[過去ログ] 【社会】日本で広がる「JKカフェ」 暗い側面©2ch.net (647レス)
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(1): 名無しさん@1周年 2016/02/01(月)22:52 ID:TG23W/5F0(145/145) AAS
太宰治の情死相手も人気カフェ女給で
女給っていうのは娼婦の表向きの職名だったらしいから
時代は一回転して大正ロマンやモボモガの時代に
もどっているのかもね。

ホステスっていうのも元は店に入り浸って客引く
娼婦だったっていう話じゃないか
その女目当てに男の客が来るんで店側がタダ飯ただ酒
あてがって店に常にいるように客寄せパンダにさせたんだと。

ところが関東連合がこれとまったく同じことをやって
無許可ホスト業で逮捕されてた。時代は回ってるわ。
433: 名無しさん@1周年 2016/02/01(月)23:00 ID:VCvp2tcG0(2/5) AAS
>>432
そもそもメイド喫茶のビラ配りを売春だってでっち上げてた連中とそのお仲間の朝鮮系左翼の仕掛けてるネタだから、
鵜呑みにすんのは如何なもんかと思うけどね。
やってて極極一部の朝鮮系っていういつものお約束のオチが来るだろう事は想像に難くない。
434: 名無しのリバタリアン 2016/02/01(月)23:00 ID:QltVkoJ40(1/38) AAS
>>1
子供達は人間である、そして人間としての全ての権利を持つ。

我々は政府に子供を補導して保護したり、児童労働を禁止したり、義務教育を負わせる事などによって、子供達が彼ら自身の選択に従って
働いたり学んだりする自由を侵害する権限を授ける全ての法律に反対する。

我々があらゆるその他の人工的に定義された人間の下位分類に向けられた政府の差別に反対する様に、
我々は全ての法的に作り出されるか是認される子供達の差別や優遇に反対する。

我々はまた夜間外出、喫煙、飲酒、その他の成人なら犯罪と考えられない子供の行為を禁止する全ての法律の廃止を支持する。

我々は更に少年法や少年裁判所制度を廃止し、子供達に彼らの犯罪の完全な責任を負わせる事を支持する。
省3
435: 名無しさん@1周年 2016/02/01(月)23:00 ID:IXI5b3imO携(1) AAS
アメリカが原爆落として街ごと蒸発させる
今も昔もジャップ退治にはこれが一番
436: 名無しのリバタリアン 2016/02/01(月)23:00 ID:QltVkoJ40(2/38) AAS
>>1
自発的に性的な行為に参加する子供達は、例えそれが私達にとって個人的に不快であるとしても、そうする権利を持ちます。
若干の子供達は若干の大人達が喫煙や飲酒し過ぎるのと同じように、お粗末な選択を行うでしょう。このような事は人生の一部です。
私達が児童ポルノを違法化する時、子供出演者に支払われる価格は上昇し、親達が子供達の意に反して彼らを使用する為の誘因は増加します。

メアリー・ルワート、Libertarian Short Answers to the Tough Questions.
メアリー・ルワートは合衆国リバタリアン党の政治家、倫理学者、博士研究員である。
彼女は長年に渡って合衆国リバタリアン党の全米代表委員会のメンバーである。
987312
437: 名無しのリバタリアン 2016/02/01(月)23:00 ID:QltVkoJ40(3/38) AAS
>>1
一体なぜ子供達は彼ら自身の性的選択を決定する権利を認められるべきではないのだろうか?
客観的に言って、一体なぜ性的選択は彼ら自身の家族の一員との関係を含めるべきではないのだろうか?
合理的に言えば、一体なぜ彼らが選択したいと思うや否や子供達は自由意思に基づく
取引から得られる人生の果実の全てを享受すべきではないのだろうか?
全ての人が子供の性行為や近親相姦から不快感を被ると考える合理的な理由は存在しない。

リチャード・スローマン、Children’s Rights and Incest Decriminalization.
リチャード・スローマンは合衆国リバタリアン党の政治家、作家である。
彼は合衆国リバタリアン党廃止主義者幹部会の議長であり、指導的なリバタリアン活動家の一人である。
9875421
438: 名無しのリバタリアン 2016/02/01(月)23:01 ID:QltVkoJ40(4/38) AAS
>>1
誰が本物の犯罪者なのか?自由、犯罪、奴隷制の正しい哲学的定義:

