[過去ログ] 【千葉】中学一年生(12歳)とみだらな行為をしたとして第2高射特科群の鈴木祐太陸士長(21歳)を、停職6日の懲戒処分 (856レス)
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350(2): 名無しのリバタリアン(英米系保守派) ◆btbySV.kFFb1 2018/02/17(土)08:06 ID:6WvOVbd20(1/53) AAS
12歳だと法定強姦規定に引っかかる筈なんだが強姦罪ではなく条例違反なのが謎。
352: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:07 ID:6WvOVbd20(2/53) AAS
>>1
男と女は権利においては平等であるが、能力や役割においては平等に作られていない。
男性は女子供を養い教え導く役割を果たす様に作られている。
女性は男性の性欲に奉仕し子供を産み育てる役割を果たす様に作られている。
女は男の真似をして外で働く必要はない。女は子供を産んで家で赤子と戯れていれば良い。
性的役割を否定し、男と女を能力や役割において平等なものとして扱おう等と言う男女平等主義は自然の法に反しており、
必ず破滅的な結果を引き起こす。
省3
354: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:08 ID:6WvOVbd20(3/53) AAS
>>1
男女の自然的な性的役割を否定し、女性を男性と同じものとして扱おうなどという
男女平等主義カルトの目論見は自然の法に反しており、もしそれが完全に実行されたならば、
人類社会は瞬く間に滅びることになります。
義務的な学校教育と若い女性の強制的な社会進出は未婚化晩婚化とそれに伴う少子高齢化を引き起こし、
将来の労働力の減少を招きます。
それはまた男性の労働意欲を失わせ、真面目に働く代わりにレイプなどの性犯罪や暴力犯罪に
走る事を選ばせる傾向を促進し、再びこれは労働力のさらなる減少と提供される労働の質の低下を招くことになります。
結果として生産される財やサービスの品質は低下し価格は高騰していきます。
少子高齢化と犯罪の増加は社会保障費用の増大を招き、税金の負担は社会のすべての人に重く伸し掛かります。
省8
356: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:10 ID:6WvOVbd20(4/53) AAS
>>1
児童ポルノ法カルトは従来ロリコンは知的障害者で女に相手にされない無職引き篭もりニートである等と誹謗してきた。
しかし児童ポルノ法で逮捕される人が増えるにつれ、児童ポルノ法カルトの主張する従来のロリコン像が全く誤っており、
多くは普通かそれ以上の社会的に重要な職業に就いていて家庭や子供を持つごく普通の男性である事が明らかになってきた。
この事例を含め、児童ポルノ法や淫行条例、未成年者誘拐罪などによって、これまでに数万人以上の男性と
彼らの家族の人生が破壊されている。
もし児童ポルノ法や未成年者誘拐罪等を廃止しないなら、
社会がもはや児童ポルノ法や未成年者誘拐罪などの執行を維持できなくなるまでに更に
数十万から数百万人の男性と彼らの家族の人生が破壊される事になるだろう。
犯罪国家の不正な法律ではなく、自らの良心に従いなさい。
省6
365: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:14 ID:6WvOVbd20(5/53) AAS
>>1
児ポ法、未成年者誘拐罪、淫行条例、監護者性交罪等の支持者はしばしば、子供は知識や経験、判断能力が不足しており、
児童婚や児童ポルノの出演、売春等によって不幸になる可能性があると主張する。
しかしながら、人は常に将来の自分自身の状態を予測する為の知識と能力の不足から様々な失敗を犯し、
予測不可能な事件や事故に遭遇し、絶えず不幸に陥る可能性に晒されている。
児童ポルノ法や未成年者誘拐罪等の干渉主義政策によって選択の自由を暴力的に奪われ、
その結果として、彼の人生を強制的に歪められた多くの子供達が
親の虐待や奴隷状態、学校でのいじめや学業への適性等を苦に自殺し、
予測不可能な災害や事故、犯罪に遭い、病気や怪我により命を落とし、
あるいは一生に渡る後遺症を背負っている。
