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日蓮って ver.30 (737レス)
日蓮って ver.30 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/
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138: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2014/10/23(木) 00:24:33.51 ID:yWz2Pz0x 私の解釈 日蓮以降の本質的で致命的な誤謬−1 お題目 = 意味は何もないただの音韻マントラム 別に法華経とは関係がない。ただの音韻。繰り返しのリズムと、低音と、 カオス的あるいはフラクタル的な複数の雑音的和音様に重ね合わせで 唱和されて酔えれば良いもの。意味関係なく、ただ音楽や太鼓のように 繰り返す所作で乗りやすければよいもの。 法華経という漢訳のタイトルにしただけに過ぎないので本質は無関係 なので、本質的にお経自体はなくても効果は同じであり、 宗教とも言えないものであった。 (例証)http://www.youtube.com/watch?v=WkoXI45aikM 繰り返しの速度 = 従って、本質は体の反響が利用されるのであり、その速度は 速いほど血流が良くなり乗るのでサルのナントヤラのようになる。 (例証)http://www.youtube.com/watch?v=N_lSnPBRoSk 曼荼羅本尊 = 風水の護符など無意識に引き込むアート的暗示力で酔わせるツール (例証)http://mikoonmyouji.seesaa.net/index-2.html 「護符」などで検索すると多数出てくる http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/138
139: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2014/10/23(木) 00:26:45.04 ID:yWz2Pz0x >>138 続き 私の解釈 日蓮以降の本質的で致命的な誤謬−2 ○ 従ってこの日蓮が大昔に開発したこの唱え行とは単純に真言の阿字観瞑想法。 少なくともその亜流にほかならない。 ○ それが、法華経というお経のタイトルにしたので、たまたま経文と関係づけれて 迷信と同様に啓蒙主義以前、中世以前の意識によって関係付けられ、中世的理解 の中で「騙されて」仏教として広まっただけに過ぎない。 ○ これを本質的な「仏教」に昇華するには、この体で反響するものを日蓮的に 受け取っている限りは不可能である。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/139
140: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2014/10/23(木) 00:49:51.11 ID:yWz2Pz0x >>139 続き 私の解釈 日蓮以降の本質的で致命的な誤謬−3 創価学会という現代の集団が、結局はこの>>138の感覚で受け取り、伝統宗教の必要 を感じなくなったのは、近代の科学論理の啓蒙主義以後の流れとして必然であり、 単純に「無意識に暗示を掛けて成功する種類の自己啓発教」に過ぎないと観念した のは、この真言的行法の本質からすればむしろ当然である。 (例証)速度が速い創価学会 http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=SghNEC0iUc4#t=107 従って、日蓮教は現代では本質的に科学的に相対化されていくことになる。 創価学会という存在はその一例に過ぎない。 しかしそうなると創価学会という組織も、そうした単なる現代的一分派分化 にすぎないと相対化されてしまう。そうすると「宗教」という看板で信者を 信仰的に呪縛することが困難になるのも必然であった。 そこで創価学会は、本質的には脱宗教することなく、逆に自己を「日蓮の真の 後継者」として伝統の中に割り込む形で「宗教のまま」にしておくことを 選択し、そこで多数の信者を「罰」や「福運」という迷信的呪縛の中に拘束 することで、政治的権力を維持することの方を優先した。 それがこの集団の本質的欺瞞であり、根底的な表裏矛盾であった。本質は 精神身体医学的反射反応に由来する人体の音韻反応がすべてと知って現代化 すると暗に示しながら、形式は伝統宗教の形態に保って、迷信的な呪縛で 集団を政治経済的な勢力のまま保って利用することを継続したのであった。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/140
