星輝子「真夏みたいに気持ち悪い」 (64レス)
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1: ◆xa8Vk0v4PY [saga] 2022/06/06(月)00:23 ID:Sev9O2YP0(1/59) AAS
『真夏』という単語を聞くと、何を想像するだろうか。
澄み渡るような青空、潮風が心地よい海、
友達と食べる氷菓子、浴衣を着ての夏祭り。
そういった夏の風物詩を何の疑いもなく思い浮かべられるのなら、
その人はおそらく、とてつもなく幸福だ。

彼女は違う。
脳味噌が腐るような暑さ、ところ構わず湧き出る蟲、
それによる苛立ちを隠そうともしない人々。
その上で自分は幸福であると周りに見せびらかそうと必死なリア充ども。

彼女は真夏を、毎年必ず自分に降りかかる災害と考えていた。
省4
45: ◆xa8Vk0v4PY [saga] 2022/06/06(月)01:23 ID:Sev9O2YP0(45/59) AAS
暫しの間唖然としていたスタッフが我に返る。
これ以上好きにさせてはならない。そう思い、スタッフは彼女に覆い被さるように突っ込んだ。
輝子はスタッフと揉みあった。絶対に取られまいと、マイクを胸に抱えた。
やがてなかなか彼女を止められないスタッフは痺れを切らし、苛立ちのまま思い切り彼女を突き飛ばした。
彼女は足をもつれさせ、そのまま倒れる。
受け身。
取れない。
胸に強くマイクを抱えていたから、両手が使えなかった。
そのまま彼女は、顔面からステージに叩きつけられた。

嫌な音が鳴った。
省14
46: ◆xa8Vk0v4PY [saga] 2022/06/06(月)01:24 ID:Sev9O2YP0(46/59) AAS
「お前、やりやがったな。みんなを裏切ったな。可愛いお前が好きなみんなを騙して、
よくもまあこんなバカみたいな事をしでかしたよな。本当に気持ち悪い。本当に……」

『それ』は、輝子に手を伸ばし……

──ぽんぽんと、優しく頭を叩いた。

「よく、やってくれたな」

優しい顔だった。やっと、認められた。褒める事ができた。
省31
47: ◆xa8Vk0v4PY [saga] 2022/06/06(月)01:25 ID:Sev9O2YP0(47/59) AAS
彼女は立ち上がった。
倒れた時に打ったのか、鼻血が出ていた。
手の甲で血を拭う。当然綺麗に拭き取れる筈もなく、顔に薄く血のメイクが広がった。
彼女は、大きく息を吸った。

演奏は既に止まっている。なのに彼女は独り唄い出した。
耳を劈くような大声で。鼓膜と魂を震わせる大声で。
怯える者がいた。呆れて帰る者がいた。
だが、少なからず、興奮で震える者がいた。

地獄の果てまで届くような咆哮。
魂を燃やすような情熱。
省11
48: ◆xa8Vk0v4PY [saga] 2022/06/06(月)01:26 ID:Sev9O2YP0(48/59) AAS
やがて全ての力を使い果たし、崩れ落ちるように座り込んだ。
それでようやく、観客も、スタッフも、彼女のライブが終わった事を悟った。

「なあ、夏は好きか?」

彼女は尋ねたが、観客は誰も答えなかった。何も言うことができなかった。
輝子は息を切らしながら続ける。

「私は嫌いだ」

彼女は再び、ばっさりと吐き捨てた。
省5
49: ◆xa8Vk0v4PY [saga] 2022/06/06(月)01:27 ID:Sev9O2YP0(49/59) AAS
「なあ、私の事は好きか?」

問うような口調だったが、返事を聞く前に彼女は語り続けた。

「言われた事があるんだ。お前は気持ち悪い、メタルは気持ち悪いって」

「でも、今なら思うよ」

ひと呼吸おき、彼女は口を開いた。
省19
50: ◆xa8Vk0v4PY [saga] 2022/06/06(月)01:28 ID:Sev9O2YP0(50/59) AAS
力を出し尽くし満身創痍の彼女はふらふらと控室へ歩く。
控室への扉を開こうとドアノブに手をかけた時。
ドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
なんだろう、そうぼんやりと思い足音の方向を見ると。

「輝子さぁーーーーん!!」

「おッふ!!」

幸子と小梅が飛び掛かってきた。

輝子の胸元で涙目になりながら、彼女達は輝子を睨む。
その瞳は怒り、というより……
省22
51: ◆xa8Vk0v4PY [saga] 2022/06/06(月)01:29 ID:Sev9O2YP0(51/59) AAS
「そうか」

「私も、メタルと、キノコが好きだ」

「輝子ちゃん……」

小梅は、安心したように微笑んだ。
……直後、聞き返す。

「キノコ?」
省15
52: ◆xa8Vk0v4PY [saga] 2022/06/06(月)01:33 ID:Sev9O2YP0(52/59) AAS
「輝子!」

やがて一人の男が駆けつけてきた。プロデューサーだ。

「あ、し、親友……」

「輝子、お前……」

プロデューサーは小さく震えると、輝子に抱き着いた。
省21
53: ◆xa8Vk0v4PY [saga] 2022/06/06(月)01:34 ID:Sev9O2YP0(53/59) AAS
「なあ、お前ごとき弱小プロダクションが……」

