棒(金棒と言うのはおかしいのだが見た目がそれらしいので)を 振りかぶる尾弐の姿も確認できたし、祈は安心して次のコトリバコにかかればいい。 ――そう思っていた。 >「な、ぐがっ―――!?」 聞き慣れぬ尾弐の苦鳴。 次いで、轟音。大きな質量を持った何かが激突する音と、金属がアスファルトを擦る不快な音が混じりあう。 祈は他のコトリバコへと向けようとしていた視線を戻し、目を見開いた。 尾弐が立っていた場所。ノエルが隠れようとしていた頼もしい背中があった場所。そこに尾弐の姿はなかった。 代わりに足元のアスファルトには、巨大な何かが擦れて傷をつけたであろう跡があり、 その痕跡を目で追っていくと、その先に軽自動車が転がっていた。 そしてその軽自動車と店舗の間に挟まれる形になっている尾弐の姿を見つける。 それを見て笑う、『ニホウ』と『サンポウ』――二番目と三番目に小さいコトリバコの赤ん坊もまた、目に入った。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/256
257: 多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage] 2017/02/13(月) 23:30:13.13 ID:lXVFlz2X 「尾弐のおっさん!!」 祈は思わず叫んだ。 油断した。祈はコトリバコ達が氷漬けにされている筈の場所に目を向け、 何もいないことに今ようやく気付く。祈は他のコトリバコは全てノエルが凍結させ、動きを封じたものと思い込んでいた。 そして何よりハッカイのコトリバコだけに目を奪われすぎていたのだ。 既に他のコトリバコの赤ん坊達は、氷の呪縛を解いて行動を開始しており、 ダメ押しとばかりに尾弐へと『シッポウ』が向かう。助けに向かうべきでは、と祈の本能が告げた。 >「ムジナアアァァァ!!!! この3匹は俺が一人で片付ける!! > テメェは、絶対にこの3匹と他の連中をヤり合わせねぇように動けえええぇぇ!!!!!!」 だが、尾弐の地の底から響くような怒号が、祈の耳にも届く。 その声が言っている。俺は大丈夫だと。 そうだ、と祈は思い直す。祈は尾弐程タフな妖怪を知らないし、倒れる姿など想像できない。 いかに強力な怪異が相手であっても、尾弐はきっと負けない。 今日はたまたま調子が悪くて――どうせまた事務所に来る前にお酒とちゃんぽんを食べたのだろう。 食べ合わせが悪いらしいし――、コトリバコに不意を突かれただけなのだ。 尾弐が大丈夫だと言うのなら、きっと何も問題はない。 だとすれば。祈にできるのは残りのコトリバコの赤ん坊の相手だ。 ニホウ、サンポウ及びシッポウは尾弐が相手をするとして、 >「ほな、兄貴が三匹引き受けてくるっちゅうさかい……ワシは二匹ばかし相手にしようかね」 イッポウとロッポウは品岡が引き受けた。 品岡の戦いぶりをあまり見たことがないので、祈はそれをちょっとばかり不安げに見送る。 更に、チッポウの囮は橘音がどうやら引き受けたようである。 残りはゴホウと手負いのハッカイだが。しかし。 (ゴホウの姿が見えない……?) 祈は目の上に手をやり、注意深く周囲を見渡した。 ハッカイはノエルを元気に追っている。だがどうやら見た目よりもダメージがあったようで、 バランスを崩した際にその右腕を失っていた。 他のコトリバコたちの動きも見えるのだが、どうしてもゴホウだけ姿が見えない。これはどういうことか。 ゴホウよりも遥か下の位であるイッポウですらノエルの氷を破って攻撃に転じており、 それを鑑みれば、ゴホウも凍結をとっくに解いている筈だと言うのに。 攻撃の機会を伺い、どこかに隠れているのかもしれない。と祈は思う。 だとすれば危険である。皆、目の前の敵に手いっぱいだ。 相手できるギリギリを見極めて引き受けているだろう。 そこにゴホウが不意を突いて乱入するような真似をすれば、すぐにその均衡は崩れてしまう。 ならば両足と右腕を失った手負いのハッカイは、逃げ回っているノエルにそのままどうにかして貰うとして、 隠れているゴホウを探し出して何とかするのが自分の役――。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/257
258: 多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage] 2017/02/13(月) 23:42:14.70 ID:lXVFlz2X そこまで考えた所で、思い至る。違和感があることに。 そこから、『自分が相手をするべきはゴホウではなくハッカイの方である』、という答えに祈は行き着く。 祈が知る限り、ノエルは弱い妖怪ではない。 尾弐のような剛力やタフネスを備えたバリバリの戦闘系妖怪ではないにせよ、 先日の八尺様戦では、尾弐が駆け付けるまでの間、 八尺様の音を追い越すほどの猛攻をほぼ一人で凌ぎきったその技の冴えや戦闘勘、実力は疑いようがない。 また今日に至っては強大な呪いの塊であるコトリバコ達を全て凍てつかせ、 僅かな間とは言えその動きを奪ったほどに強大な妖力をも備えている。 そんな男が、逃げ回るに終始している。それが違和感の元だった。 思えば今日のノエルは張り切り過ぎではなかっただろうか。 氷による遠距離支援攻撃に始まり、仲間へ自身の力を分け与えて武器を強化。 更に橘音を庇う為であろう、二刀を構えて前線へ躍り出て見せた。 そしてコトリバコ8体を凍結させ足止めした後は、祈が要請したことでハッカイへ止めを刺そうとも試みている。 まさに八面六臂の活躍だ。しかもそれらは短時間で行われている。 力を使い過ぎれば当然、枯れる。 止めを刺し損なったのも、力を短時間で使い過ぎて妖力切れが近い故に起こった、事故のような出来事かもしれない。 そうだとすれば、ノエルが逃げ回るのに終始しているのも頷ける話だ。 先程はぎりぎりハッカイの突撃から身を躱していたが、 ノエルならばわざわざ躱さなくとも、巨大な氷の壁の一つや二つ造りだせそうなものだ。 それも、突撃を仕掛けるコトリバコに対し凸型に、ナイフのような鋭い形状の壁を造りだしてしまえば コトリバコの突撃の勢いを利用して真っ二つに出来そうなものだと言うのに、それすらできていない。 