[過去ログ] 配当金・株主優待スレッド 525 [無断転載禁止]©2ch.net (231レス)
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231: 2016/05/18(水)17:06 ID:4uTcWgUe(142/142) AAS
襖ふすまから顔を出した。その顔は酒気しゅきのまだ醒さめない赤い色を眼の縁ふちに帯びていた。部屋
の中を覗のぞき込んで、始めて吃驚びっくりした様子で、
「どうかなすったんですか」と酔よいが一時に去ったような表情をした。
 宗助は清に命じた通りを、小六に繰り返して、早くしてくれと急せき立てた。小六は外套マントも脱ぬ
がずに、すぐ玄関へ取って返した。
「兄さん、医者まで行くのは急いでも時間が掛かりますから、坂井さんの電話を借りて、すぐ来るように
頼みましょう」
「ああ。そうしてくれ」と宗助は答えた。そうして小六の帰る間、清に何返なんべんとなく金盥の水を易
かえさしては、一生懸命に御米の肩を圧おしつけたり、揉もんだりしてみた。御米の苦しむのを、何もせ
ずにただ見ているに堪たえなかったから、こうして自分の気を紛まぎらしていたのである。
 この時の宗助に取って、医者の来るのを今か今かと待ち受ける心ほど苛つらいものはなかった。彼は御
米の肩を揉みながらも、絶えず表の物音に気を配った。
 ようやく医者が来たときは、始めて夜が明けたような心持がした。医者は商売柄だけあって、少しも狼
狽うろたえた様子を見せなかった。小さい折鞄おりかばんを脇に引き付けて、落ちつき払った態度で、慢
性病の患者でも取り扱うように緩ゆっくりした診察をした。その逼せまらない顔色を傍はたで見ていたせ
いか、わくわくした宗助の胸もようやく治おさまった。
 医者は芥子からしを局部へ貼はる事と、足を湿布しっぷで温める事と、それから頭を氷で冷す事とを、
応急手段として宗助に注意した。そうして自分で芥子を掻かいて、御米の肩から頸くびの根へ貼りつけて
くれた。湿布は清と小六とで受持った。宗助は手拭てぬぐいの上から氷嚢こおりぶくろを額の上に当てが
った。
 とかくするうち約一時間も経った。医者はしばらく経過を見て行こうと云って、それまで御米の枕元に
坐すわっていた。世間話も折々は交まじえたが、おおかたは無言のまま二人共に御米の容体を見守る事が
多かった。夜よは例のごとく静しずかに更ふけた。
「だいぶ冷えますな」と医者が云った。宗助は気の毒になったので、あとの注意をよく聞いた上、遠慮な
く引き取ってくれるようにと頼んだ。その時御米は先刻さっきよりはだいぶ軽快になっていたからである

「もう大丈夫でしょう。頓服とんぷくを一回上げますから今夜飲んで御覧なさい。多分寝られるだろうと
思います」と云って医者は帰った。小六はすぐその後あとを追って出て行った。
 小六が薬取に行った間に、御米は
「もう何時」と云いながら、枕元の宗助を見上げた。宵よいとは違って頬から血が退ひいて、洋灯ランプ
に照らされた所が、ことに蒼白あおじろく映った。宗助は黒い毛の乱れたせいだろうと思って、わざわざ
鬢びんの毛を掻き上げてやった。そうして、
「少しはいいだろう」と聞いた。
「ええよっぽど楽になったわ」と御米はいつもの通り微笑を洩もらした。御米は大抵苦しい場合でも、宗
助に微笑を見せる事を忘れなかった。茶の間では、清が突伏したまま鼾いびきをかいていた。
「清を寝かしてやって下さい」と御米が宗助に頼んだ。
 小六が薬取りから帰って来て、医者の云いつけ通り服薬を済ましたのは、もうかれこれ十二時近くであ
った。それから二十分と経たないうちに、病人はすやすや寝入った。
「好い塩梅あんばいだ」と宗助が御米の顔を見ながら云った。小六もしばらく嫂あによめの様子を見守っ
ていたが、
「もう大丈夫でしょう」と答えた。二人は氷嚢を額からおろした。
 やがて小六は自分の部屋へ這入はいる。宗助は御米の傍そばへ床を延べていつものごとく寝た。五六時
間の後のち冬の夜は錐きりのような霜しもを挟さしはさんで、からりと明け渡った。それから一時間する
と、大地を染める太陽が、遮さえぎるもののない蒼空あおぞらに憚はばかりなく上のぼった。御米はまだ
すやすや寝ていた。
 そのうち朝餉あさげも済んで、出勤の時刻がようやく近づいた。けれども御米は眠りから覚さめる気色
けしきもなかった。宗助は枕辺まくらべに曲こごんで、深い寝息を聞きながら、役所へ行こうか休もうか
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