”自由”とはある個人の彼自身の身体と彼の正当な物質的財産の所有権が侵害されていない状態である。
別の人の財産を盗む人は別の人の頭を殴る人が行う様に被害者の”自由”を侵害し制限している。
”自由”と無制限の所有権は同一歩調を取る。
他方で、..."犯罪"とはある人の身体や物質的な財産の所有権に対する侵略の行為である、
犯罪は暴力の使用による、ある人の財産に対する、そしてそれ故に彼の自由に対する侵害である。
"奴隷制"(自由の反対)は奴隷が自己所有権を少ししか持たないか全く持たない状態である、
彼の身体及び彼の生産物は暴力の使用によって彼の主人により系統的に搾取されている。

マレー・ロスバード、For a New Liberty.
省3
439: 名無しのリバタリアン 2016/02/01(月)23:01 ID:QltVkoJ40(5/38) AAS
>>1
児ポ法/未成年者誘拐罪支持者による子供の利益の主張を完全論駁する際に役立つ引用:

支払われた価格(引き受けられた費用)の価値と達成された目標の価値との差を利益と呼ぶ。この根源的な意味において、利益は純粋に主観的である。
それは行動する人間の幸福の増加である、それは測定される事も計量される事も出来ない心理的現象である。
感じられる不安の除去には程度が存在するが、ある満足がどのぐらい別の満足を上回っているのかは感じられる事しか出来ない、
それは客観的な方法で確定される事も決定される事も出来ない。価値判断は測定をしない、それは程度の尺度で並べ、順位付ける。
それは選好の序列と順序を表しているが、測定と計量を表さない。それには序数しか用いる事は出来ず、基数は使えない。

いかなる価値の計算について話す事も無駄である。計算は基数においてだけ可能である。二つの状態の価値評価の間の差は完全に心理的で個人的である。
それは外部世界へ投影出来ない。それは個人により感じられる事しか出来ない。それはその他の人に伝えたり、教えたりする事は出来ない。

ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス、Human Action.
省3
440: 名無しのリバタリアン 2016/02/01(月)23:01 ID:QltVkoJ40(6/38) AAS
>>1
誰が本物の子供の搾取者なのか?:

強制的な干渉は強制される個人または集団が干渉者によって強制されている事を自発的に行う事はないと言う事を意味する。
ある事を述べる様に、または述べない様に強制される人、または干渉者や第三者と交換する様に、或いはしない様に強制される人は
暴力の脅迫によって彼の行為を変えさせられたのである。それ故に強制される人は干渉の結果として常に効用を減少させられる。...
経済科学の発展以前、人々は交換と市場を他方の犠牲で一方が利益を得る物と考える傾向があった。...経済学はこれが誤りであると示した。
なぜなら市場では交換する両方の当事者が利益を得るからである。それ故に、「市場では搾取等という物は有り得ない」。
しかし利益の固有の対立の命題は暴力を行使する国家やその他の何者かが市場に干渉する時は常に真実である。
なぜならその時、「干渉者は効用を失う被干渉者の犠牲で利益を得る」からである。

マレー・ロスバード、Man,Economy,and State.
省3
441: 名無しのリバタリアン 2016/02/01(月)23:02 ID:QltVkoJ40(7/38) AAS
>>1
子供は後悔する可能性があるので彼らの自由を奪われるべきであると言う児ポ法/未成年者誘拐罪の支持者の人間行動学的不条理を理解する為に:

人間行動の存在から導き出される別の根本的な意味合いは将来の不確実性である。
これはその反対は完全に行動の可能性を否定するので必ず真である。
もし人が将来の出来事を完全に知っているならば、彼は決して行為しないだろう。
なぜなら彼のどんな行動もその状況を変える事は出来ないからである。
従って、行動の事実は行為者にとって将来は不確実であると言う事を意味する。
この将来の出来事に関する不確実性は二つの基本的な源泉から生じる、
つまり、人間の選択行為の予測不可能性、そして自然現象に関する知識の不十分さである。
人は全ての自然現象の将来の進行を予測できるほど十分に自然現象を理解していない、
省11
442: 名無しのリバタリアン 2016/02/01(月)23:02 ID:QltVkoJ40(8/38) AAS
>>1
Q.子供は知識や経験が不足しており判断力が未熟であるので、後悔する可能性がある行為から保護されるべきではありませんか?
A.リバタリアンにとっては常識的であるがあまり深く物事を考える習慣のない人々にとっては
知られていない一つの哲学的な真実は 全ての人間行為者にとって将来は不確実であると言う事です。
これは主に人が自由意思を持つと言う事実、そして人は外部の全ての自然現象を把握して
予測し切れる程の能力を持っていないと言う事実に基づいています。
そしてある人が過去の何らかの行為に後悔するかどうかは根本的に将来、彼が採用する価値観に依存します。
そして人間は自由意思を持つと言う事実は どんな知識や経験も彼の価値観を絶対的に決定する事は
出来ないと言う事を意味します。
人は将来の彼自身の考えや価値評価に関して確実に知る事は出来ないと言う事は人間の一般的な性質です。
省5
443: 名無しのリバタリアン 2016/02/01(月)23:03 ID:QltVkoJ40(9/38) AAS
>>1
そして更に自由意思の事実はその他の人間の選択する行為を確実に予測する事は絶対的に不可能であると言う事を意味します。
そして人間は彼の外部の自然現象を把握し予測し切れる程の能力を持っていません。
自然災害、病気、意図的な犯罪、不注意による事故等により彼らの希望を絶たれている多くの子供達が存在します。
家庭環境や学校教育等、子供達の保護と健全な育成と称して押し付けられている環境その物を苦にして
自殺している子供達が存在します。
人は将来の彼自身及び彼を取り巻く他人や自然環境の状況を確実に知る事は出来ないので何らかの行為を行うにせよ、
或いは行わないにせよ、後悔する可能性は絶えず存在します。
子供達自身の選択の自由を奪い、親や政府の等しく不確実な判断を押し付けたところで、
子供の将来がより良い状態になると言う保障は何処にも存在しません。
省1
444: 名無しのリバタリアン 2016/02/01(月)23:03 ID:QltVkoJ40(10/38) AAS
>>1
また親や政府は子供自身の主観的感情的な幸福、利益に関する直接的なテストを持ちません。
彼らが子供の保護と称して押し付けている事は彼らと異なる感性を持つ一部の子供にとって
耐え難い苦痛を伴う地獄の様な奴隷状態であるかもしれません。
実際、子供達の自殺理由の大部分は自称子供の保護活動家達が熱心に 有害であると批判する行為ではなく、
むしろ彼らによって健全な物として押し付けられている家庭環境や学校教育によって生じています。
子供達を奴隷化する事によって彼らを保護する事が出来ると考える事は単なる愚か者の自惚れに過ぎません。
子供達の人生は子供達の物です、彼ら自身の幸福を彼ら自身の選択した方法で探し求める自由を
子供達から奪う事は許されません、 それは子供達に対する本物の搾取であり虐待です。
9874312
445: 名無しのリバタリアン 2016/02/01(月)23:03 ID:QltVkoJ40(11/38) AAS
>>1
誰が真に有益な本物の教育を受け取る機会を子供達から奪っているのか?:

教育は一生続く学習過程である、そして学習は学校だけでなく人生の全領域で行われる。
子供が遊ぶか、親や友達に聞くか、新聞を読むか、仕事で働く時、彼や彼女は教育を受けている。
形式的な学校教育は教育過程の僅かな部分に過ぎない、そして本当は形式的な教育の科目、
特に高度で体系的な科目の為に適切であるに過ぎない。
基本的な科目、読み書き計算、そしてその結果は家や学校の外側で容易に学ばれる事が出来る。