尾弐という強力な前衛を失い、力を回復させる暇もないのかもしれなかった。 無論、単に彼の美的センスが本当にコトリバコの赤ん坊のビジュアルを拒否しているために、 生理的嫌悪のみで、考えもなく逃げ回ってしまっているだけなのかもしれず、 そう考えるとやはりゴホウへの警戒を優先した方がいいのでは、という思いも湧くのだが、 八尺様との戦いの最中で、気を失ったようにぼんやりし始めたノエルの姿が祈の頭にちらついて離れない。 ああなられたら、困る。 「世話焼けるよなぁ、もう!」 祈はぼやきながらまたしても駆けて、数瞬の後にそこそこ離れているノエルの元へと辿り着く。 辿り着くまでの間に、右腕が千切れ飛んだ悲しみや怒りを叫びながら、 残る手足は左腕のみとなったハッカイが器用に起き上がろうとしているのが視界の端に入っている。 このまま起き上がりノエルを視界に収めれば、ハッカイはまたノエルを追うだろう。 そう思った祈は、ノエルの体をふわりと、あくまでも優しく蹴り上げた。 そして精肉店のオーニング(テントとも。店の前に付いているビニール製の屋根のようなもの)の上に着地させる。 「御幸はそこからテキトーに援護とか、姿が見えないゴホウでも探したりしてて!」 その位置ならば周りをよく見渡せるはずであるし、安易にコトリバコの標的にもならないだろう。 力を回復させながら、姿の見えぬゴホウを警戒することも可能であろうし、 手近な場所にはしごもある。いざとなれば飛び降りることのできない高さではない。 加えてそこは、それぞれ仲間が戦っている位置の中間程に位置しているから、行こうと思えば誰の援護にも行けることだろう。 そう祈は咄嗟に考えたのであった。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/258
259: 多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage] 2017/02/13(月) 23:51:29.69 ID:lXVFlz2X 「こっちだ、コトリバコ!」 ハッカイは起き上がって必死にノエル探そうとしたものの、 そのノエルが見つからなかったことで、手近な場所にいる祈へと完全にターゲットを変えたようだった。 左腕だけで器用に這いずり、それなりの速度で祈を追ってくる。 ハッカイを仲間たちから引き離すため、祈は敢えてぎりぎりの速度で走り、コトリバコに追わせた。 尾弐も品岡も、橘音もノエルも、恐らくは目の前の状況に手いっぱいであろうし、 なるべくハッカイの目がそちらに向かないようにせねばならないと思ったのだ。 コトリバコの呪詛によって、祈の目の前で女性が血反吐を吐いて亡くなった時、 その凄惨な姿を見ないよう祈の前に立ち塞がってくれたのは尾弐であり、 目を覆ってくれたのはノエルであり、そして背後から制止の声をかけてくれたのは意外にも品岡であった。 心のないヤクザ者と祈が思っていた品岡すらも、自分を守ってくれている。そう祈は感じる。 だが彼らと肩を並べて立つのであれば、彼らと同じように、危険な相手を一人で相手にせねばならない。 守られるだけでなく、自分もまた彼らを守らなければ。そう思う故に彼らから離れるのだった。 いくらか仲間たちから離れた頃合いであろうか。 やがて、ハッカイは祈を追うことを諦めたのか、動きを止めた。 それに気付いた祈もまた、足を止めて振り向く。 靴の裏にはノエルが施した氷の棘がスパイクのように生えている為、 思ったよりもぴたりと止まった。 ここまで引き付けたのに、気が変わって仲間の方に戻られたら厄介だな、なんてことを考えている祈を、 ハッカイはその暗い眼窩で見据えて、笑っているような、怒っているような、それでいて泣いているような、 複雑な表情を浮かべた。そして頬を膨らませて精一杯に上を向くと、 『ぷぅぅううぅうぅぅぅううううう!!』 口から大量の緑色の粘液を吐き出した。 まるで緑色の噴水――、否、間欠泉だ。ハッカイの体積を明らかに大きく上回る量の粘液が吐き出され、 空気中で拡散。ちぎれて粒となり、周囲に雨のように降り注ぐ。 ハッカイにつられて空を仰いでいた祈は驚愕する。 「おわっ!?」 粘液が降り注ぎ、周囲の店舗が、アスファルトが、焼ける。溶ける。 祈は慌てて外套代わりにしているカーテンを被り直し、粘液の雨をなんとか躱そうと走るが、 広範囲に散らばり、次々落ちてくるそれを全て躱しきることはできなかった。 なんとかシャッターの降りていない店舗を見つけ、陳列されている商品をなぎ倒しながら飛び込んで やっとの思いで凌いだものの。 それでも被っているカーテンを脱ぎ捨てざるを得ない程に粘液を浴びてしまっていた。 粘液を浴びたカーテンを脱ぎ捨て、最後の一枚へと取り換えながら周囲を見渡すと、 祈がなぎ倒してしまったのはスポーツのユニフォームが陳列されていた棚だったようで、 バスケット用のカラフルなユニフォームが暗い店内に散乱してしまっていた。 他にもシューズやボールなど、様々なスポーツ用品が店内には所狭しと置かれている。 (あたしが逃げ込んだのはスポーツ用品店だったのか……) そんなことに気づく。 祈は粘液が下に落ち切るのを待ちながら、店内から外の様子を窺った。 店舗の外のアスファルトの様子は酷いもので、雨のように降り注いだ粘液が大小様々な穴を開けており、 とても人が歩けるようなものではなくなっていた。 これはハッカイのコトリバコがいる所まで続いているようであり、 足を取られることなく接近するのが困難になったことを意味していた。 祈は歯噛みした。転びでもすれば、ぐずぐずに溶けたアスファルトに突っ込むことになる為、危険である。 もし接近しようと思えば、まだ溶かされていない箇所を見つけて跳躍するなどしなければならないだろう。 更に。 祈が店舗の出入り口に近付き、ちらりとでもハッカイの様子を窺おうとすれば、 すかさず粘液が吐きつけられた。粘液は店舗の壁やガラス製の扉を瞬く間に溶かしていく。 移動するのを諦めたハッカイは、まるで固定砲台のように、祈の姿を確認するや否や粘液を吐きつけて来るのであった。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/259
