[過去ログ] 中央大学長距離ブロックを応援するスレpart347 (1002レス)
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(2): (オッペケ Srdf-5bAI [126.236.136.31]) 2023/02/21(火)09:45 ID:DFN2Xsm7r(1/3) AAS
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楽しく使ってね(´・ω・`)
仲良く使ってね(´・ω・`)

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中央大学長距離ブロックを応援するスレpart346
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継続スレ立ての際は、本文一行目に
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(「」は除く)
省20
983: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:08 ID:Xf8qBJ2M0(8/25) AAS
去年あたりから新劇研究会のメンバーになると、家の暮し向きなどはおかまいなしで、いつも損をする公演の手伝いなどに、うき身をやつしているのだった。
 だから、新子が今年の初めから母を助けて家計を切り盛りし、月々幾何いくら幾何と、定めておいても圭子も美和子も、ムダな浪費をする習慣がなかなか止まず、本好きの姉は、この頃為替かわせ相場の関係でめっきり高くなった洋書を、買ったりするのである。
「二十三円五十銭、こまるわね。お母さまが、この頃愚痴っぽくなったのも、無理はないのよ。お姉さま、家に今お金いくらあると思っていらっしゃるの?」新子は、ビルを手にしながら、金銭というものの脅威が、しみじみ身に迫るのを覚えながらいった。
「おやおや、貴女まで愚痴っぽくなったのね。だって、これ二月ふたつき分よ、私もっと買いたい本があるのを辛抱しているんですもの。その代り、私着物なんか一枚だって買わないじゃないの?」もう、姉は少し中腹ちゅうっぱららしかった。
 初めての愛児として、両親の全盛時代に、甘やかされて育った
984: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:08 ID:Xf8qBJ2M0(9/25) AAS
「おやおや、貴女まで愚痴っぽくなったのね。だって、これ二月ふたつき分よ、私もっと買いたい本があるのを辛抱しているんですもの。その代り、私着物なんか一枚だって買わないじゃないの?」もう、姉は少し中腹ちゅうっぱららしかった。
 初めての愛児として、両親の全盛時代に、甘やかされて育った姉は、生活ということに対しては、全然考えようともしないらしく、てんで話にならなかった。
 こんな機会に、もっと真面目に、根本的に姉に話してみようかと新子が考え出したとき、階下から母親が高い声で、
「新子さん。ちょっと階下したへ来て下さいな。」と叫んだ。
「はい。」と、新子は返事をした。
 一家中、何かにつけて、新子だった。いかなる場合でも、一番深く考えている者が苦労するように、母も姉も妹も、みんな新子に背負おぶいかかっているのだった。



 新子は、姉に自分達の生活について、何かいってやりたい気持を抑えて、階下へ降りてみると、上で
985: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:08 ID:Xf8qBJ2M0(10/25) AAS
新子は、姉に自分達の生活について、何かいってやりたい気持を抑えて、階下へ降りてみると、上で気がつかない内にそこの玄関へ、父の存生ぞんしょう中から、出入りしている重松という日本橋の時計屋が来ていた。四、五年前までは、よく恰好な出物でものがあるといって、売り付けに来たのであるが、去年あたりからは、母が生活費のたしに、時々売り払う品物を買いに来るようになっていた。
 茶道具のわきに、新子の見馴れない金きんの大きい指輪が、二つ置いてあった。
 母は子供のように秘密主義で、子供にまでかくして、色んなものを持っていたのだが、この指輪も、母がとって置きの秘蔵品だったのかと思うと、新子は悲しかった。だが、母はニコニコしながら、
「重松さんにね、こんな指輪、どうせ安いんだろうと思って見せたら、金は今とても、値がいいんですってね。ねえ、新子売ってもいいだろうね。あなたに相談しようと思って、呼んだのよ、どう?」母は、二
