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日蓮って ver.30 (737レス)
日蓮って ver.30 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/
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719: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2015/03/06(金) 00:05:12.29 ID:7wrkQDI3 >>718のつづき で、そういう欠陥がなんらかの形で補われて、真言呪術教的題目唱えになって悪果を 生み出すことにならないようにする防犯装置としての教義が、たまたま宗門であった 日蓮正宗側の教えには整えられていたのではないかとも思われたのでした。 それが、「日蓮を本佛」ということに祭り上げてしまうことで、そこから逆に、その 「本佛」の「法報応三身」の現れすべてを信じてその一つが「たったひとつのご本尊」 なのだという、ある意味では「狭い信仰」の中に「拡大発散しがちな信仰」を押し込める ことで、その信仰が浄土系の「弥陀の本願」的な信仰に匹敵する信じ方に治まって、 「自己啓発セミナー的な自己能力拡大志向信仰=超人志向の真言題目」ではない 「自分とは別に存在する佛を信じる信仰による救い」としての「成佛」を目的とする 信仰にまとめられていたのではないかとも感じられたのでした。 この志向であれば、己の願望と利己的ご利益のために戦う真言呪術的祈祷はむしろ忌避 され、「実在としての佛さま」に身を預けて任せる他力的で矛盾のない調和の中で六根清浄 が成就する信仰になれると感じる次第で、これは伝統的な狭い道と受け取られがちではある ものの、創価学会的叩き合いで戦う真言呪術的題目祈祷ではない預ける信仰となって結果 として正しい信仰になっているということではなかったか、と感じるのでした。 これは「日蓮自身の教え」というより、「その弟子の開発した信仰」だったからある意味 で無矛盾に成立したのかもしれず「本尊の真贋」よりも「信じ方の主旨」として、悪道に 落ちない防犯装置が組み込まれていたのではないか、と感じたのでした。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/719
22: 名無しさん@お腹いっぱい。 [age] 2014/10/05(日) 22:51:11.50 ID:i1CHvrLB >>719 全スレが書き込み不能になったので、こちらに書きます。 >私が日蓮を法華経至上主義と規定したのは、日蓮が法華経を他の経典に比 べて、最も優れた真実の最終的な経典としたことを意味します。 日蓮が法華経において説かれる個々の教説に忠実であったかどうかというの はまた別の論点になります。 私が御書を通して見た感じですが、日蓮が法華経について、「ここがすごい 、ここに魅力を感じる、大好きだ」という、情熱・感情が伝わって来ないの です。天台智が、法華経が最高と言っているので、それを無条件に受け入 れているように思います。確かに、御書のあらゆる文章に、法華経最高と書 いてあるのですが、どこがどのように素晴らしいのか、という説明が不十分 です。そのため、御書を読んでも、法華経解釈の参考にはなりません。 その点では、宮沢賢治の方が法華経に対して、強い魅力を激しく抱いていた ように思います。 おっしゃっているような、「個々の教説に忠実であったか」というレベルで はなく、安楽行品とは全く逆の行動をしていますね。天台智によれば、安 楽行品は迹門ということで、いくらか理屈はつきます。しかし、観音菩薩品 は本門ですから、理屈が通りません。 >また、「日蓮が台密はもとより、東密まで密教全般を学び、各種の秘儀秘 伝、口訣相伝を受けていた」というのは全く根拠のない話です。 日蓮系宗派の人々で、そういう解説をする人がいますが、・・・。 私が読んでいるのは、あらゆる仏教各派の祈祷に関する専門書です。日蓮宗 関係に割いているページ数はわずかなので、客観的にみていると思います。 日蓮が各種秘儀秘伝、口訣相伝を受けていたと考えられるのは、以下の理由 からです。新義真言宗の開祖、覚鑁(かくばん)の「五輪九字明秘密釈」を 建長3年に書写相承し、檀越の富木常忍に送付しているからです。 五輪九字明秘密釈とは、頓悟往生のための秘観で、大日即阿弥陀の立場から 五輪(五大)と阿弥陀の九字明についての秘儀を説くなど、阿弥陀信仰を、 密教のなかに包摂したものです。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/22
724: 山椒島 ◆AUtVVr2znk [sage] 2015/03/06(金) 21:37:20.74 ID:2dWSZBO4 ※上のレス(>>723)は、>>718-719さん宛てです。 >>722 627 さん 六根清浄とか、即身成仏とか、そういうことになるのでしょうね。 御義口伝は、かつて某教団では、いわゆる最終奥義書みたいな扱いをされていまして。 何とか先生直々の御書講義も行われたりしていましたけど、内容以前にとにかく読みづらかったです。 その文節ひとつ取ってもそうですが、文書全体が、日蓮や日興のそれとは明らかに違いますから。 あえて当時の門下で例えるなら、ですけど、もし「筆者は三位坊だ」と言われたら納得がいきます。 逆の例では、「富士一跡門徒存知事」は実に日興らしいと思えるのですが、多分そうではないのでしょう。 奥が深いですね(棒読み http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/724
737: 名無しさん@お腹いっぱい。 [] 2015/03/08(日) 11:42:02.08 ID:2zKUsHOg >>710 >空海の大日如来による真言密教も、本覚思想も、みな現世肯定で何やっても仏のワザであり表われだから >創価学会のような空海的ご利益がすべてみたいな >>711 >呪術呪法としての真言的呪術題目を大々的に >>718 >つまり、誰も彼もが自分の欲得のために真言呪術的に祈祷するなら >戦いの祈祷呪術としての真言的題目信仰 >>719 >真言呪術教的題目唱えになって >己の願望と利己的ご利益のために戦う真言呪術的祈祷は >>725 >創価学会の教義は根本的に真言密教的なものになってしまっていて 上のカキコ主は「真言=呪術」という、日蓮同様に根本的な無知・無理解が露骨に出ている。 密教における真言(マントラ)は呪法ではない。般若心経などにみられる「呪」という文字はマントラの漢訳語だ。 たしかに鎮護国家など様々な目的で高位の密教僧が法要や祈祷の儀式を行ってきたし、そのように敬われてきた歴史はある。 空海が正系の密教を招来する以前から、山岳修行者が断片的な真言を唱えたりしていた歴史もある。 また密教僧侶が修法を行うさまが、外見的には呪術のようにいかにも見えるのも事実だ。 しかしながら密教における修法は呪術ではなく、本質的には禅宗における禅と同じく、瞑想修行というべきものである。 いわば禅が静的ヨガとすれば、密教は動的ヨガと言ってもよい。 http://anago.5ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/737
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