省8
370: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:19 ID:6WvOVbd20(6/53) AAS
>>1
人間の権利の概念は全ての人間は同一の権利を享受すると言う事を含意している。
しかしもし親が子供を支配し奴隷化する権利を持つならば、その時は全ての人間は同一の権利を享受する事は出来ない。
従って、親の監護権などと言うものは人間の権利として存在する事は出来ない。
児ポ法・未成年者誘拐罪等の支持者は子供達は知識や経験、判断力が不足しており、
それ故に、自己決定能力を持たないので、人間ではなく、人間の権利を享受しないと主張する事によって
この明白な概念的矛盾を逃れようとする。
しかしながら、この主張は人が自由意思を持つと言う本源的事実と両立しない。
人の行動及び意思決定は彼自身の個性に基づいており、その他のいかなる外部の原因によっても決定される事は無い。
何を基準に不足或いは十分と判断するのかについての線引きの恣意性と主観性の問題を脇に置いて、
省34
371: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:23 ID:6WvOVbd20(7/53) AAS
結局、13歳未満は法定強姦規定で強姦扱いになるはずだが、
警察自身もこれが強姦になるのはおかしいだろと感じざるをえずに
一番軽い条例違反容疑で起訴されて罰金で終わりになったと。
372: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:24 ID:6WvOVbd20(8/53) AAS
>>1
なぜ児童ポルノ法や未成年者誘拐罪の支持者は恣意的な定義や思い込みを繰り返し、言葉遊びに興じる事を選ぶのだろうか?
彼らの話を聞いていると、彼らの主張の根底には現実世界の全てを自らの精神が作り出した空虚な観念、
幻想と解釈し、どのような法や概念も自分で作り出し変化させる事が出来るに違いないなどと言う
虚無主義的な考えが有る事がわかる。
児童ポルノ法や未成年者誘拐罪の支持者はこのような物自体の本質を否定する虚無主義的な態度を根底に持っているので、
同意の上の性行為は搾取や暴力であり、同意の上で家に泊める事は誘拐である、そして暴力的な奴隷化は保護であり、
暴力により子供達の自由や権利を奪う事により彼らを保護しているなどと物事の本質的な意味と正反対の意味を
概念に貼り付ける事により言葉遊びに興じる。
彼らは初潮を迎え性的に成熟した子供と性的関係を持つ男性に何か悪い所が有るかのように批判しているけれど、
省10
373: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:24 ID:6WvOVbd20(9/53) AAS
>>1
リバタリアンの主張は伝統的な自然法哲学に沿ったものであり、
世界的に著名な自然法哲学者や経済学者の主張を準用した
人間本性から理性により論理必然的に導き出される結論に過ぎない。
そこに目新しいものは何もありはしない。
全ての人間は生まれながらにして自由かつ平等であり、彼自身の身体や財産を支配する為の
等しい権利を持つ。誰もその他の人間の身体や財産を支配する権利を持たない。
それが父親かどうかに関わらず、男性と少女達の自由意思に基づく同意の上の性的関係を暴力により妨害する事は
男性や少女の彼ら自身の身体や財産を支配する事への自然的な権利を侵害する。
いかなる人間の立法も、それが自然の法に反するならば効力を持たない。
省8
374: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:25 ID:6WvOVbd20(10/53) AAS
>>1
児童ポルノ法/未成年者誘拐罪等の支持者は彼ら自身の主張に責任を持つべきではないだろうか?
つまり、彼らが保護と称する暴力的な干渉の結果として、多くの子供達が虐待から逃げられずに殺されたり
予測不可能な事故や災害等で死亡したり学校のいじめや親の奴隷状態を苦に自殺している事に対して
責任を取って自害するべきではないだろうか?なぜ彼らは責任を取らないのか?
ある人が彼自身で選択した結果は彼自身に責任がある。
しかしその他の人間に暴力的に強制された結果は強制した人間に責任があるのではありませんか?
