[過去ログ] 毎年9月8日は「ぐはあーーーの日」 (857レス)
上下前次1-新
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
次スレ検索 歴削→次スレ 栞削→次スレ 過去ログメニュー
825: 2019/11/03(日)16:39 ID:??? AAS
■2カップル目:夫がパンツをはかない!
ルーマニアの夫婦のケース。
妻は結婚後、夫がパンツをはかないことに気がついた。つまり、普段からズボンの下はすっぽんぽんなのである。
最初はそういう習慣なのかと思って納得しようとしたらしいが、思わぬ落とし穴があった。
夫がパンツをはいていないことは、夫の友人・知人の間では結構有名な話だったのだ。
もちろん、女友達にも知られており、彼女たちがパンツをはいていない夫の股間をジロジロ見ていることに我慢ができなくなってしまったのだという。
妻は
「パンツをはいてくれなきゃ離婚よ!」
と迫り、最終的にこの騒動は裁判にまで発展したのだが、法廷で夫は、
「私は妻を愛しています……。しかし、たとえ離婚されても、パンツをはくことだけは絶対イヤです」
省11
826: 2019/11/03(日)16:42 ID:??? AAS
■4カップル目:妻が風呂嫌いで不潔すぎる!
日本人カップルのケースである。
新婚当初は1日置きに風呂を沸かしていたらしい。
しかし、もともと“風呂は毎日入るモノ”だと思っていた夫は、妻が風呂を沸かさない日はシャワーを浴びていた。
そしてだんだん妻が風呂を沸かさなくなり、夫が勝手に風呂を沸かして入るとケンカになるようになっていった。
さらに夫は、妻が一週間以上風呂に入らなくても平気だという事に気づいた。
そうなると妻の不潔感がたまらなくなり、結婚後1年ほどでセックスレスとなった。
その結果、ふたりは離婚することになったという。
■5カップル目:夫の豆の食べ方が気に入らない!
省5
827: 2019/11/03(日)16:43 ID:??? AAS
■6カップル目:夫が同性愛の雑誌を持ってた!
日本の話である。
妻が夫のクローゼットを掃除していたら、中から男性同士の同性愛雑誌を発見した。
帰宅した夫を問い詰めると、「昔は男も好きだったけど、結婚してからは“浮気”はしていない!」と、突如カミングアウトしたのである。
ただ夫の発言が一言一句間違いなければ、“男も”と言っている以上、彼はゲイではなくバイセクシャルだ。
これを許せない妻の許容量は狭いのか、女性として当然の反応なのかは微妙である。
■7カップル目:妻がスイーツを愛しすぎる!
中国での話。
妻の趣味は手作りスイーツ。
いつも、食後に甘いケーキを焼いて出していた。新婚当初はまさに“甘い生活”を満喫できたのだが、調子に乗った妻は毎日毎食、スイーツを出し続けたのだ。
省3
828: 2019/11/03(日)16:48 ID:??? AAS
■8カップル目:面倒くさいから離婚する!
これまた日本の話だ。
ただ、このケースはいわゆる“熟年離婚”のような、長年積み重なってきた不平や不満の末に別れたのではない。
実はこの夫婦、夫が在日韓国人2世だった。在日2世ということで、母国である韓国に大した思い入れもなく、夫は結婚30周年を機に、日本への帰化を決意した。
しかしいざ帰化してみると、それまで国際結婚だから認められていた夫婦別姓が不許可になり、どちらかの姓に統一しなければならなくなったのである。
何十年も別姓を通してきたふたりにとって、いまさら姓が変わるのはおっくうなことだった。ならば、別姓を守るために
「面倒だから離婚しちゃえ!」
ということにしたのだという。ちなみにこの夫婦、離婚した後も仲良く同居しているそうだ。
省15
829: 2019/11/03(日)16:59 ID:??? AAS
服を脱がされ、陰部を撮影される… 隠されている障害者施設の闇の一面!!