986: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:08 ID:Xf8qBJ2M0(11/25) AAS
「重松さんにね、こんな指輪、どうせ安いんだろうと思って見せたら、金は今とても、値がいいんですってね。ねえ、新子売ってもいいだろうね。あなたに相談しようと思って、呼んだのよ、どう?」母は、二、三年来の金の値上りにさえ、今更おどろいているらしかった。
「そうね。そりゃ売ってもいいけれど、重松さん、今一匁もんめいくらで買って行くの。」
「十円五十銭です。」頭をテカテカになでつけた重松は、どっかにずるそうなところのある四十近い小男だった。
「もっと、するのじゃないの。」
「十一円五十銭まで行きましたが、このところ一円ばかり下っていますので……」
「この指輪、何匁あるの。」新子は、一つずつ持ち上げてみながら訊いた。
「大きい方が、五匁二分。小さい方が、四匁四分、両方で九匁六分でございます。」
「重松さんのはかり、インチキじゃないの。」と、新子がからかうと、
「どう致しまして、それにお母さまが、ちゃんと古い書付を持っていらっしゃいます
987: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:09 ID:Xf8qBJ2M0(12/25) AAS
ないの。」と、新子がからかうと、
「どう致しまして、それにお母さまが、ちゃんと古い書付を持っていらっしゃいます。ごまかしがきかないんですよ。」
「へえ。どんな書付?」
「これよ。」母は、うれしそうに、膝の上に置いてあった渋色になった、みの紙の書付をひらひら出して見せた。

一、金二十三円九十二銭也
 平打純金指輪。五匁二分(一匁四円六十銭也)
一、金二十円二十四銭也
 平打純金指輪。四匁四分(一匁同上)
 細工料一円二十銭
 明治四十年九月吉日
省5
988: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:09 ID:Xf8qBJ2M0(13/25) AAS
ぎがあって、金の値上りについての新聞記事だっていく度も出ているのに、それをちっとも知らない母は、重松のいう相場に、何か大もうけでもしたように、うれしがっていた。
「ねえ。この書付だとこんなに安いのが、百何円にもなるのだねえ。やっぱり、昔のものは、物がいいんだね。」
 ほかの物は、いざ知らず、金はいつにでも金であるところに値があることを知らないらしい母に、新子は、
「ええ。」と返事はしたものの、あたたかく眼頭めがしらがうるんで来た。
 父が死んで以来、母が経済的には不具だということが、露骨に分って来ていた。百円の金は、半月くらいの間に、煙の如く意味もなく、消えるのだろうと思うと、そのために、亡父と母との大事な記念物が、易々やすやすと消えて行くことが、新子には悲しかった。
 重松は、紙幣を数えて、母に渡し、小銭をも出そうとすると、母はあわてて、
「端金はしたは、いらないから。
989: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:10 ID:Xf8qBJ2M0(14/25) AAS
(妾あたしがいるから、重松さん、置いて行きなさいよ!)と危く口に出かけたが、今でも貧乏たらしくすることのきらいな母の気持を傷つけたくないために新子はだまっていた。
 重松が帰ると、結局金を持って気の大きくなっている母から、さっき頼まれた姉の書籍代を引き出すことに、気をつかわねばならなかった。
「ねえ。お母さま、お姉さまの本代がいるのよ。二十五円ばかり、その中から出して下さらない?」気のいい母は、かの女の思わく通り、割合機嫌よく、圭子の書籍代を、その内から出してくれながら、
「ほんとうに、あの子は金喰い虫だね。でも、来年学校を出たら、働いてくれるだろうね。」と、いった。
「どうですか。女子大なんか出たって、今年なんか十人に一人くらいしか、就職出来ないそうですよ。それに、お姉さまのような人働けるかしら。」
「だって、そのために学問をしているのじゃないのかい。」
「そうは行かないのよ。お母さん、この頃は男の大学を出たって十人に二、三人しか口がないんですもの。お姉さんなんか、芝居なんかを熱心に研究したって、どうにもなるもんですか。」
「じゃ、お前だんだんお金が減るばかりだし、先々どうなるのだろうね
990: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:10 ID:Xf8qBJ2M0(15/25) AAS
てくれるだろうね。」と、いった。