子供達は児童ポルノ法や未成年者誘拐罪等の干渉主義政策によって選択の自由を暴力的に奪われ、
その結果として、彼の人生を強制的に歪められた多くの子供達が死に追いやられ、或いは一生に渡り苦しんでいる。
従って、子供達の死と苦痛の責任は全て児童ポルノ法・未成年者誘拐罪等の支持者にある。
省7
376: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:27 ID:6WvOVbd20(11/53) AAS
現場レベルで法定強姦規定での起訴を見送ったこの事例の意義は大きいだろう
377: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:27 ID:6WvOVbd20(12/53) AAS
>>1
子供達は人間である、そして人間としての全ての権利を持つ。
我々は政府に子供を補導して保護したり、児童労働を禁止したり、義務教育を負わせる事などによって、
子供達が彼ら自身の選択に従って働いたり学んだりする自由を侵害する権限を授ける全ての法律に反対する。
我々があらゆるその他の人工的に定義された人間の下位分類に向けられた政府の差別に反対する様に、
我々は全ての法的に作り出されるか是認される子供達の差別や優遇に反対する。
我々はまた夜間外出、喫煙、飲酒、その他の成人なら犯罪と考えられない子供の行為を禁止する全ての法律の廃止を支持する。
我々は更に少年法や少年裁判所制度を廃止し、子供達に彼らの犯罪の完全な責任を負わせる事を支持する。
省17
379: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:29 ID:6WvOVbd20(13/53) AAS
>>1
誰が本物の犯罪者なのか?自由、犯罪、奴隷制の正しい哲学的定義:
”自由”とはある個人の彼自身の身体と彼の正当な物質的財産の所有権が侵害されていない状態である。
別の人の財産を盗む人は別の人の頭を殴る人が行う様に被害者の”自由”を侵害し制限している。
”自由”と無制限の所有権は同一歩調を取る。
他方で、..."犯罪"とはある人の身体や物質的な財産の所有権に対する侵略の行為である、
犯罪は暴力の使用による、ある人の財産に対する、そしてそれ故に彼の自由に対する侵害である。
"奴隷制"(自由の反対)は奴隷が自己所有権を少ししか持たないか全く持たない状態である、
彼の身体及び彼の生産物は暴力の使用によって彼の主人により系統的に搾取されている。
マレー・ロスバード、For a New Liberty.
省22
382: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:32 ID:6WvOVbd20(14/53) AAS
思考停止した警察のような悪党でも法定強姦規定で21歳の将来有望な若者の人生を台無しにする事に
違和感と良心の呵責を感じちゃったんだろうな笑い
384: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:33 ID:6WvOVbd20(15/53) AAS
>>1
児ポ法/未成年者誘拐罪支持者などによる子供の利益の主張を完全論駁する際に役立つ引用:
支払われた価格(引き受けられた費用)の価値と達成された目標の価値との差を利益と呼ぶ。この根源的な意味において、利益は純粋に主観的である。
それは行動する人間の幸福の増加である、それは測定される事も計量される事も出来ない心理的現象である。
感じられる不安の除去には程度が存在するが、ある満足がどのぐらい別の満足を上回っているのかは感じられる事しか出来ない、
それは客観的な方法で確定される事も決定される事も出来ない。価値判断は測定をしない、それは程度の尺度で並べ、順位付ける。
それは選好の序列と順序を表しているが、測定と計量を表さない。それには序数しか用いる事は出来ず、基数は使えない。
いかなる価値の計算について話す事も無駄である。計算は基数においてだけ可能である。二つの状態の価値評価の間の差は完全に心理的で個人的である。
それは外部世界へ投影出来ない。それは個人により感じられる事しか出来ない。それはその他の人に伝えたり、教えたりする事は出来ない。
ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス、Human Action.
