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メンヘラ達の談話室★6room (1002レス)
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848
: 2018/06/25(月)19:20
ID:p8sEVzow(1)
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ID:UgdmKPsA
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848: [sage] 2018/06/25(月) 19:20:06 ID:p8sEVzow 318 名前:花火 [sage] :2018/06/25(月) 19:06:31.03 ID:UgdmKPsA 長嶋一茂が語った「重度のうつ」 「知らなかった。ごめん」の声も 元プロ野球選手でタレントの長嶋一茂さん(52)が、パニック障害や「重度のうつ」に悩まされた過去をテレビ番組で語った。 テレビでの普段の発言から、一茂さんに対してマイペースで天真爛漫なイメージを持っている人も多く、ツイッターには「知らなかった」「すごく意外」といった声が寄せられている。 ■回復に向かい始めたきっかけ 一茂さんは、読売テレビ(日本テレビ系)で2018年6月24日に放送された「八方・陣内・方正の黄金列伝!」に出演。過去に「重度のうつ」となり、「自殺衝動がすごい」という状況だったことを語った。 異変が起きたのは1996年で、30歳の時。当時、父・長嶋茂雄さんが監督を務めていたプロ野球巨人で2軍生活を送っていた。 ある日、食事中に過換気症候群で呼吸が困難となり、家の中でも「天井がぐるぐる」回るように。「ノイローゼ状態」になって練習にも行けなくなり、その年のオフに戦力外通告を受けて引退した。 症状はその後も10年以上続き、42歳の時(2008年)に「完璧に重度のうつ」となってしまった。その年、長年世話になっていたお手伝いの女性と祖母、母を立て続けに亡くしたことが引き金となった。 「自殺衝動がすごい」状態となり、「お前が死ね、お前が死ね」という幻聴が聞こえ、 「常に包丁、毎晩のように持ってました」と明かした。聞き手の陣内智則さんらは驚きの声を挙げていた。 回復に向かい始めたのは47歳の頃(2013年)で、「いつ死んでもいい」と開き直ったことだった。もうすぐ死ぬから、と飲んでいた薬もやめ、「そっから良くなっていった」と明かした。 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180625-00000013-jct-ent http://mevius.5ch.net/test/read.cgi/utu/1526047869/848
名前花火 月 長嶋一茂が語った重度のうつ 知らなかったごめんの声も 元プロ野球選手でタレントの長嶋一茂さんがパニック障害や重度のうつに悩まされた過去をテレビ番組で語った テレビでの普段の発言から一茂さんに対してマイペースで天真漫なイメージを持っている人も多くツイッターには知らなかったすごく意外といった声が寄せられている 回復に向かい始めたきっかけ 一茂さんは読売テレビ日本テレビ系で年月日に放送された八方陣内方正の黄金列伝!に出演過去に重度のうつとなり自殺衝動がすごいという状況だったことを語った 異変が起きたのは年で歳の時当時父長嶋茂雄さんが監督を務めていたプロ野球巨人で軍生活を送っていた ある日食事中に過換気症候群で呼吸が困難となり家の中でも天井がぐるぐる回るようにノイローゼ状態になって練習にも行けなくなりその年のオフに戦力外通告を受けて引退した 症状はその後も年以上続き歳の時年に完に重度のうつとなってしまったその年長年世話になっていたお手伝いの女性と祖母母を立て続けに亡くしたことが引き金となった 自殺衝動がすごい状態となりお前が死ねお前が死ねという幻聴が聞こえ 常に包丁毎晩のように持ってましたと明かした聞き手の陣内智則さんらは驚きの声を挙げていた 回復に向かい始めたのは歳の頃年でいつ死んでもいいと開き直ったことだったもうすぐ死ぬからと飲んでいた薬もやめそっから良くなっていったと明かした
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