141: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2014/10/23(木) 01:18:18.41 ID:yWz2Pz0x >>140 続き さて、そこでこれが創価学会や日蓮正宗の皆さんの最大の関心事となるだろう。。 >>139 ○ これを本質的な「仏教」に昇華するには、この体で反響するものを日蓮的に 受け取っている限りは不可能である。 そうだ、これに気が付けば、皆さんも本質的に成仏が可能となる。 創価学会や日蓮正宗の皆さんは、今皆さんが仏教だと思って専心しておられる 処のものが、実はそれとは似て非なるものであることを知らなければならない。 ではご意見あれば書いておいてください。ではまた。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/141
142: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2014/10/23(木) 01:30:06.39 ID:cfz8Vrg4 >>137 >私なんかは、「当に知るべし」とか「故に知んぬ」などのフレーズが >半ばトラウマになっていて、今さら読めと言われても読みたくないです(笑 定型文だと思えばそんなもんですが、肝腎の依義判文抄あたりに多いので そういう印象があるのかもしれません。 > 浄土宗については(も)全く疎いので分かりませんが、その日寛の理論は >「末法の始めの5百年」が過ぎた後ならでは、という印象を受けます。 「久遠元初の仏法僧は則ち末法に出現して吾等を利益し給う。 若し此の三宝の御力に非ずんば極悪不善の我等争でか即身成仏することを得ん。 故に応に久遠元初の三宝を信じ奉るべし」 『当流行事鈔』 それはともかく、たとえば「本門の大本尊」とかそういう用語に対して、経文や遺文(たとえば観心本尊抄)に 則った説明を与えた後で、その用語を大石寺用語(板切れ)としてのダブル・ミーニングにすり替える というレトリックを一貫して行使しているものの、後者の派閥護教的要素を取り去ってしまえば、 現れてくる法門の姿は、>>135のようなものです。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/142
143: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2014/10/23(木) 01:47:14.46 ID:juGjBeJv 大石寺日寛と富永仲基は、ほぼ同じ時代だったんだね。八代将軍吉宗の時代だ。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/143
144: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2014/10/23(木) 02:05:44.01 ID:cfz8Vrg4 先入観を捨てて読めば、様々な元ネタが透けてみえる。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/144
145: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2014/10/23(木) 08:37:50.75 ID:YkZJE0vC >>136 山椒島さん、私が日蓮の「経文を燃やした灰を飲め」という指示が、おまじないの類というのは、経典上の根拠がないからだと繰り返し言いました。 とどのつまりではなく、初めからそう言っています。レス番でいえば101や104は示唆しただけですが、108や112は明確にしたつもりです。 ただそのたびに133で例示したように、山椒島さんが話を敷衍してこられたのです。それで私はやはり経典上の根拠はないのだと思いました。 忍性の祈雨祈祷についてですが、昨日も多少気になったのですが、山椒島さんが129で言う、「伯耆書では焼いて灰を飲ませ、 忍性の祈祷は木片に書いて池に投げ込む。どちらも同じ法華経です。面白いですよね。」の何が面白いのか私にはわかりませんでした。 で、昨日は触れませんでしたが、再度136で、「忍性の祈祷(薄い木板に法華経の偈を書き、池に投げ込む)」と繰り返されました。 山椒島さんが既定事実とされているかのような、この記述の出所は、ひょっとして日蓮宗の坊さんの高橋某師のブログでしょうか? もしそれ以外なら、ソースをご教示願えればと思います。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/145