260: 多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage] 2017/02/14(火) 00:00:27.07 ID:87guBi3q (賢い……) 完全に閉じ込められた形だった。 外に出ようとすれば粘液が飛んでくる。仮に上手く粘液を躱して外に出られたとしても、 先程のように上から大量の粘液を降らされたらどうしようもない。 また、この足場では十分な速度を出すことはできないだろうし、 ハッカイに接近し攻撃に転じるのすら一か八かの賭けになる。 祈が近づいて攻撃するしかできないこと、そして粘液に触れれば死に直結するダメージを負うことを、 十二分に分かった上での行動だった。 そもそも、祈は決定打に欠けている。 なんとかハッカイの手足を千切り飛ばすことはできても、 この細足であのゾウのような巨体を倒せるかどうかは疑問が残った。 手っ取り早く倒すとすれば、あの形態からして思考の核となっているであろう頭を狙った方が早いのであろうが、 それも難しいと思われた。 何故なら祈の足では、あの巨大な頭を潰すには長さが足りないのだ。 蹴りを見舞っても表面を抉るだけになると予想された。 だがより深い場所、例えば脳があると思われる場所にまで攻撃を届かせようとすれば、 祈は体ごと突っ込まねばならない。 それは即ち強酸性の粘液が詰まった袋に身を投げるに等しい行為であり、 いくら体を防護する布を纏っていようと自殺行為である。 だとすれば、コトリバコの赤ん坊を悪戯に苦しませるのは本意ではないが、 ちまちま攻撃して肉体を削り、『ケ枯れ』を起こさせるしかないのだろう。そう祈は結論付ける。 なんにせよ、まずはどうにかこの状況を脱し、接近しなければならない。 ――だが、どうやって。 そんな事をつらつら考えていると、 じゅうっ、じゅうっ。と、どこかから音が聞こえてくることに祈は気付いた。 店舗の外からだった。 ハッカイのコトリバコがいる方向から聞こえてくるそれは、 何かが溶かされている音だと思わせた。 『ま”ああああ”! ぎ”ゃっ、やっ! あ”ぁ”っ!!!』 悲鳴じみたハッカイの咆哮が響いた後、またその音が再開される。 ぶしゅう、じゅうっ。その音が近付いていることで祈は察する。 これはハッカイが、祈がいる方向へと粘液を吐き続ける音だ、と。 そうすれば、祈が例え離れた店の中から出てこなくても、ハッカイ自身が移動できなくても、祈を追い詰めることができる。 逃げ場を失った祈に粘液を吐きつけても良いだろうし、飛び出してきた所をまた雨のような粘液で仕留めるも良しである。 赤ん坊のくせに賢すぎやしないか、などと祈が感嘆するのも束の間、やがて祈がいる店舗の壁までもが溶解し始めた。 祈が店の奥へと退避するべきか、それとも一か八か飛び出すかと迷っていると、 溶けた壁に人の頭ほどの穴が開いて、そこからハッカイの姿が覗いた。 そこから見えたハッカイの姿は、祈から動くという行為を奪った。 ――ハッカイの左腕が落ちていた。 腐ったように黒く変色したそれは、ハッカイの体の横に転がっている。 当然、左腕までも失ったハッカイは体を支えることも叶わず地に伏しているのだが、 それでも首だけは祈へと恨めし気に向け続けていた。 その顔は、血の涙に塗れている。 『あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!』 もう嫌だと、泣き叫んでいるように見えるにも関わらず、 『い”っ、ぎぎぎ”あ”あ”!』 次の瞬間には怒りの形相になり、粘液を吐き出してくる、ハッカイ。 なんとか絞り出されたようなそれは、先程の粘液が壁に穿った人の頭程の穴をどうにか潜って、 祈の足元にまで飛び散った。粘液には緑と黒みの強い赤が混じりあっている。 粘液に混じる赤は、ハッカイの血だ。 『い”あ”ぁ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”あ”あ”!!! ま”っ! あぶっ、ぷあぁああああ”! げぇっ、げぇえ!』 ハッカイの絶叫。その口が弱々しく開かれて、血をごぶりと吐き出した。 祈はこの赤ん坊が、コトリバコの力によって無理矢理に動かされてるのだと理解する。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/260
261: 多甫 祈 ◆MJjxToab/g [sage] 2017/02/14(火) 00:46:38.36 ID:87guBi3q コトリバコの呪詛の源は、 その狭い細工の中に押し込められた子ども達の魂の嘆き、憎しみや恨み。 即ち『負の感情』である。 恐らくコトリバコには、その呪詛を効果的に発揮させるために、 内側に閉じ込めた子供たちの魂に働きかける呪いのような何かが施されているのだろう。 その何かが、強制的に子ども達から憎悪等の負の感情を引き出しているのだ。 そう考えれば、両の足がなくなり、満身創痍の状態なっても執拗にノエルを追い続けたことや、 移動する力すら失い、左腕がもげた状態でも祈への攻撃を続けたこと。その異常な攻撃性に説明がつく。 ハッカイともなれば、それこそ無尽蔵の呪詛を吐き出せるだけの力があっただろうから そのような呪いが働いていてもなんとかなったに違いない。 だがノエルの刃は霊的な継ぎ目を完全に断ち切り、既にハッカイを仕留め終えていた。 そのような状態では、残された命を無理矢理に、粘液として絞り出しているようなものだ。 だが止めることができないのだろう。そのような状態になっても。 馬に鞭を打つように、コトリバコが無理矢理にあの赤ん坊へ命じているから。 恨め、憎めと。目の前の敵を倒せと。 痛い筈なのに。苦しい筈なのに。もう嫌だと泣き叫んでも、コトリバコの呪詛が 攻撃を止めることをを許さない。その苦しみは想像を絶する。 またも粘液を吐こうとしているのだろう。ハッカイは再び首を持ち上げ、口を祈へと向けた。 その目から流れる血の涙に、響く嗚咽に。 「終わりに、しよう……」 祈は、血が熱くなるのを感じた。 もう、見ていられなかった。 