「どうですか。女子大なんか出たって、今年なんか十人に一人くらいしか、就職出来ないそうですよ。それに、お姉さまのような人働けるかしら。」
「だって、そのために学問をしているのじゃないのかい。」
「そうは行かないのよ。お母さん、この頃は男の大学を出たって十人に二、三人しか口がないんですもの。お姉さんなんか、芝居なんかを熱心に研究したって、どうにもなるもんですか。」
「じゃ、お前だんだんお金が減るばかりだし、先々どうなるのだろうね。私は、圭子が学校を出るまで、どうにかして喰べつなげばいいと思っていたんだが……」
「妾わたしが、働くつもりよ。」
 新子は非生活的な一家の代りに、自分が働くよりしようがないと、つとに決心していた。



 母と卓子ちゃぶだいをはさんで新子は、しみじみと云い出した。
「お母様。私、すぐ働くようになるかもしれないのよ。お母さまも知っているでしょう。前川さんて、私のお友達があるでしょう。この間、他所よそでお会いしたときに、私働きたいって、お話ししたら、ちょうどあの方のお兄さんが、家庭教師を探しているんですって、日曜だったら兄もきっと家にいるから、一度会いにいらっしゃいって、おっしゃって下さったのよ。今日これから、伺ってみて、私に勤まりそうだったら、おねがいしてみるつもりよ。」
省4
991: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:14 ID:Xf8qBJ2M0(16/25) AAS
さんのお宅へ伺ってみますから。」そう云って、新子はお昼の支度にと、台所へ立った。
 ここへ引っこして来たとき、女中には暇を出したが、長年奉公している六十に近い婆やだけは、今更出すにも出せなかったし、母から、つねに口やかましくいわれながらも、それを気にしないで忠実に働き、買物なども一人でやってくれるので、新子はたよりにしていた。
 婆やに、昼のお惣菜の指図をしてから、母の居間に、さっき出かけた美和子がぬぎばなしにしていった着物を片づけていた。
「ねえ。お前が働くということ、圭子は知っているかい?」茶箪笥ちゃだんすの抽出ひきだしから、手提金庫を取り出して、さっきのお金をしまい込みながら、母が新子に云った。
「いいえ。まだ。」
「一度、相談してみたら、どう? 圭子には、また何かいい考えがあるかもしれないもの。」
「いいですわよ。」
「なぜ。圭子は、長女だもの、お前を一番に働かすなんて法はないわよ。」
「いいのよ。お母さん! お姉さんには、またお姉さんとしての考え方があるのよ。」
992: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:14 ID:Xf8qBJ2M0(17/25) AAS
には、また何かいい考えがあるかもしれないもの。」
「いいですわよ。」
「なぜ。圭子は、長女だもの、お前を一番に働かすなんて法はないわよ。」
「いいのよ。お母さん! お姉さんには、またお姉さんとしての考え方があるのよ。」
「だって、そりゃ――お前の決心を聴いたら、圭子だって、何というか分りませんよ。」
「私、話がきまってから、お姉さんに報告するわ。お姉さんはお姉さん、私は私だわ。じっとしていられない性分ですもの、つまり苦労性なのよ。私は、おおいに働くわ。」



 それから、三時間ばかりの後に、新子は麹町元園町の前川邸の応接間にいた。
993: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:15 ID:Xf8qBJ2M0(18/25) AAS
 友達の訪れを、心待ちにしていたらしい令嬢の路子は、さっぱりした趣味のよいアフタヌーンを被きて、新子を欣よろこび迎えてくれた。
 絹ばりの壁や、カーテンの快い色彩、置き棚や卓子テーブルの上に飾られた陶器や、青銅の置き物や、玻璃はり製の細工物などの趣向のこった並べ方が、その豊かな暮しを現して、すべてがゆったりと溶け合っていた。窓からは、手入のよく行き届いた庭の一部が眺められ、雨に咲いている、くちなしの強い甘い匂いが、ときどき、かすかにうっとりとするほど、部屋の中に揺れて来るのであった。
 三、四年前までは、この家へ二、三度遊びに来たこともあり、こうした応接間の空気などにも、特別に感じ入りもしなかったのであるが、やや切端せっぱつまった就職者として来ているせいもあって、新子は何か不思議な圧迫を感じるのであった。
「今年小学校五年になる兄の子が、あまり甘やかしたせいか、頭はそんなにわるくないんだけれども、学校が出来ないの。」
「男のお子さん……」
「ええそう。いたずらっ子だけれども、性質は素直なの。それから
994: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:15 ID:Xf8qBJ2M0(19/25) AAS