146: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2014/10/23(木) 08:39:47.20 ID:YkZJE0vC 145の続き そこでご質問の「忍性の祈祷(薄い木板に法華経の偈を書き、池に投げ込む)の経典上の根拠はどこにあるとお考えでしょうか。 」ですが、 私の知る限り、忍性の具体的な内容は未詳と思っています。そこでこれが事実かどうかはとりあえず不問にして簡単に私見を述べます。 真言の祈雨といえば空海が天長元年(824年)、京都の神泉苑で行った請雨経法が有名ですが、鎌倉時代に叡尊の書写と言われる、 「神泉苑請雨経法道場図」(重要文化財)というのがあります。これは延応2年(1240)にやはり京都の神泉苑で行われた祈祷の図です。 空海の時と同じく、請雨経という経典に基づいて密教の作法で執り行われたものと考えられ、また忍性は叡尊の直弟子ですから、忍性もまた この請雨経法を行ったと思われます。雨や水を支配するのは蛇つまり竜王ですし、請雨経法曼荼羅では内院に描かれますから、八大竜王も 当然入っていると思われますが、この図では孔雀明王が本尊とされています。孔雀は毒蛇を食べるとされているので、蛇すなわち竜を調伏させ、 「雨を降らせよ」と言うことを聞かせるわけです。ちゃんと教理として筋道が立っています。また密教の祈雨法に水天法というのがありますが、 この場合でもまず八大竜王を勧請することが色々な経典にあるとのことです。まず竜王を呼び出して、それから祈祷するというのは道理です。 ですから、おっしゃるような「池に竜王を呼びだすための木片を投げこむ」というのはうなづけます。ただそれが法華経であったかどうかやや疑問です。 陀羅尼集経や瑜伽論にある竜王の真言のほうがこの場合ふさわしい気もします。思うに八大竜王といえば法華経しか知らない日蓮系の坊さんが 木片を見て自分の知っている名前が八つもあるので、法華経の経文を書いた木片にちがいないと速断したのではなかったのでしょうか。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/146
147: 名無しさん@お腹いっぱい。 [age] 2014/10/23(木) 12:36:18.98 ID:b7FhVH2d >>146 >おっしゃるような「池に竜王を呼びだすための木片を投げこむ」というの はうなづけます。ただそれが法華経であったかどうかやや疑問です。 最近、極楽寺にある池の調査が行われ、かわらけに、法華経の経文が書かれ た物が発見された。忍性の時代の、かわらけだった。したがって、極楽寺良 観(忍性)は祈雨のとき、法華経を唱えながら、法華経の経文を書いた、か わらけを池に投げていたと推察される。当時、どの宗派にとっても法華経は 大切な経であり、極楽寺良観が、法華経を唱えていても不思議ではない。 法華経以外は、祈祷であまり効果がない、と言ったのが日蓮だったが、極楽 寺良観が法華経を唱えて祈祷し、雨が降らなかったとすると、面倒なことに なる。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/147
148: 山椒島 ◆AUtVVr2znk [sage] 2014/10/23(木) 12:54:06.61 ID:oXSV7oc/ >>142 さん 取り去って抽出ですか、なるほど。 「釈尊の仏法は正像で終わり」と言い放ち、種脱相対を立てて日蓮本仏論に持っていくという、 六巻抄(これも依義判文抄でしたか)に関する記憶や印象から来る違和感が解けました(笑 ただ、日蓮の広宣流布観はやはり、天下万民一同に南無妙法蓮華経と唱える時、でしょうから、 日寛が遺文を引用した時点で、既にある程度のズレが生じているのかもしれませんね。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/148
149: 山椒島 ◆AUtVVr2znk [sage] 2014/10/23(木) 12:55:23.04 ID:oXSV7oc/ >>145->>146 さん 私の理解では、経典≒化法とは言っても良いかと思いますが、「教義的根拠」となると話が違ってきます。 「化儀」、「作法」まで広げると明らかにその範囲が異なります。話が敷衍したのは、その確認のためです。 忍性の祈祷についてですが、柿(こけら)経と呼ばれるそうで、教えて下さったのは>>129の御僧侶です。 とても信じられず、他の複数の宗派の方達にも確認しました。私の一連のレスは、言わばその集成です。 宗派を問わず行われ、鎌倉では旧・極楽寺境内地はもちろんですが、建長寺でも出土しているとのこと。 また、鎌倉仏教以前の宗派の寺院、神社や城址などからも出ており、やはり法華経が多いのだそうです。 