[過去ログ] 坐禅と見性第114章馬が田に入り、牛が田に入り、早乙女が田植えする [無断転載禁止]©2ch.net (1002レス)
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114: Ann 2017/01/08(日)02:33 ID:Igrq1HLI(23/28) AAS
これについては萬松老人の垂示がおおいに参考になる。

「寸糸を掛けざる底正に是れ裸行外道。粒米を嚼まざる底の漢、断めて焦面の鬼王。

直饒ひ聖処に生を受くるも未だ竿頭の険堕を免れず。還つて羞を掩ふ処有りや」と。

向上に腰をすえるものは、寸糸も身につけず。凡夫迷情のとれた立派な境界だけれども、

そこをよい境界だと腰をおろすようでは裸行外道であり、仏法では許されないということだ。

一粒の米をもくわぬという飢餓を絶したところは実に凡夫の生活を離れているようだが、

それでは物の則となることはできない鬼王の一種だというのである。

また、たとえ修して証りを得て、百尺竿頭に登っても、さらにその証りの位を離れ、

悟の臭味を取らなければ、十方法界、すなわち社会で活動はできない。

だからそれは恥ずべきことだという考えをおこして、そこからさらに一歩を進める分がなければならない

という垂示である。参禅の士はさらに一歩を進め、百尺断崖に落ちて喪身失命しなくてはいけない。

これが大死一番というので、この大死から再び蘇生してこなくてはならない。

これを大活現成とか、向下の一路とも、却来の消息とも言って、大悟見性の妙用である。
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