この状態ならば、恐らく放っておいても『ケ枯れ』を起こしてただの小箱に戻るだろうが、 それを待とうだなどとは微塵も思えない。 一刻も早く、あの子をその苦しみから解き放ってやらなければならなかった。 それも、これ以上苦しまぬよう、一撃で。 そう思った時、祈の頭に、どうすれば彼の巨体の頭を潰せるかという問いに対する答えがようやく閃いた。 祈は辺りを見回し、程なくしてそれを見つける。 祈が見つけたのは、重い金属製のバットだった。 『ぶあああっ! あ”ぁあぁ”!』 ハッカイが再び粘液を吐きつける。祈はそれを避けることもなく、そのまま浴びた。 赤の混じった粘液が祈の被る布を汚し、灼いていく。だが祈はそれを脱ぎ捨てる間すら惜しんで、金属製のバットを構える。 体を捩り、目いっぱいに振り被る。 「うううううううう、らあああああああっ!!!」 そして渾身の力でもって、ハッカイへと投擲した。 ――ターボババアと言う妖怪の孫である祈は、その走る速度に強力な制限を受ける。 どれほど早く走ろうとしても、フォームを変えたとしても、その速度が時速140kmを超えることはできない。 それが都市伝説として語られるターボババアの速度の限界だからだ。 しかし、それ以外の物に関しては規定がない。 人が時速40kmで走れるのなら、祈は140kmを走る。 単純に考えて人の3倍以上の筋力を備える祈が全力を込め、遠心力をも利用して投げた金属製のバットは、 軽々と時速140kmなど超え――、雷の如く凄まじい勢いで飛び征く。 そのまま、手足を失い動くこともできないハッカイの頭部、その眉間へと突き刺さり、 そのぐずぐずの皮膚を突き破り、柔らかな頭蓋を砕いて、 中身を恐ろしい力で掻き回しながら頭の反対側へと貫通、中身を吹き出させる。 ハッカイを貫いて尚勢い余るバットは、閉まっている店舗のシャッターへと突き刺さってようやくその動きを止めた。 『あ……ぎぃ、ぁ、お、…………』 ややあって、頭の半分ほどを失ったハッカイの首が、力なく倒れた。 そして『ケ枯れ』を起こし、付喪神としての姿を保てなくなったハッカイの体は緑色の膿のようになり、消失する。 残されたのは小さな小箱だけとなった。 呪詛としての力も失ったのか、ハッカイが作りだした粘液もまた消えている。 祈が今更になって被っていたカーテンを脱いでみると、幸い粘液は体にまで達していなかったものの、 パーカーや髪の先を、焦がしたり溶かしたりしているようであった。 なんにせよ、ハッカイは倒した。 「……今はおやすみ、コトリバコ」 後で橘音に、この小箱に閉じ込められた子ども達をどう供養すればいいのか聞かねばならない。 そんなことを考えながら、祈は呟く。少し離れた場所から、破魔の結界の光が広がるのが見えていた。 【祈、ノエルを安全圏へ逃がしてフリーにした後、やや離れた位置で手負いのハッカイを撃破】 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/261
262: 御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc [sage] 2017/02/15(水) 21:52:47.06 ID:U+Xmh4YZ >「……へ?」 祈の視線が突き刺さるのを感じつつ、ノエルは走る。 やーめーてー、そんな目で見ないで!? そもそも僕は(言動が)格好いいキャラじゃないんだからな!? 等と思いつつ向かう先には道路標識を振りかざした黒雄が控えている。 右手だけで標識を持っているのは「死にかけの奴にとどめを刺すぐらい右手だけで十分だぜ!」ということか、とノエルは解釈した。 >「よっしゃあああ!これで勝つるっ!!」 「へっへーん、当然!」 隅で解説要員と化していたムジナに思わずガッツポーズを返してからおっと、自分こいつと仲悪いんだった!と思う。 黒雄なら自分が仕留め損ねたハッカイを問答無用で粉砕してくれる――ここまで想定のうちだ。 だがしかし。 >「な、ぐがっ―――!?」 予期せぬ交通事故発生。黒雄は軽自動車にはねられて飛んでいった。 運転していたのは……じゃなくて投げつけたのは、凍結から早くも復活したニホウ、サンポウ。 >「もう動き出したんか!」 「誰だレンジでチンしたのは!? 君達免許とれる歳じゃないでしょー!」 それは享年か死後含むかによって変わってくるが、残念そもそも車を運転するには免許がいるが投げるのに免許は要らない! 更には黒雄が吹っ飛ばされた先でシッポウに殴り掛かられようとしていた。 左右をほぼ等しく使えて二刀流を操るノエルは、気付かなくてもいいことに気付いてしまった。 いくらなんでも左が動いてなくない――!?と。 一体いつから?と記憶を手繰る。 もしかして最初から?と思い至るも、先入観が邪魔をして核心に辿り着くことはない。 ただなんともいえない胸騒ぎだけが残るのだ。 >「ムジナアアァァァ!!!! この3匹は俺が一人で片付ける!! テメェは、絶対にこの3匹と他の連中をヤり合わせねぇように動けえええぇぇ!!!!!!」 そんな無茶な!大体さっきも「ここは俺に任せて行け!」的な死亡フラグ立てようとしてたよね!?と思うノエル。 しかし人の心配をしている余裕は割とマジでない。背後には依然として恐慌状態に陥ったハッカイ。 通常の生き物がHP1で普通に動き回る事は常識的に考えて有り得ないが、 妖壊は逆に最後の悪あがきで凶暴になって普通以上に攻撃力等が凶悪になる仕様の者もいる。 このハッカイに関してはまさしくそのパターンのようだった。 「ええーっ、どうすんのコレ!?」 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/262