柿経・極楽寺・仏法寺などを単・複で検索すれば、もっと詳しく、正確なソースも色々と出ると思います。 およそ日蓮が絡む話について、系統の教団の信徒さん達なら、関係するサイトは重宝するのでしょうけれど、 文書の扱いも理論構成も、基本的に個々の自派都合ですから、私のような者はあまり参考に出来ません。 年号や時系列、小難しい用語の意味、文書表記の確認など、実体験と古い記憶の補填が中心ですね。 見落としがちな論点や通仏教的な認識という意味で、むしろ批判的な見解の方がよほど参考になります。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/149
150: 山椒島 ◆AUtVVr2znk [sage] 2014/10/23(木) 13:00:48.84 ID:oXSV7oc/ >>149の補足です。 私のレスはいつも長いので、以前から原則として「1人の相手の方に対して、1度に1レス(15行以内)」という 自主規制を設けていまして、特にほとんど徒労に終わった龍ノ口の議論以降はそのように心がけていたのですが、 これだけ付き合っていただいた上に、言い出しっぺが丸投げなのもどうかと思い、自分でも少し検索してきました。 鎌倉の廃寺を語る ?中世都市の栄枯盛衰? (2) 有鄰堂 ttp://www.yurindo.co.jp/static/yurin/back/yurin_474/yurin2.html 要旨ながら客観的で読みやすいものを。終盤で言及されています。内容から日蓮系の人はいないと思われます。 奈良市埋蔵文化財調査センター紀要 柿経の考察 一分類と編年について一 奈良市教育委員会 (pdfです。URLが長いので短縮したらエラー?で書き込めませんでした。上記コピペですぐに出てくると思います) 既に御存知かもしれませんが、柿経そのものについて詳しく解説されているようです。私はここまで知りませんでした。 ただ、1,992年のものですので、極楽寺(仏法寺)の発掘調査(2,002年)の結果は反映されていないようです。 しかし>>146の考察も説得力がありますね。私には未知の領域ですし、こういった中身のある議論は楽しいです。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/150
151: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2014/10/23(木) 22:15:21.38 ID:yWz2Pz0x >>138-141 続き 私の解釈 日蓮以降の本質的で致命的な誤謬−4 >>138 で日蓮正宗・創価学会での題目唱えの要領とは、要するに音楽的効能に 他ならないと言った。なのでスピードは速くするほど乗りやすくなる、と。 繰り返しの速度 = 本質は体の反響が利用されるのであり、その速度は 速いほど血流が良くなり乗るのでサルのナントヤラのようになる。 (例証)http://www.youtube.com/watch?v=N_lSnPBRoSk 速度が速い創価学会 http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=SghNEC0iUc4#t=107 つまり、お題目の効果は単純に意味が関係のない、マントラムの音楽的な効能 であるから、リズム音楽の身体から入る身体物理的な効果による精神身体医学的 関連効能にほかならない。 そこで、たとえば読経を含め、多くの宗派でも太鼓でリズムを補完して唱える ことも多くある。たとえば、以下も要するにすべて音楽的効能が狙いである。 演奏する者にも、それを聴く者にも、リズムによる音楽として効果が及ぶのである。 ★ 日蓮宗では普通に太鼓、ウチワ太鼓を使っている 日蓮宗大太鼓 【6】唱題 信者太鼓 ・・・・・速度が速い http://www.youtube.com/watch?v=niOnHGQV9k4 日蓮宗大太鼓 【5】唱題 宗定太鼓 ・・・・・速度がゆっくり http://www.youtube.com/watch?v=Xf7MYZJKMYc 唱題行脚 http://www.youtube.com/watch?v=_jwdPe_qJnE http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/151