「ええ、うちは小さいプロダクションですので──」

プロデューサーはあくまで落ち着いて返す。

「あまり事を荒立てたくはないんですよね」

ぶちん、と何かが切れる音がするようだった。
省10
54: ◆xa8Vk0v4PY [saga] 2022/06/06(月)01:36 ID:Sev9O2YP0(54/59) AAS
「ええ。そちらとしては輝子はあまり重要な子として扱っていないみたいですので、どうでしょう」

「今回の移籍はなかった事に。輝子を返してもらえないでしょうか」

マネージャーは更に苛立たしげに口角を下げる。
今回の不祥事、輝子の絶対的な評価、パワハラ及びその他余罪による
イメージダウンの可能性を天秤にかけている。

「ちょ、ちょっと!なんですか!?輝子さんそっちに行っちゃうんですか!?」

二人の会話を聞き、慌てて幸子が口を挟む。
省23
55: ◆xa8Vk0v4PY [saga] 2022/06/06(月)01:37 ID:Sev9O2YP0(55/59) AAS
輝子は目を瞑り、少し考えた。
今までの事を。親友との出会い、メタルアイドルとしての日々。
新しい事務所に来てからの生活。トモダチとの日常。
自分は、何ができたんだろう。何を考えてここまでやってきたんだろう。
……自分は、何がしたいんだろう。

やがて彼女は答えを見つけ、目を開いた。

「マネージャーさん」

「うん?」

「あなたの言うとおり、私は、あっちの事務所ではそんなにファンがついていなかった。
でもこっちだと、すぐたくさんファンがついたから、マネージャーさんは、凄い人なんだと思う」
省20
56: ◆xa8Vk0v4PY [saga] 2022/06/06(月)01:38 ID:Sev9O2YP0(56/59) AAS
輝子は元の事務所に戻り、幸子と小梅も、彼女について来る形で移籍した。
輝子はソロでメタルをやっているが、移籍前と同様に三人のユニットで活動もしている。

三人のユニットは人気急上昇!一気にトップアイドルの道を駆け上がり、
憎きパワハラ事務所は通報を受け、評判は大暴落!
……なんて、そこまで上手い事はいかない。
そもそも録音も何も証拠はなく、あの場はハッタリのみの交渉だった、と彼は言う。
当然彼女達が抜けたところで何の問題もなくあのプロダクションは、マネージャーはやっていくだろう。
そういえば時折霊障に悩まされている、なんて噂が一時期流れた事はあるが。

三人の売れ行きはそこそこ。売れてない訳ではないが、取り立てて騒がれるほどのものではない。
とはいえ輝子が元居た時よりは、格段にファンの数が増えていた。
省4
57: ◆xa8Vk0v4PY [saga] 2022/06/06(月)01:39 ID:Sev9O2YP0(57/59) AAS
夏は終わる。秋が来る。冬が来たなら春も来る。
そして春が終わったら、また夏がやって来る。

「ほら輝子さん、レッスン始まりますよ!」

事務所でキノコ雑誌を読む輝子に、幸子は叫ぶ。

「うお…夢中になってた。ありがとう……」

輝子はのそのそと机から這い出る。
這い出た先、待っていた小梅と顔を合わせ、二人は微笑む。
省11
58: ◆xa8Vk0v4PY [saga] 2022/06/06(月)01:41 ID:Sev9O2YP0(58/59) AAS
じりじりと暑い夏は、まだ終わらない。
それでもエアコンの効いた部屋で、キノコでも愛でていれば何とかやっていけるだろう。
たまにホラー映画を観たり、そろそろ秋になったかとおっかなびっくり外を歩いて、
やっぱりダメだと机の下にもぐって。どうしても外に出なきゃいけない時は、虫よけスプレーを十分に塗って、
蝉がうるさいならイヤホンをつけて、冷たいジュースでも飲みながら適当にやり過ごすしかない。
彼女は言う。夏は嫌いだ。好きな人が羨ましい。
でも、彼女は笑う。メタルが好きだ。キノコが好きだ。どうだ、羨ましいだろう。

じめじめと暑い夏はまだ終わらない。
彼女はキノコを抱えて、幸子と一緒に小梅の家のインターホンを鳴らした。
陽炎はもう、現れなかった。
59: ◆xa8Vk0v4PY [saga] 2022/06/06(月)01:42 ID:Sev9O2YP0(59/59) AAS
おわり
輝子ちゃん誕生日おめでとう。
60: 2022/06/06(月)05:12 ID:tRPB4jLDO携(1) AAS
おつ
多少キャラを知ってるくらいだったけど最高だった
キノコ食べたくなった
61
(1): [saga sage] 2022/06/06(月)08:13 ID:pemCja3DO携(1) AAS


何故、プロデューサーの事務所からてるこが移籍になったか気になります(もしかして書いてあるのに抜かした?)
62: 2022/06/06(月)12:03 ID:DoOl8lw00(1) AAS
乙です
心情が丁寧でめちゃくちゃ良かった...
63
(1): 2022/06/13(月)17:04 ID:kjOF8boRo(1) AAS
>>61
>>8
64: [saga sage] 2022/06/13(月)20:30 ID:0MtTfWJDO携(1) AAS
>>63
それか……わしゃ逆に遠回しの「出ていけ」的解釈していたから、途中でわからんくなったんだな

ありがとう
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