更に、人類の偉大な栄光の一つはその多様性、それぞれの個人はユニークな能力、関心、
そして才能を持つユニークな存在であると言う事実である。
この領域に能力も関心も持たない子供達に形式的な学校教育を押し付ける事は
省5
446: 名無しのリバタリアン 2016/02/01(月)23:04 ID:QltVkoJ40(12/38) AAS
>>1
少なくとも千年以上に渡って、日本人は集団カルトの中で最も純粋な利他主義を教えられている。
"自分が望む様に生きる為の権利のアイディアは日本人の精神の中に入る事は出来ない。...
そこでは人の時間や努力は排他的に彼自身のものと考えられる事はない。
彼が生きる権利は集団に仕える彼の意志に依存している。...
個人は集団の為に完全に犠牲にされる。...集団内の全てのメンバーは
彼の仲間のメンバーの行動を注意深く監視しなければならない。...
クラス活動、集団の利益、社会的影響は最重要になる。
そして生徒達が洗脳される支配的な哲学はいかなる普遍的或いは
永久的な道徳的価値や基準も存在しないとする"道具主義"の哲学である。
省13
447: 名無しのリバタリアン 2016/02/01(月)23:04 ID:QltVkoJ40(13/38) AAS
>>1
我々は皆我々自身と我々の周りの全ての事を知らない世界に生まれる。我々の性質の基本的な法により、
我々は皆、幸福に対する欲求と苦痛に対する不安により絶えず駆り立てられている。
しかし我々は我々に幸福を与え、そして苦痛から我々を救う事に関して、学ぶ為の全ての物を持つ。
我々のうち二人として肉体的、精神的、或いは感情的に、或いは結果として幸福の獲得と不幸の回避の為の肉体的、
精神的或いは感情的必要条件において全く同じ人は居ない。
それ故に、我々の誰も別の人の為の幸福と不幸、有徳と悪徳に関するこの欠く事のできないレッスンを学ぶ事が出来る者は居ない。
それぞれの人は彼自身の為にそれを学ばなければならない。
それを学ぶ為には、彼は必ずそれら自身を彼の判断に委ねる全ての実験を試みる為に自由でなければならない。
彼の実験の幾つかは成功し、そしてそれらは成功したと言う理由で有徳と呼ばれる、その他は失敗し、
省9
448: 名無しさん@1周年 2016/02/01(月)23:04 ID:VCvp2tcG0(3/5) AAS
ログ流しが湧いてんのかw
449: 名無しのリバタリアン 2016/02/01(月)23:04 ID:QltVkoJ40(14/38) AAS
>>1
ある人は彼自身にとって極めて重要な問題に関して、そしてその他の誰も彼の様に利益を持たないか、
持つ事が出来ない事に関して誰かの言葉を受け入れるか、誰かの権威に屈する義務はない。
もし彼がそうするとしても、彼はその他の人々の意見は同意出来ないとわかるので、
その他の人々の意見に安全に依拠する事は出来ない。

...有徳や悪徳の問題は殆どの場合に何らかの単独の行為それ自体の本質的な特徴の問題ではなく、
程度の、つまり、ある行動が行われるべき範囲の問題である。
有徳と悪徳の問題はそれ故に、地球に住む様々な個人の精神、身体、状況の多様さと同じぐらい様々で、
それどころか無限である。そして長年の経験はこれらの問題の無数を未解決のままにしている。
それどころか、それらのいずれも解決していると言われる事は殆ど出来ない。
省14
450: 名無しのリバタリアン 2016/02/01(月)23:04 ID:QltVkoJ40(15/38) AAS
>>1
要するに、全ての子供は彼が生まれてそれ故にもはや彼の母親の身体内部に含まれなくなるや否や独立した存在であり、
可能的な成人であると言う理由で自己所有権を所有すると言う事になる。
それ故に親が彼を不具にして、拷問して殺す事により彼の身体に対して侵略を仕掛ける事は必ず不正であり侵害である。
他方で、"権利"の概念自体は誰も適切に干渉する事が出来ない個人の行動の領域を定める"消極的な"ものである。
それ故に誰も積極的な行動を行う様に誰かを強いる"権利"を持つ事は出来ない、
その場合にはその強制は、強制されている個人の身体や財産の権利を侵害する。
こうして、我々はある人は彼の財産に対する権利(言い換えれば、彼の財産が侵害されない権利)を持つと述べる事が出来るが、
我々は誰かは"生存賃金"に対する"権利"を持つと述べる事は出来ない、
それは誰かがこのような賃金を彼に提供する様に強いられると言う事を意味する、
省8
451: 名無しのリバタリアン 2016/02/01(月)23:05 ID:QltVkoJ40(16/38) AAS
>>1
彼の年齢に関わらず、我々は逃げ出す為の、そして彼を自由意志に基づいて受け入れる
新しい養親を見つける為の、或いは彼自身で自立して生きていく事を試みる為の
絶対的な権利を全ての子供に認めなければならない。

親達は子供が帰ってくる様に説得する事を試みる事が出来るが、彼らを連れ戻す為に暴力を用いる事は全く容認し得ない子供達の奴隷化であり
彼らの自己所有権の侵害である。

マレー・ロスバード、The Ethics of Liberty.
マレー・ロスバードは20世紀のアメリカ合衆国における代表的な自然法哲学者、経済学者、歴史学者である。
彼はリバタリアン運動の中心的な指導者の一人であり、20世紀で最も偉大なリバタリアン理論家、ミスター・リバタリアンとも呼ばれる。
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