2015.06.20
6月上旬、鳥取県の擁護学校で勤務していた看護師6名が、児童・生徒の保護者からのクレームや、学校側からのケア不足を主な原因として、5月末に一斉退職し、当事者のみならず、多くの人々に強い衝撃を与えた。
しかし、そうした騒動が物議を醸す中、現場経験のある関係者からは、実に意外な話が相次いで巻き起こっている。
「職員の中には、性的なものを含めた虐待をする人も少なくないんです。私の場合は、それを注意したために、居づらくなって辞めたんですが…」
自らが過去に体験したことについて、そう語るのは、かつてある養護学校とそこに隣接する関連施設で勤務していたことがあるという元看護師のNさん(38)。
彼女の話によれば、その元勤務先では看護師以外のスタッフによる虐待が横行し、目を覆うような光景が、日々繰り広げられていたのだという。
「つねる、叩くは当たり前。あとは、痕跡が残りにくいので、ベッドなどに顔を力ずくでしばらく押さえつけるみたいなこともありました。だけど、誰もそれを止めない。
私たちがそれとなく注意しても、“あんたらは看護師だから口を出すな”みたいなことを言われて…」
省2
830: 2019/11/03(日)17:00 ID:??? AAS
「小さい子供たちへは、暴力が多かったように思います。
だけど、小学校高学年から中学生くらいの歳の子になってくると、たとえば女の子なら男性職員が胸を触ったり、意味もなく裸にしたりということもありましたし、
男の子の場合は下着を脱がされて、陰部の写真を撮るような行為もあったようです」
もし仮に、Nさんの証言が事実であるとするならば、もちろん大問題だ。
しかしなぜ、そうした事態を把握していながら、Nさんは自らが退職に追い込まれる寸前まで「それとなく注意」しかできなかったのか。
「いろいろと理由はありますが、一番大きいのは証拠が残りにくいからなんです。彼らにとって『部外者』と認識されている私たちの前では、そういうことは絶対にしないし、そのそぶりも見せない。
私がこうした事実を知ったのも、子供たちから聞いたからなんです。だけど、それだけでは証拠にならないじゃないですか。
最後の最後で、私も我慢できなくて彼らに注意しましたけど、ああいう施設で働く看護師たちは、私と同じような体験をしていると思います」
そうした悪夢のような光景が潜む施設を去り、専業主婦となってからすでに6年もの歳月が流れたというNさん。
それでも、こうした事件に関する報道が流れるたびに、過去の忌まわしい体験が去来し、胸を痛めるという。
省4
831: 2019/11/03(日)17:06 ID:??? AAS
美しすぎる母が、息子と近親相姦…! 悲劇の殺人事件【バーバラ・ベークランド】の全貌!!
2015.06.24
1981年3月20日午後、ニューヨーク市イースト川の真ん中に位置する悪名高き収監施設ライカーズ刑務所の監房で、祖母への殺人容疑で逮捕されていた男が遺体となって発見された。
首から上はプラスチック製の袋でぐるぐる巻きになっており、死因は窒息死。自殺だった。
壮絶な死を遂げたこの男の名は、トニー・ベークランド。享年35歳。
曾祖父はプラスチックを発明し大金持ちとなった偉大なる科学者レオ・ベークランドという、ハイソサエティーな一族だった。
しかし、曾祖父は素晴らしい男だったものの、生まれながらに富豪だった父親ブルックスは小説家と自称し遊び暮らす気弱な男だった。
■トニーの母・バーバラが父・ブルックスと出会うまで
省11
832: 2019/11/03(日)17:33 ID:??? AAS
■“普通じゃない”結婚生活 ダリも訪れた真夜中のパーティ
バーバラが結婚するにあたりブルックスに隠していたことは偽装妊娠だけではなかった。
実は彼女は、母親同様、精神病を発症しており、ブルックスと交際する少し前から精神科の治療を受けていたのだ。
医師はバーバラが結婚したことを知らず、人づてに結婚したと聞いたとき「おぉ神よ。どうか子どもだけは授からないように……」と苦しげな表情を見せたと伝えられている。