ところはないが、丸顔で眼も唇もほっそりしていて、豊かな黒髪を短く切って、洗練された衣裳の好みや、金持の娘にしてはすましていない点などで、何となく人好きがした。弾力に充ちた身体は、しなやかで、いかにも快活そうだった。
「お姉さまって?」
「つまり、子供のお母さまよ。」
「じゃ、お兄さまの奥さま!」
「ええ。」愛嬌あいきょうぶかい路子の茶がかった眼が、ちょっと皮肉な笑いをうかべた。
「それは、どういう意味で!」
「貴女、私の義姉あねとお会いになったことないかしら。」
「一度くらい、お目にかかりましたわ。」新子は、いつか劇場か何かで、路子といっしょにいるときに、ちょっと挨拶したことを思い出した。
「そうだったかしら。私、貴女なら辛抱して下さると思うけれど、……」
 路子は、かわいい苦笑をつづけた後、
省6
995: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:15 ID:Xf8qBJ2M0(20/25) AAS
あねがあまりに、家庭教育ということに、理解がないと云って憤慨して出てしまったのよ。だから、貴女は義姉のすることを出来るだけ気にしないことが、大切だと思うのよ。そういうことは聡明な貴女なら何でもなくやって下さると思うのよ。」
「お義姉ねえさまは、全然お子様達の勉強に、無関心でいらっしゃるの、それとも何かにつけて、干渉なさるのですの。」と、新子は訊いた。
「どちらでもないの、まるで気まぐれなの。全然無方針でいて、それで、ときどき何か云い出すらしいのよ。」
 話の様子だけで察しても、頗すこぶる難物であるらしい。だが、新子はどうせ働くからは、出来るだけ、やり甲斐のある難局に身を処してみたい気持だった。
「ほら、国語の杉原先生が、新子さんのことをいつか、賞めたじゃないの。貴女なら、どんなむずかしいお姑しゅうとさんだって、勤まるだろうって、南條さんは、お姑さんの機嫌ぐらいとるのは朝飯前だろうって、それで私は貴女ならきっと見事つとめて下さるだろうと思ったのよ。」
「いやだわ。あれは、杉原先生が私を皮肉ったのよ。」
「皮肉の意味もあったかしらん。でも、結局は貴女が、クラスで一番悧巧りこうだということを認めていたのじゃない?」
「まあ、路子さんは、いろいろなことを覚えていらっしゃるわねえ。」
 学校時代の話が出たので、急にむかしの親しみが、よみがえって
996: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:16 ID:Xf8qBJ2M0(21/25) AAS
「皮肉の意味もあったかしらん。でも、結局は貴女が、クラスで一番悧巧りこうだということを認めていたのじゃない?」
「まあ、路子さんは、いろいろなことを覚えていらっしゃるわねえ。」
 学校時代の話が出たので、急にむかしの親しみが、よみがえって来て、新子は路子の好意をうれしく思った。
「とにかく、私出来るだけやりますから、お兄さまにお願いして頂きたいわ。」と、新子は言葉を改めて頼んだ。
「ええ、いいわ。私だって、貴女が来て下さったら、お友達ができていいのよ。出来るだけ、うまく話して来るわ。しばらく、待っていて下さらない?」と、路子は立ち上って奥に入った。
 新子は、ひとりとり残されて、路子の云う義姉あねのことを考えていた。
 すると、一度しか会ったことのない前川夫人の面影が、おぼろげに頭の中に、浮び上って来る。
 きかぬ気らしい張りのある眼や、唇元くちもとや、背の高い、つんとした貴族的な態度までが、路子の言葉を裏づけているような気さえした。
 そして、家庭教師などいう仕事も、決して生やさしいものではないとつくづく思った。


省2
997: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:16 ID:Xf8qBJ2M0(22/25) AAS
気持のいい潤いのある、男らしい中低音バリトンがそれをさえぎった。
 でも、新子は立ち上って、意味もない微笑と笑顔で、初対面の挨拶をすませると、準之助氏は、椅子をちょっとずらせて、新子の真向いに腰をおろした。
 上品に刈りこんだ頭、背がすらりと高く、色白く眼が柔和で、四十歳以上と聞いていたのに、三十代に見える若々しさであった。
 どことなく明治文壇の鬼才川上眉山の面影あり、近くはアドルフ・マンジュウの顔を、少し四角くしたような、瀟洒しょうしゃたる紳士であった。
 口の重い人らしく、何もいいかけないので、新子はかるく腰をうかせると、
「路子さんまで、お願いしておきましたが、私で勤まりますようでしたら……」と、挨拶した。