263: 御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc [sage] 2017/02/15(水) 21:54:59.78 ID:U+Xmh4YZ 気が遠くなりそうになりながら、ノエルは自問自答する。 そもそもなんでこんな事になったのかというと、柄でもなく真面目に戦いすぎたのがいけない。 特にエターナルフォースブリザード(通称)は終幕を飾る一撃必殺を想定した大規模術式であり あんなものを一時の足止めのために使っては後が続かないに決まっている。 大体隙あらば安全地帯でサボタージュしたり背景でおやつ食べ始めたりとやる気なさげに戦うのが自分の芸風ではなかったか。 敵味方双方から「ふざけてんのか!?」とツッコミが入ったことも一度や二度ではないが 「あいつ余裕ぶっこいてるし実は滅茶苦茶強いんじゃね!?」と相手に無駄にプレッシャーをかける思わぬ利点があるぞ! ともあれ、普段そんな感じなので今のこの状況を見てもアイツまたふざけてるよ!としか思われないであろう。 それでいい、むしろそうでないと困る。嘘でも、虚像でも、余裕ぶっこいた底知れない奴でいなければ。 一瞬後ろを振り返ってみれば、すでにハッカイは自壊を始めており、右腕がもげている。 つまり相手が崩壊するまで逃げ切れば勝ちだ! 滅茶苦茶格好悪い戦法だがそれが何だというのだ、逃げるは恥だが役に立つ――! しかしそこに祈が風のように現れ、何故か蹴るようなポーズを取る。 もしやノエルの日頃からのあまりの変態さやダメダメさに嫌気が差したというのか!? 本日の出撃前にもまた無自覚変態爆撃をやらかしたからね、仕方ないね! そうでなくても、毎回変化を解いたり戻ったりする様子を微妙に理解不能のナマモノを見るような目で見てくるし。 しかし一般的な意味での変態な言動はともかく、あの本来の意味での変態は妖怪としては割と普通のはずだ。 むしろ人間型を保ったままでカラーリングが変わって少し謎の氷粒煌めきエフェクトがかかるだけなんてまだ大人しい方だ。 設定上存在する他のメンバーには完全人外の姿になって炎や電撃放っちゃう妖怪もいるぞ!(>1参照) まあ完全人外までいったらそれはそれで割り切れるのかもしれないが、 なまじ人間型をしているだけに、人間と同じ感覚を期待してしまうのかもしれない。 「ちょっと待ったあ! これには深い訳が……! ほら、男だらけの妖怪集団になっちゃったからやる気が……」 そう言っている間に、ふわりと体が宙に浮いて精肉店のテントの上に乗っていた。 祈に蹴り上げられたのだ。その蹴り方はとても優しく。 >「御幸はそこからテキトーに援護とか、姿が見えないゴホウでも探したりしてて!」 >「こっちだ、コトリバコ!」 「ありがとう、頼んだ……! 危ないから、攻撃しなくていいから逃げて!」 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/263
264: 御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc [sage] 2017/02/15(水) 21:57:33.91 ID:U+Xmh4YZ 祈ならハッカイが崩壊するまで逃げ切るのは楽勝のはず。そう思ってそのまま送り出した。 祈にはこの言い方では正しく意図が伝わらなかった訳だが、どちらにせよ祈はそれを良しとしなかったことだろう。 ノエルを安全地帯に退避させるという祈の行動はドンピシャリの正解で、それだけにドキリとした。 見抜かれた――!?と。祈ちゃん、君はどこまで見抜いている……!? 祈は橘音とは違う意味で、真実を見抜いてしまう面がある。 頭脳明晰で知識と経験を兼ね備えた橘音が気付かない類の真実だ。それは先入観に囚われない子どもだからこそか。 自分が本当はみんなが思っている程強くなんかなくて、脆くて弱くてふわっふわなのが全てお見通しなのか――? ノエルが普段やる気無さげにしか戦わないのには単純明快な理由があり、今のように妖力切れを起こさないためだ。 それだとすぐに役立たずになるが、ノエルは自然界からパワーを取り込む謎システムを搭載しており 消費と同ペースで回復させることによって無尽蔵を装う事ができるのだ。 サボったりおやつを食べたりしているのは平たく言うと実はMP回復のためであり どうして今日は柄でもなく飛ばし過ぎたかというと、八尺様との戦いで思い出さなくていい記憶が呼び覚まされてしまったからであろう。 あれからというもの、仲間が――友達が死ぬのが滅茶苦茶怖い―― 三つ子の魂百までとはよく言ったもので、幼き日に刻まれた魂の傷は百どころか永遠に癒えることはない。 等と考えつつも、服の内側から某チューブ型容器入り氷菓(チョココーヒー味)を取り出して吸い始めたので 端からみると全く真面目な事を考えているように見えない。 (体温によってアイスを溶かさずに持ち歩くことが出来るのだ!) まず目に入ってきたのが、ムジナがイッポウ&ロッポウと戦いを繰り広げる様子であった。 そういえば、ムジナは形状変化なんてトンデモ能力使いの割には意外と肉体の概念とかかっちりしているようだ。 のっぺらぼうってソーセージ出したり消したりも余裕のガチお化けのイメージだけど、 式神になった時に感覚が人間に寄ったのかもしれない、等と思う。 >「総評するとこいつが年季の差ってやつやな。以上、品岡おじさんによるはじめての妖怪戦闘、講義終了や。 ――勉強代は負けといたるわ」 「大変勉強になりました!」 ここにアイス食いながらがっつり講義タダ見している生徒がいた。 学ぶことが子どもの特権であるとするならば、毎日が新鮮な驚きと発見の連続であるノエルは子どもに分類されるらしい。 ――うん、人生楽しそうで何より! >「ま、待てや!話し合お!話せば分かる!一旦ゲロ吐くのやめやーーーっ!!」 超かっこよくイッポウを撃破したムジナだったが、拘束から脱したロッポウに追いかけられ始める。 「――スリップ」 アイスを食べ終わったノエルは講義代とばかりに、ロッポウの手足に滑って転ばせる術を発動。 見事にかかってすっころんだ。かなり妖力が回復してきたようだ。 セコい嫌がらせのような術だが、走行中の車にかけたら大惨事必至だ。 現代では雪山で遭難こそ流行らなくなったが、積雪→路面凍結のコンボはかなりエグい。 一方、橘音は無謀にも上から二番目に高位のコトリバコであるチッポウを一人で相手にしていた。 張り手一発で盛大に地面にひびが入る。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/264