彼女の精神病はそれほど悪いものだったのだろう。
嘘を積み重ねて結婚したバーバラとブルックスだったが、新婚当初は夫婦仲が良かった。
浪費家で見栄を張ることが好きという共通点を持ち、ニューヨークのアッパー・イースト・サイドにある超高級マンションで、セレブ友達を招いては、優雅なパーティー三昧の日々を送っていたからである。
世界的画家のサルバドール・ダリや、『ソフィーの選択』などの名作を執筆したウィリアム・スタイロン、詩人のディラン・トマスら著名人とも交流した。
わいせつな遊びもよくしたそうで、下半身を露出し上半身を隠した男性招待客を一列に並ばせ、妻やパートナーに当ててもらうというゲームなども好んでいた。
しかし、この「普通でない暮らし」はバーバラの精神を少しずつ蝕むようになっていく。
省1
833: 2019/11/03(日)17:34 ID:??? AAS
■“普通じゃない”結婚生活 ダリも訪れた真夜中のパーティ
バーバラが結婚するにあたりブルックスに隠していたことは偽装妊娠だけではなかった。
実は彼女は、母親同様、精神病を発症しており、ブルックスと交際する少し前から精神科の治療を受けていたのだ。
医師はバーバラが結婚したことを知らず、人づてに結婚したと聞いたとき「おぉ神よ。どうか子どもだけは授からないように……」と苦しげな表情を見せたと伝えられている。
彼女の精神病はそれほど悪いものだったのだろう。
嘘を積み重ねて結婚したバーバラとブルックスだったが、新婚当初は夫婦仲が良かった。
浪費家で見栄を張ることが好きという共通点を持ち、ニューヨークのアッパー・イースト・サイドにある超高級マンションで、セレブ友達を招いては、優雅なパーティー三昧の日々を送っていたからである。
世界的画家のサルバドール・ダリや、『ソフィーの選択』などの名作を執筆したウィリアム・スタイロン、詩人のディラン・トマスら著名人とも交流した。
わいせつな遊びもよくしたそうで、下半身を露出し上半身を隠した男性招待客を一列に並ばせ、妻やパートナーに当ててもらうというゲームなども好んでいた。
しかし、この「普通でない暮らし」はバーバラの精神を少しずつ蝕むようになっていく。
省1
834: 2019/11/03(日)17:35 ID:??? AAS
客が帰宅した後、外に飛び出し「じゃあ、あたしも最初に車に乗せれくれる男性とやる」と見ず知らずの男が運転する車を止めて乗り込んだこともあった。
セレブたちの「金がすべてを解決する」というクレイジーな日常が、バーバラの精神状態を悪化させたのだ。
バーバラの感情の起伏はどんどん激しくなっていった。
スキーリゾートで、真夜中に外に出て泣きわめいたり、何の脈絡もなく突然逆上したり、ブルックスと取っ組み合いの喧嘩をするようになり、友人たちも戸惑うようになっていった。
■そして、トニーの誕生 サドの文章を朗読させる
しかし、そんな最悪の状態になっても2人は別れなかった。
1946年8月に最愛の息子トニーが誕生したからだった。
24歳で出産したバーバラはトニーを溺愛。
ブルックスも自分がダメ男だった分、息子に大きな期待をかけ、2人は自宅パーティーに来る客に、いかに我が子が天才かを披露した。
描いた絵、話した言葉、それだけでなく、マルキ・ド・サドのエロチックな文章を大きな声で朗読させ、客をどん引きさせた。
省8
835: 2019/11/03(日)17:40 ID:??? AAS
■奇行・性的虐待… 親の愛を知らないトニー
親の愛を知らずに育ったトニーは、12歳の時に海辺でカニを捕まえて素手で引きちぎっているのを目撃されたり、14歳の時に邸宅を一緒に借りていた家族のベビーフードを盗んで食べるというような奇行をする子になった。
後にトニーは精神科医に対して「最初に性的虐待を受けたのは8歳のとき。寄宿学校で、相手は男性だった。
それから男性と性的関係を持つようになり、14歳の頃から自分でセックスする男性を探すようになった」と告白。
