[過去ログ] 【中国】朝日新聞が認知させた「南京大虐殺」から76年、日本人の大虐殺に対する考え方とは―中国メディア (49レス)
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25: 餌を与えないでください 2013/12/14(土)14:50 ID:azsACRf5(1/3) AAS
南京大虐殺は無かった、中国のプロパガンダだった。
1.毛沢東は生涯に一度も、「南京虐殺」ということに言及しなかった。毛が南京戦に触れているのは、
南京戦の半年後に延安で講義され、「持久戦論」としてまとめられた本の中で
「日本軍は、包囲は多いが殲滅が少ない」という批判のみ。30万市民虐殺などという
いわば世紀のホロコーストとも言うべき事件が本当に起こったとすれば、
毛が一言もこれに触れないというのは、極めて不自然で不可解である。
2. 南京戦直前の1937年11月に、国共合作下の国民党は中央宣伝部に国際宣伝処を設置した。
国際宣伝処の極秘文書『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』によれば、
南京戦を挟む1937年12月1日から38年10月24日までの間に、国際宣伝処は漢口において
300回の記者会見を行い、参加した外国人記者・外国公館職員は平均35名と記録されている。
省10
26: 餌をあたえないでください 2013/12/14(土)14:53 ID:azsACRf5(2/3) AAS
『南京でのジェノサイドは共産国家陣営による作り物だった!!』
ソ連邦崩壊後、様々なソ連時代の公文書が日の目を見ていることは
読者の皆さんも良くご存知であろう。さて先日、ウラジオストークで
開催された極東地区歴史学会で「南京ジェノサイド」に関する面白い
公文書が紹介された。
(中略)
「南京ジェノサイド」の証拠として中国が挙げている写真の一部が
、ウラジオストーク市近郊の都市トルストゥイ・フイにあった「ソ連
人民芸術局極東撮影所」で撮影されたことを示す公文書が発見された。
この公文書を発見したのは、ロシア科学アカデミー極東戦史研究所の
省10
28: 餌をあたえないでください 2013/12/14(土)15:09 ID:azsACRf5(3/3) AAS
>>21
昭和12年(1937年)11月30日の朝日新聞で、向井少尉と野田少尉の百人斬り競争の記事が載った事から始まっています。
もともとは戦闘中の話だったの が伝えられていくうちに平時の話であるとか上官命令があったとか、三ラウンド繰り返されたとか、
どんどん拡張していきました。当時の記者によると戦意向上の為の捏造記事だと発言している。
が東京裁判では有罪となり処刑されている
この件に関して 当時の担当判事のコメントです。
Richard H. Mynear著「勝者の判断」より
「東京裁判は、法的手順の不備と南京事件のような事実の誤認があった。
しかし箝口令が敷かれており、裁判中は自由に発言するができなかった。」
ベルト・ファン・A・レーリング判事(東京裁判オランダ代表判事)
省1
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