265: 御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc [sage] 2017/02/15(水) 22:01:16.37 ID:U+Xmh4YZ >「あんなの喰らったら、ボクみたいに華奢なコは一発でミンチですよ!」 黒雄はコトリバコ三体を一人で相手にしているが、それでもどちらかを選ぶなら支援に行くべきは橘音の方だろう。 彼は敵の攻撃をいなすことは出来ても直接攻撃する手段は無いのだから。 そう決断し、テントの上から飛び降りる。ゴホウの居場所は結局分からずじまいだ。 チッポウが何か小さなものを橘音に投げるが、あれぐらいなら軽くいなせ――なかった。 >「……な……!?しまった!」 >「う……うああああああああああああああああああ――――――ッ!!!」 チッポウが投げたのは、なんとゴホウの本体。 混戦の中で小さな寄木細工に戻られたら居場所が分からなくなるのは当然だ。 問題は……ゴホウに組み付かれた橘音が断末魔の絶叫をあげていることである。 ただ組付かれているだけで取り立てて攻撃されているようには見えないのだが、まさかあの妖怪ですら女は死ぬという呪詛か――!? 「な……!?」 ノエルは血の気が引くといっても元から血の気が無いし、顔面蒼白と言っても常に蒼白だし どう表現したらいいか分からないがとにかく死にそうな顔をして硬直していた。 >「ぎゃああああ〜っ!死ぃ〜ぬぅ〜っ!呪いで死んでしまうぅ〜っ!」 >「……な〜んちゃって」 「こっちが死ぬかと思った! こっちは変態補正で死んでも次週までに復活余裕だけどな! どーだ羨ましいだろ!」 全身の力が抜けてへたり込みそうになりながら、抗議なのかよく分からない抗議をする。 とはいえ、この類のことは別に今に始まったことではない。 橘音は秘密主義のため、仲間にすら作戦の全貌を教えないことがままある。 敵を騙すにはまず味方から――とはよく言ったもので アホな味方が率先して騙されることによって敵も流石に真実だろうと思い込み、偽計がより盤石のものとなるのだ。 >「一体いつから――ボクが女の子だと錯覚していたんです?」 >「はいはいっ、邪魔邪魔!ボクはママじゃありませんからね、どいたどいた!」 >「イッツ!ショータ――――イムッ!!」 橘音が足を踏み鳴らすと同時に、禹歩の結界が辺りに広がっていく。 「橘音くんがセルフでソーセージしてようが(動詞)元からソーセージ(形容動詞)だろうが 工事済みの元ソーセージ(名詞)だろうがそんなことは割とどうでもいい! ここはこう言うべきだろう、禹↓歩↑!いい漢!」 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/265
266: 御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc [sage] 2017/02/15(水) 22:03:57.22 ID:U+Xmh4YZ 相変わらずイントネーションを間違えた禹歩の発音で、橘音のいい漢っぷりを称賛するノエル。 ちなみに子ども(精神年齢)は新しく覚えた言葉をとりあえず使ってみたがる性質があるので、うっかり変な言葉を教えると大変なことになるのだ。 みんなも気を付けよう! ノエルが腕を一閃すると、劣勢を察し慌てて合体し直そうとするミニゴホウに、雪玉がぶつかったかと思うと崩壊して足元を埋め、瞬時に凍り付いて手足を地面に縫い付ける。 「せっかく大勢になったんだから急いでリュニオン(再結合)しちゃ勿体ない! 忙しい橘音くんの代わりに遊んであげるよ! 雪合戦だ! 一人でも僕にタッチできたら君達の勝ちな!」 例によって攻勢ターンに入った瞬間にあからさまに分かりやすく元気になったノエルがゴホウ達を挑発する。 もしゴホウ達が日本語を喋れたら、「いや、”勝ちな!”ってドヤ顔で言ってるけどアンタ男だろ!」「見た目だけはやたら綺麗だけど男……だよな!?」 「でも雪"女”だから呪いワンチャンいけるんじゃね!?」「あれ? なんか焦点を後ろに合わせると変な映像が見える気が……」 「しかし我らのプライドにかけてあんな変態を女枠に入れてはいけない……!」 等と審議が繰り広げられているところ……かどうかは定かではないが。 「ふっはははは! 遅い! そんなんじゃハイハイレースで優勝狙えないぞ!」 再結合を阻まれ困惑しているらしいゴホウ達に、ノエルは両手を同時に使って次々と雪玉を当てていく。 相手は破魔の結界で動きが鈍くなっているので当てるのは楽勝であった。 足元が氷雪に埋もれて身動きできなくなったゴホウ達を前に作り出すは ご丁寧に8tと凹凸で描かれた無駄に巨大な氷のハンマー。(実際には8tも無いよ!) 「お次はモグラ叩きだー! ワニワニパニックでも可ッ! とーう!」 ハンマーを振りかざし無駄に大きいモーションで跳ぶ。 動けない奴ら相手にモグラ叩きも何もあったものではない。これは酷い! 「えっ! ヤバ……!」 そこにチッポウの横薙ぎの張り手が飛んできた。 チッポウは橘音が引き受けていたはずだが、流石に小さいお友達を容赦なくいじめる悪い奴を放置できなくなったらしい。 イジメ、ダメ、ゼッタイ! 「たあッ!!」 とりあえず振りかざした8tハンマーを上段振り下ろしから強引に横一閃に変更して迎撃し、 その反動で敢えて派手に吹っ飛ばされることで衝撃を和らげる。 少し離れた場所で地面を二、三回転がって立ち上がり、追撃に備えて身構えるが……来ない。 溶解液は飛ばしてくるものの、ゴホウ達を足止めしたあたりから動こうとしない。 その様子を見たノエルは、とある仮説に行きついた。 まさか、ゴホウを守ろうとしているのか――!? 連携はしている気配はあったが、仲間を守ろうとする意識まであるというのか。 そう思ってしまった瞬間、胸の奥がズキリと痛んだ。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/266