152: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2014/10/23(木) 22:19:37.20 ID:yWz2Pz0x >>151 続き 私の解釈 日蓮以降の本質的で致命的な誤謬−5 読経でも普通に使われている。 日蓮宗大太鼓 【7】自我偈大太鼓 http://www.youtube.com/watch?v=-6CvwqJOeJU このように、太鼓はリズムを取るために使われているが、それには人間工学的な 意味が大きくあり、題目を唱えるときの効能に大いに関係している。 それは人間が太鼓として共鳴することを利用しているからであり、和太鼓の低音が その共鳴に寄与するためである。その低音は横隔膜の振動数に共鳴しやすいから である。それが体の血行を良くしてリンパの働きも活性化して、また音楽で弛緩 してストレスが解消して病気が治ったりする。それは決して不思議や不可思議では ない。単なる音楽効果による精神身体医学的メカニズムであり、なんの不思議も ないことだった。それはなんの奇跡でもない。まして経文の不可思議効能ではない。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/152
153: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2014/10/23(木) 22:23:00.40 ID:yWz2Pz0x >>152 続き 私の解釈 日蓮以降の本質的で致命的な誤謬−6 リズムによる音楽として効果を狙っているのは、すでに元々真言宗で立派に 音楽としてまかり通っていた。 ★ 和太鼓でお経を読む音楽読経パフォーマンス 法楽太鼓 5 「般若心経」+「九字」+「如意輪」 @増上寺 http://www.youtube.com/watch?v=trk3sYtN3_I (この演奏は「向源」にてらしい。「向源」とは2011年9月 仏教と音楽を軸としたイベントとしてスタート http://kohgen.org/) 法楽太鼓 1 「観音経」 東谷寺 (真言宗豊山派) http://www.youtube.com/watch?v=F4lTokRepCc 法楽太鼓 2 「般若心経〜諸真言」 http://www.youtube.com/watch?v=9Gilg7OstyA 法楽太鼓 3 「不動慈救呪」 http://www.youtube.com/watch?v=_x7quaeBPfI 法楽太鼓 4 「般若心経」 元旦版 経文字幕付 http://www.youtube.com/watch?v=5Wsju5XSXXA http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/153
154: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2014/10/23(木) 22:49:54.44 ID:yWz2Pz0x >>153 続き 私の解釈 日蓮以降の本質的で致命的な誤謬−7 ★ 完全に西洋ドラムのソロ・パフォーマンス的な演奏 奉納太鼓 「妙音天」「光明」「如意輪」(真言宗豊山派 東谷寺) http://www.youtube.com/watch?v=bqm8UuQDzTI http://www.youtube.com/watch?v=o7pjqMdHvS8 http://www.youtube.com/watch?v=e68XmmaeziI ★ 禅宗ですらも太鼓は使うお寺があったもよう 曹洞宗 祈祷太鼓 http://www.youtube.com/watch?v=oPIKJE6S5tc これらリズム音楽としての読経+和太鼓の効果は元々仏教伝統の中で利用されてきた。 それは「題目教」の専売特許ではなかった。ただなぜか「お題目はすごいのだ」 という感覚を抱いてしまうのは、要するに補助用具としての「低音の和太鼓」 などなくてもそのリズムがサルのナントヤラとして自然に引き込まれる感覚が 「不思議を感じさせたから」で「集中するための意識的努力」が要らなかったからだ。 (例証)http://www.youtube.com/watch?v=N_lSnPBRoSk 速度が速い創価学会 http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=SghNEC0iUc4#t=107 これで「三昧境」に入れるとなり集中力も出やすくなる感覚が得られたからだ。 しかしそう言うからには、要するにその功徳やご利益というものは、不可思議力 でも不思議な奇跡でもなく仏様の慈悲でもなかったとなり、精神身体医学的効能 だったとなり、逆に言えば「仏教」とは関係なかったとなるだろう。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/154