省27
385: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:33 ID:6WvOVbd20(16/53) AAS
>>1
ある人は彼自身にとって極めて重要な問題に関して、そしてその他の誰も彼の様に利益を持たないか、
持つ事が出来ない事に関して誰かの言葉を受け入れるか、誰かの権威に屈する義務はない。
もし彼がそうするとしても、彼はその他の人々の意見は同意出来ないとわかるので、
その他の人々の意見に安全に依拠する事は出来ない。
...有徳や悪徳の問題は殆どの場合に何らかの単独の行為それ自体の本質的な特徴の問題ではなく、
程度の、つまり、ある行動が行われるべき範囲の問題である。
有徳と悪徳の問題はそれ故に、地球に住む様々な個人の精神、身体、状況の多様さと同じぐらい様々で、
それどころか無限である。そして長年の経験はこれらの問題の無数を未解決のままにしている。
それどころか、それらのいずれも解決していると言われる事は殆ど出来ない。
省26
388: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:34 ID:6WvOVbd20(17/53) AAS
>>1
子供は後悔する可能性があるので彼らの自由を奪われるべきである等と言う児ポ法/未成年者誘拐罪の支持者の致命的な自惚れを理解する為に:
人間行動の存在から導き出される別の根本的な意味合いは将来の不確実性である。
これはその反対は完全に行動の可能性を否定するので必ず真である。
もし人が将来の出来事を完全に知っているならば、彼は決して行為しないだろう。
なぜなら彼のどんな行動もその状況を変える事は出来ないからである。
従って、行動の事実は行為者にとって将来は不確実であると言う事を意味する。
この将来の出来事に関する不確実性は二つの基本的な源泉から生じる、
つまり、人間の選択行為の予測不可能性、そして自然現象に関する知識の不十分さである。
人は全ての自然現象の将来の進行を予測できるほど十分に自然現象を理解していない、
省33
389: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:34 ID:6WvOVbd20(18/53) AAS
>>1
誰が真に有益な本物の教育を受け取る機会を子供達から奪っているのか?:
教育は一生続く学習過程である、そして学習は学校だけでなく人生の全領域で行われる。
子供が遊ぶか、親や友達に聞くか、新聞を読むか、仕事で働く時、彼や彼女は教育を受けている。
形式的な学校教育は教育過程の僅かな部分に過ぎない、そして本当は形式的な教育の科目、
特に高度で体系的な科目の為に適切であるに過ぎない。
基本的な科目、読み書き計算、そしてその結果は家や学校の外側で容易に学ばれる事が出来る。
更に、人類の偉大な栄光の一つはその多様性、それぞれの個人はユニークな能力、関心、
そして才能を持つユニークな存在であると言う事実である。
この領域に能力も関心も持たない子供達に形式的な学校教育を押し付ける事は
省18
390: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:35 ID:6WvOVbd20(19/53) AAS
>>1
現代の豊かな先進国の経済条件においてしか維持できない児童福祉政策を子供の権利などと主張する児ポ法カルトの不条理に関して:
"権利"とは哲学的に言って、人間と実在の性質に深く組み込まれている物、どんな時にも全ての時代において保護され、
維持される事が出来る様な物でなければならない。自分の生命と財産を守る、自己所有の"権利"は明らかにその種の権利である、
それはネアンデルタール人にも近代のカルカッタにおいても現代の合衆国においても適用されることが出来る。
このような権利は時代や場所と無関係である。
しかし"仕事への権利"や"一日三度の食事"への権利や"12年の学校教育"への権利は同様に保障される事は出来ない。
ネアンデルタール人の時代や近代のカルカッタにおいて存在出来なかった様に、このような権利は存在出来ないと考えられないだろうか?
現代の産業的な条件においてだけ満たされる事が出来る物として"権利"を話すことは少しも人間の自然的権利について話すことではない。
マレー・ロスバード、For a New Liberty.
省21
392: 名無しさん@1周年 2018/02/17(土)08:35 ID:6WvOVbd20(20/53) AAS
>>1
もし平等な自由の法が大人にだけ適用されるならば、つまり、人は権利を持つが、子供は権利を持たないと主張されるならば、
我々は直ちに次の質問に遭遇する事になる、つまり、子供はいつ人になるのですか?
一体どんな時期に人間は権利を持たない状態から抜け出し、権利を持つ状態に入るのですか?
返答として制定法の恣意的な宣言を引用するほどの愚かさを持つ者は存在しないだろう。
その質問は制定法を超える根拠に対してである、つまり、平等な自由の法による承認は
どんな大人の属性に依存するのかについての説明の要求である。
若者は彼の声の高さが1オクターブ下がった時に人間としての権利を認められるべきだろうか?
或いは、彼が髭を剃り始めた時か?或いは彼が成長をやめた時か?
或いは、彼が100キロの重さを持ち上げる事が出来る様になった時か?
省14
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