267: 御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc [sage] 2017/02/15(水) 22:08:33.16 ID:U+Xmh4YZ 「ほらほら、こっちだ、来てみろよ!」 その痛みを悟られぬよう表向きは変わらぬ調子で挑発しつつ。 雪玉をぶつけて牽制しながら、大きく位置を動こうとしないチッポウの周囲を円状に駆ける。 敵の攻撃に当たらないように相手の周囲をぐるぐる回りつつ自分は遠距離攻撃を加える アクションRPGのボス戦でありがちな立ち回りだ。 そして一周回ったところで相手の方に向き直り、地面に手を付いた。 「――アイスプリズン!」 チッポウがいる地点の四方を囲うように、氷の壁がせり上がる。 ゴホウ達を凍りつかせた地点もその範囲内に入っている。 とはいえ、このままではいずれ溶解液で脱出されてしまうのだが―― 「ギャアァアァァァァアアアアアァァアァァアアァアアア!!!」 囚われたチッポウの怒りの絶叫が響き渡る。 「あーあ、雪山でそんなに大きい声出したら駄目だって。終わりだぁあああああああ!」 自分はこの子たちの仲間を想う気持ちを利用した――仲間を失う事に一番怯えているのは自分自身だというのに。 人間に似た部分の心の激痛を誤魔化そうとするかのように、敢えて無邪気で邪悪ともいうべき笑みを浮かべ、腕を掲げる。 しかしここで言う邪悪は飽くまでも人間の尺度から見た時のこと、自然災害は常に人間の都合など知ったこっちゃないのだ。 氷の壁が質量保存の法則を無視したレベルの大量の雪と化し、壁の内側に雪崩れ込んでいく! そう、雪崩れ込むという言葉のそもそもの語源、巻き込まれた者全ての息の根を止める、 雪山で遭難が流行らなくなった現代に至っても度々甚大な被害を出す氷雪系最恐の凶悪無比な自然災害――雪崩である。 雪女のホームグラウンドは言うまでも無く雪山。 もちろんここは雪山ではないのだが、先程円形に走ったことで、その内側に自らの領域――結界を作り上げたのだ。 「勝負――アリ!」 勝利を確信したノエルは、橘音に向かっていつもに増してとびっきりのドヤ顔を向けるのだった。 ちなみにどうやって寄木細工掘り出すんだ!?とか後先全く考えていないぞ! http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/267
268: 尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE [sage] 2017/02/16(木) 23:22:34.00 ID:zIU5WpN+ 最初に人を殺したのは、苦痛から逃れる為であった。 呪具として改造された魂は、製作者の意図に従い動かねば、耐えがたい苦痛が与えられるからだ。 次に人を殺したのは、苦痛を味わいたくないが故であった。 呪具に刻まれた呪いの通りに人を殺せば、自分は痛くないからだ。 更に人を殺したのは、母の温もりを求めたが故であった。 標的(オカアサン)の胎内(ナカ)に戻れば、幸せに生まれ直す事が出来ると思ったからだ。 尚も人を殺したのは、自分が知らない幸せを持つ人間を憎むが故であった。 誰かが自分と同じ様に苦しんで死ねば、少しだけ気持ちが晴れる気がしたからだ。 そうして、次も、次も、次も。 殺して殺して 殺して殺し。 呪って呪って 呪って呪い。 やがて異形の霊体(カラダ)を手に入れて 九十九の神と呼ばれる存在に成り果てて 電子の海を揺蕩う、人の噂に力を与えられ 製作者の意図をも超え、とうとう人智を超えた霊災と化した頃 人を殺すのは、人を殺す為となっていた。 自身の力に抗えずに無様に死んでいく人間を見る事に、愉悦を感じる様になったからだ。 百を越える年月を経た、コトリバコ。 『ニホウ』『サンポウ』『シッポウ』 彼等は、時を経て哀れな被害者から本物の怪物と成り果てた。 人を殺す為に殺す、救えぬ怪物と化したのだ。 そして今、その三体の怪物の殺意は一人の男に向けられている。 尾弐黒雄 喪服を着こんだ悪鬼。 腕力と頑強さを武器に、有象無象、魑魅魍魎共を捻じ伏せる悪意と暴力の権化。 その尾弐への奇襲を成功させたコトリバコは、今や尾弐の体を玩具でも扱うかの様に粗雑に――――破砕していた。 呪詛の強酸を浴びせかけ、巨大な腕で頭を掴み、アスファルトへと叩き付け。 脚を掴み振り回し、離れた位置に在る商店のコンクリの壁へと放り投げ。 それを餌を放られた犬の様に追いかけると、その拳で、或いは掴んだ瓦礫で、殴りつけ、踏みつける。 尾弐を破壊する三体のコトリバコ達は、本当に楽しそうに。まるで子供の様に無邪気な笑みを浮かべている。 これだけ壊れにくい玩具を手にしたのは、初めてだったのであろう。 自身の手で命を奪う行為への興奮に、本物の赤子の様な笑い声を挙げる彼等。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/268
269: 尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE [sage] 2017/02/16(木) 23:23:07.48 ID:zIU5WpN+ そのまま絶え間なく暴力は続いていったが……やがて、土煙で尾弐の姿が見えなくなった頃。 コトリバコ達は唐突にその手を休めた。 疲労?慈悲?……否。 彼等は自身が振るった暴力の結果を確認する為に、コトリバコ達はその拳を止めたのである。 彼等が脳裏に浮かべる土煙の向こう光景は、まるで挽肉の様にグズグズになり、力なく絶命している尾弐の姿。 あれだけの呪詛の酸を、暴力を、蹂躙を受けたのだ。丈夫な玩具と言えども壊れない筈が無い。 釣りあがる口元を隠す事も無く揃って、三つ子の子供の様に楽しげに嗤うコトリバコ。 そうして、土煙は晴れる。 向けられる視線。そこには……瓦礫に上半身が半ば埋もれ、力なく首を垂れる尾弐の姿があった。 瓦礫からはみ出た左腕は切り刻まれたかの様に血まみれで、一部の傷は肉の先。白い骨を露見させている。 更にその上半身からは、溶解液の効果であろう。今尚煙が上がっている。 その様子を見た3匹のコトリバコは、思ったよりも損壊が少ない事に若干不満げな様子を見せたが、 それでも再起不能と思うに十分な傷を与えた事への喜びの方が大きかったのであろう。 動かない尾弐の元へ、最後の仕上げ……いざ止めを刺さんと近づいていく。 そうして。とうとう尾弐の前まで辿り着いた『シッポウ』のコトリバコが、 その頭を喰らわんと大きく口を開き――――その直後。 