幕末剣豪強さ議論と雑談 (718レス)
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(4): 白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA 2010/02/10(水)01:32 AAS
>>23-25
小説たぁ、あんたの方が妄想じゃ。道場の竹刀曲芸と命を賭した実戦は
違うけんのう。物心ついた時から棒を持って蔵の見回りをする商人の子の
方が、軟弱なお役人の江戸期の職業武士階級より余程強いわ。
庶民の町方子息と武士の子息の喧嘩なら町方の連中が強かったけんのう。
野生動物を相手にしとる猪槍を持った武士原型の猟師や漁師相手に、
お役人の子倅の軟弱武士の子弟は勝てんわ。ああ今井信郎氏ねえ。
外部リンク[html]:irisio.seesaa.net
今井氏は、『「免許とか目録とか言う人たちを切るのは素人を切るより
はるかに容易、剣術などは倣わないほうが安全」とか言い切っている。』
省9
30
(4): 2010/02/11(木)00:33 AAS
今井の言葉のレトリックわからないって・・無学って哀れ。
あと当時の佐幕派の末裔のおかれた環境知らないでw

なんで西南戦争で農民や漁師からの徴兵が斬りこみにまるで対処できなかったのかねぇ。
強いんだろ、農民や漁師。
結局剣術の基本がある士族を編成して抜刀隊を突っ込んで田原坂突破。
現実はそんなもの。
31
(3): 2010/02/11(木)03:43 AAS
旧士族が西南戦争への参戦を散々申し出たけど当時の政府はこれを何度も断った。
旧士族、すなわち武人サムライの力に頼って戦争に勝ったのでは国民皆兵の近代軍システム
の否定になると山縣有朋らが考えたため。

しかし刀の扱いに慣れた反乱軍の斬りこみの被害は尋常でなく政府軍の平民出の
兵ではどうしようもなkった。
そこでついに旧士族を編成して抜刀隊を作り投入したが銃を持たせると軍となってしまい、
サムライが軍を破ったとなってまずいので抜刀隊には銃を持たせなかった。
あくまで警視として参戦、の名目をとったのである。銃なしに全線に送られた
抜刀隊は成果も大きかったがまた被害も大きかった。
そしてこの戦いで剣術に精通した人間の白兵戦での威力を認めざるを得なくなり以後
省1
32
(3): 2010/02/11(木)12:29 AAS
やっぱ強そうだな、侍が剣振るったら農民や行業ややくざ兵は何もできなかったのか。
33
(3): 白馬青牛 ◆B3h9hvY9bA 2010/02/11(木)14:53 AAS
>>30-31及び>>32
つまらんレトリック使いよるんは、あんたじゃ。
西南戦争で薩摩軍の抜刀攻撃に潰走したんは緒戦の頃で、
その後は円陣をつくって速射したり、なお近づく者には銃剣で
刺突したよ。鎮台兵は志願兵じゃないし、徴兵制初期の頃は
無理矢理徴発された意識から士気が欠けとったが、戦闘馴れし、
戦闘の愉しさもわかってくると、一人前の兵隊になるけんのう。
ほいで、幕末戊辰戦争で志願した庶民兵は、士気があるだけ緒戦から
強かったのう。我が広島県の神機隊は、相馬方面の戦争でも
最強じゃった。
省5
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