155: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2014/10/23(木) 23:10:00.98 ID:yWz2Pz0x >>154 続き 私の解釈 日蓮以降の本質的で致命的な誤謬−8 さて、そこで>>142の件である。 その前に参考として、これをごらんください。 静岡県本山海長寺貫首 菅野日彰さんという方が「南無の会の〜さんという方が ”永平寺に行くと日蓮さんに会えるよ”と言った。云々」と言っておられますね。 仏力、法力、信力のお題目 その6 http://www.youtube.com/watch?v=J_vWYsoh5Go 実はここに<ヒント1>があり、これは南無の会の〜さんという方が言わんと されたことはこの菅野さんが独自に解釈されただけで正解ではないだ、しかし さらにここに<ヒント2>がある。 仏力、法力、信力のお題目 その7 http://www.youtube.com/watch?v=t-WeHvz3tQM これらは題目唱えの日蓮的効能解釈から脱する入り口になっていて、ずっと 以前、当方がこちらで述べた真実に関係しているのだ。日蓮宗のお坊さんが これに接近したことは中々感心する次第なのであり、仏教2500年の因縁と拝さん。 いよいよ、次回は解答になります。ここまでリンク先を見ておかれたい。 ではまた。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/155
156: 名無しさん@お腹いっぱい。 [age] 2014/10/23(木) 23:26:12.57 ID:b7FhVH2d 祈雨の種類について述べる。古代の農耕社会においては、雨を 降る降らないは、大問題であった。祈祷で雨を自在に降らせら れれば、政府の重職に任ぜられるほどであった。 1.請雨行法(しょううぎょうほう)・・・大雲輪請雨経に基づく 2.水天供(すいてんく)・・・水天を本尊として行う。 3.孔雀経法(くじゃくぎょうほう)・・・龍を供養し喜ばせる 4.迦楼羅天法(かるらてんほう)・・・猛禽類を神格化した迦 楼羅(かるら)の力で龍を支配する。 また、雨を降らせるだけではだめで、雨を止めなくてはならな い。降り続けば、逆に大雨による災害が発生するからだ。 1.止風雨行法(しふううぎょうほう)・・・止雨のため、迦楼 羅天(かるらてん)の力を借りる。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/156
157: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2014/10/24(金) 08:39:35.89 ID:VWD4e4Ae >>147>>149>>150 149さん、山椒島さん、私の146は、断ってあるように「忍性が祈雨の祈祷に木片を池に投げ入れた」を所与の事実として私見を述べたものでした。 しかし改めてみなさんのレス内容を参考に関連事項を調べてみました結果、以下のように私見を改めます。 1.出土した木片は柿経であり、これに関する山椒島さんの149の2段目の記述はほぼ正しい。ただ忍性の祈祷とは無関係と思われる。 2.忍性の祈祷は真言の請雨経法によるものと考えられるが、これも他の祈祷と同じく用いた護符その他は破棄されるようである。竜王の勧請の ためなら八大竜王の梵名か漢訳名を記した紙片を池に浮かべ真言を唱えるといった仕方が自然である。 3.出土した柿経は湿気の多い沼沢で700年持ったくらい耐久性のある木材(竹?)で、しかも竜王の名前だけでなく法華経の経文であり、 その数もかなり多く、おそらく元は法華経の全部もしくは相当な部分を写したものと想像され、祈祷には不自然である。 4.柿経は山椒島さんが149で言うように宗派を問わず、全国的に出土例が多く、法華経が多いというのも事実であるが、これらは追善供養や 罪障消滅を祈願する目的で、僧侶というより信徒が行ったようである。忍性の師である叡尊の立てた奈良の西大寺からも多く出土している。 5.元々法華経は日本にもっとも古くから伝わった経典のひとつであり、多くの宗派で重視された。空海が法華経を誹謗したというのは日蓮のデマである。 空海は貴人の死に際して法華経の写本を送っている。これも上記の追善供養という意味合いと符合する。 6.おそらく旧仏法寺跡の請雨池跡から出土した柿経も、信徒によるものだったろう。それが後に有名な忍性の祈雨の祈祷と結びつけられた。 当時から戦乱や地震や津波など自然災害は多くあり、鎌倉も例外ではなかった。追善供養や罪障消滅の祈願は切実なものだったはずである。 だいたい以上です。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/157
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