風船が割れる様な音が響き、『シッポウ』の巨大な頭が、消し飛んだ。 突然の事態に思考が付いていかず、動きを止めたのは『ニホウ』『サンポウ』のコトリバコ。 呆然としながらも、原因を探るべくその異形の目を動かし見て見れば、そこには 「……あー、悪ぃな。オジサン、力加減間違えちまったわ」 瓦礫に埋まっていた上体を易々と立ち上げ、数刻前に那須野にデコピンを見舞った時と同じ様に、右腕を前に突き出している尾弐の姿。 いや……同じというには語弊があろう。 何故ならば、尾弐の突き出した右腕。その拳は、鉛の様に黒く禍々しく変化しているのだから。 そう。 加減の無い数多の暴力に晒され、呪詛により生み出された酸を浴びせられて、それでも尚。 尾弐黒尾は、健在であったのだ。 健在であり、尚且つコトリバコを確実に屠る機会を窺がっていたのである。 ……コトリバコ達は、気付くべきだった。 最も損壊している尾弐の左腕、その傷が全て、彼らが持っていない『刃物による切傷』である事に。 嬉々として暴力を叩きつけている最中、尾弐が一度も苦悶の声を洩らしていなかった事に。 「さて、いい感じに大将達から見えねぇ程遠くに運んでくれたみてぇだし お前らも俺相手に十分自分勝手を楽しんでくれたみてぇだからな……もう、いいだろ」 そうして、瓦礫の山を発泡スチロールか何かの様に易々とかき分け抜け出した尾弐は、そのまま立ち上がり一つ歩を進める。 すると……それに呼応するかの様に、何か得体の知れない感覚に押されたコトリバコ達は、一歩後退した。 更に尾弐がもう一歩進めば、今度は二歩分後退する。三歩、四歩と進める内に、コトリバコが退く歩数は増え。 やがて『ニホウ』と『サンポウ』は、彼らがかつて感じた事のない悍ましい感覚に従い、尾弐へ完全に背を向けると、 急き立てられるかのように逃走を開始した。 それは、奪われた物として発生し、奪うモノとして存在してきた彼らからは縁遠い『恐怖』という感情によって齎された行動であった。 一目散に逃走するコトリバコ……だが、その逃走は直ぐに終わりを向ける事となる。 『禹歩』 那須野が先頃展開したその破魔の結界が、壁となり彼らの前に立ちはだかったのだ。 周囲一帯を覆う破魔の結界であるが……コトリバコ達を含む尾弐の周囲十m程には、 まるで浄化しきれない穢れでもあるかの様に、展開出来ておらず、 それが故に、コトリバコ達は周囲を結界に囲まれると言う、ある種の牢獄に囚われたかの様な状態となったのである http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/269
270: 尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE [sage] 2017/02/16(木) 23:23:44.34 ID:zIU5WpN+ 「逃げてくれんなよ、怪物共。俺のこの姿は連中に……特に、那須野の奴には見せる訳にはいかねぇんだからな」 退く事の出来なくなったコトリバコは、迫る尾弐に対し暫くの間混乱した様子を見せ……結局、彼等は己の力に縋る事となった。 状況を打開する為に、他者を理不尽に蹂躙する事の出来ていた己の力を信じ、反撃を試みたのである。 先ず行われたのは、『ニホウ』による溶解液の噴射。それは、あらゆるモノを溶かす呪詛の毒である。 「毒で俺を殺りたきゃ――――神さんから貰った酒に盛って飲ませるなりしやがれ」 だが、それは今の尾弐に対しては僅かに皮膚を焼く程度の効果しか齎す事は出来ず……まるで用を成さなかった。 当然である。呪詛は上位の呪詛で塗りつぶせる。ならば、呪詛で出来た溶解性の毒液が、『今の』尾弐に通用する筈が無いのだ。 そのまま尾弐が右手で溶解液を噴き出し続けるニホウの頭を叩くと……まるで巨大な鉄槌でも振り下ろされたかの様に ニホウの頭は潰れ、地面にめり込んでしまった。 続いて行われたのは、『サンポウ』による巨体を利用した押し潰し。 数百キロはあろうかというその重量は、並みの人間であれば床の染みに出来る程のものである。が 「じゃれ付くんじゃねぇ。いつまで赤ん坊のつもりでいやがんだ。怪物が」 尾弐の右腕一本により、その巨体は受け止められてしまった。 いや、それだけではない。尾弐が力を込めると、サンポウの巨体は中空に放り投げられ、 そのままその胴体を尾弐の拳により貫かれてしまったのである。 そして最後に、尾弐の背後から襲い掛かってきたのは頭部の再生をようやく果たした『シッポウ』のコトリバコ。 シッポウは、最初に奇襲を成功させたのと同じように尾弐の左側面へ向けてその巨大な拳を振るう。が 「不意打ちで首を落とせなかった時点で、お前さん達に勝ち目はねぇよ。諦めろ」 尾弐は、振るわれたその拳を右手で受け止めると、そのままシッポウの指を二本掴み――――骨ごと力任せに引き抜いてしまった。 ・・・ かくして尾弐の眼前に広がるのは、阿鼻叫喚。粘液に塗れ、苦痛にのた打ち回る3匹のコトリバコ達の光景。 先程までの愉悦の色は遥か遠く、恐怖と苦痛から逃れようともがき暴れる異形の赤子の姿は、いっそ哀れですらある。 ……だが、尾弐はそんなコトリバコ達を見ても眉ひとつ動かす事はなかった。 尾弐は、ただ淡々と。底の見えない闇の様な色の瞳で見据えながら口を開く。 「どんな理由があろうと、自分の意思で自分の望む通りに他人を殺した奴に救いなんてモンがあると思うな。 人を呪わば穴二つ……人を殺す事を楽しんじまったテメェらは、もう哀れな犠牲者じゃねぇ。 同情される事すら許されねぇ、立派な『コトリバコ』って名前の怪物なんだよ」 そうして尾弐は、必死に逃げようともがくコトリバコ……『シッポウ』のすぐ側まで近づくと、拳を振り上げ。 「だから――――テメェらみてぇな怪物の相手は、同じ怪物で十分だ」 その胴体へと右手を突き刺し……体内から小さな木箱を、無理矢理に取り出した。 http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/270
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