国立アイヌ民族博物館ウポポイ(民族共生象徴空間) (683レス)
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23: 2021/02/09(火)22:05:50.71 ID:L50gh5Qg0(18/31) AAS
【重要】

アイヌは日本列島の先住民

和人は朝鮮半島の先住民

です

>朝鮮における無文土器文化の担い手は日本語族に属する言語を話していたという説が複数の学者から提唱されている。[4][5][6][7][8]
>これらの説によれば現代の朝鮮語族に属する言語は満州南部から朝鮮北部にわたる地域で確立され、
>朝鮮語族の集団は南方へ拡大し、中部から南部に存在していた日本語族の集団に置き換わっていったとしている。
>またこの過程で南方へ追いやられる形となった日本語族の集団が弥生人の祖であるとされる。
>無文土器時代の開始は朝鮮における水稲作の開始時期とほぼ一致する。
>朝鮮に無文土器文化をもたらした人々はO1b2系統に属していたことが考えられる[1]。
省3
494: 2021/03/23(火)21:12:56.71 ID:IhYQDlJl0(1) AAS
「先史日本列島人に関する二三の骨学的考察」 山口敏(国立科学博物館)
doi: 外部リンク[343]:doi.org

北海道の縄文人とアイヌの関係について

日本列島の縄文時代人については、コロボックル説、アイヌ説、原日本人説などの諸説があいついで唱えられたが、筆者が人類学を学んだ1950年代には、縄文時代人は現代日本人の直系の祖先であり、アイヌとは似て非なるものであるとする長谷部言人の主張が圧倒的な影響力を誇っていた。

そのため、筆者が1959年に参加した稚内市宗谷オンコロマナイ貝塚の発掘で、続縄文時代の人骨数体にはじめて遭遇したとき、はなはだしく困惑した。アイヌ的な特徴 (眉間の隆起、狭い口蓋、動揺下顎、広く低い顔と眼窩、立体的な鼻根部、鉗子状咬合、扁平な四肢骨骨幹) と並んで、本州の縄文人の方に近い特徴 (中〜短型の脳頭蓋、著しい低顔型、ピラステルの発達した大腿骨) も見られたからである。

アイヌと縄文人を別系統とみる考え方に対してこのときに抱いた疑問は、その後、江別市坊主山遺跡や釧路市緑ヶ岡遺跡の縄文時代晩期人骨の発掘を経験するにつれて、ますます大きく膨らんだ。オンコロマナイ人の形態が決して道北部だけの例外的なものではなく、道央や道東部にも見られることが分かってきたからである。
省9
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