「はあ。今日は、雨が降りますのに、ご苦労でしたね。今子供達も参るでしょうが、どうもわがまま者ぞろいで、困っているのです。この二十日はつかから、夏休みになりますので、本当は九月から、お願いしてもいいのですが、貴女のご都合がおよろしければ、休み中軽井沢の方へ行きますので、あちらへ来て頂いても、よろしいのですが……」と、手をのばして、シガーボックスから、キリアジを取り、火を点じると、やがてゆるやかに紫煙を漂わせた。
 新子は、いかにも物なれた
998: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:17 ID:Xf8qBJ2M0(23/25) AAS
のばして、シガーボックスから、キリアジを取り、火を点じると、やがてゆるやかに紫煙を漂わせた。
 新子は、いかにも物なれた優美さに、ある驚きをさえ持った。路子さんが、もっと兄さんに似ていたら、どんなに美しかっただろうと思ったくらいである。物を云う、その声の調子にさえ、ゆかしい薫りのようなものが、感ぜられた。
 その上、準之助氏の話しぶりでは、もう自分を雇ってくれることは、定きまっているようなものであった。
 働くと決心した以上、軽井沢へ付いて行って、早く子供達になじんだ方がいい。九月まで待っている内に、前川家の事情が変ったりしては、いけない。殊に、奥さまは、気まぐれだというんだもの。
「はあ。どうぞ、私はどこへでもお伴いたしたいと思います。」



 呼鈴よびりんに答えて、はいって来た女中に、
「子供達をここへよこしてくれないか。」と、命じた。
 間もなく、小さい足音が廊下に入り乱れて、扉
999: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:17 ID:Xf8qBJ2M0(24/25) AAS
 路子は、ぶら下がられて、中腰になりながら、
「さっちゃん、貴女、お使いが出来るかしら……出来ないわねえ。きっと。」
「ううん。出来る、何でも出来るわ。何……」
「ではねえ、ママのところへ行って、およろしかったら、応接間へいらしってと、申し上げて来てくれない……」と、祥子にいってから、兄に、
「ねえ。お兄さま、お義姉ねえさまにも、今ついでに会って頂いた方がいいでしょう?」と、兄の承諾を求めた。
 何事につけても、義姉に対して気をつかっているらしい容子ようすが、新子の心を少し重くした。
「ああいいだろう。」前川氏はおうように肯うなずいた。
 女の子はもう一度新子を見て、目をクルクルさせると、一散に部屋を出て行った。
 しばらくすると、かわいい足音が廊下にきこえて、前よりもっと勢いよく、呼吸いきをはずませながら、かけ込んで来た祥子は、父と叔母と新子と三人を等分に見廻しながら、父に、
「ママは、今ご用ですって! しばらく待っていて下さいって――」
省13
1000: (ワッチョイ db3d-OvZF [202.208.143.49]) 2023/03/10(金)02:18 ID:Xf8qBJ2M0(25/25) AAS
ひねりしてみないと気のすまない性格だろうか、このような言葉は初対面の折になど、云わなくてもよい、いやがらせであると思って、気持がわるくなりかけたが、ここが路子の注意だと思い、
「はあ。どうぞ、万事奥さまのお指図どおり出来るだけの努力を致したいと思います。」出来るだけ素直に、出来るだけほがらかに答えた。



 新子が出来るだけ、下手したでに出ての哀願に、夫人はニコリともせず、
「はあ。宅とも、よく相談しまして、二、三日内に、ハッキリしたお返事をいたします。」と、どこか打ちとけない返事であった。
 もう、すっかり定きまったことと安心していた新子は、急に、夫人の手で三、四尺後うしろへ、押しのけられたような気持であった。
 新子は、急にバツがわるく路子か準之助かが、何か一言取りなすような言葉をはさんでくれることを望んだが、二人とも何ともいってくれなかった。
「では、何分よろしく。」
 新子は、自分の身が、みじめに感ぜられ、モジモジしながら、暇いとまを乞おうとしている機先を、夫人は見事に制して、
「まあ。およろしいじゃありませんか。食事の用意を申しつけてありますから、路子さんや子供と一しょに召し上って下さいませ。私も、ご一しょだといいんですけれど、ちょっとこれから、外出致しますから、あしからず。」といいさして優美に腰を浮かせると、新子が眼のやりばにこまったほど、色っぽい眼差しで、夫君を見おろして、
省5
1001
(1): 1001 ID:Thread(1/2) AAS
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