その言葉を裏付けるように、14歳頃から親が外出するたび、年上の男娼を連れ込んではセックスしまくるのを一家の料理人らに目撃されている。
そして、15歳になると、トニーが同性愛者であることは周知の事実となった。
ブルックスはトニーの性癖を知っていたが、そのことに関してはあまり興味を示さなかった。
女癖の悪かった彼は、この頃パリで知り合った15歳年下のイギリス人外交官の娘に夢中になっていたからだ。
一方のバーバラは、トニーが同性愛者であることを決して認めず、「お前はゲイなんかじゃないのよ!」と罵り、息子の性癖を徹底的に否定した。
836: 2019/11/03(日)17:41 ID:??? AAS
■自殺未遂を繰り返すバーバラ
1963年、ブルックスは意を決してバーバラに「離婚してほしい」と伝えた。
息子の性癖だけでなく、夫の女癖にも苦しめられるのかと逆上したバーバラは、大量のクスリを飲み、自殺未遂をした。気の弱いブルックスは、愛情はないがバーバラを死なせるわけにはいかないと離婚を踏みとどまり、
それをいいことに、バーバラは狂言自殺をしまくるようになった。
招待客の前で、「今朝、5時に私はどこにいたでしょう?」と問い、「答えは緊急病棟です」と包帯を巻いた手首を見せ微笑み、ブルックスを精神的に痛めつけるようになった。
「ブルックスを傷つけたい」という彼女の願望はエスカレートし、自分はまだ魅力的だと見せつけるためスペイン人の物理学者と浮気までした。
しかし、ブルックスは焼きもちを焼くどころか、もう離婚しようと提案。
焦ったバーバラは愛人と別れ、再び狂言自殺を繰り返す日々へと戻った。
837: 2019/11/03(日)17:42 ID:??? AAS
■バーバラを気遣うトニー だが…
その頃、トニーは妖しい魅力を持つオーストラリア人男性の虜になっており、ドラッグを使ったゲイセックスに没頭していた。
心配した友人がバーバラに「薬物で言いなりにされている、助けてあげて」と連絡。
驚いた彼女はトニーを救い出し、スイスに連れて行こうとしたが、トニーのパスポートがなかったため入国審査で止められ拘束されてしまった。
手錠をかけられたトニーを見て、バーバラは顔を輝かせ「やっとママのものになったわね」と笑みを浮かべたと伝えられている。
トニーはこのことをすまないと思ったのか、その後、カダケスで知り合った若くて美しいフランス人女性シルヴィと親しくした。
バーバラは「同性愛が治った」と大喜び。
彼女をディナーに招き、結婚しなさい、金持ちの暮らしができるわよと大はしゃぎした。
しかし、男しか愛せないトニーはシルヴィと深くつき合うことはできなかった。
そして、なんと、あろうことか、ブルックスがシルヴィを気に入ってしまい、男女の関係になってしまったのだ。
省3
838: 2019/11/03(日)17:46 ID:??? AAS
■母との近親相姦セラピーが始まる
1969年の夏、バーバラとトニーはマヨルカ島に友人が借りてくれたリゾートハウスに滞在。
バーバラはトニーにマリファナと酒を強要し、ふらふらになったトニーと性的関係を持った。
バーバラは息子が自分に性的反応を示してくれたことが嬉しかったのか、友人たちに自慢げに「息子とセックスした」「これはセラピー」「これで息子の同性愛が治る」と語った。
誰もが唖然としたが、バーバラは満足げだった。
そして、その後、くりかえし近親相姦した。
母親の言いなりになるしかなかったトニーは精神的に追いつめられ、父親に「ママのところに戻ってきて下さい。ママはまるで8歳の少女のようで、困っています」という手紙を送った。
しかし、ブルックスは何もしなかったのだ。
■トニーの崩壊が始まる
そのことに絶望したのか、トニーは暴れ、物を壊し、荒れまくるようになった。
省4
839: 2019/11/03(日)17:47 ID:??? AAS
満足げなバーバラとは対照的に、生まれてからずっと親の都合で振り回されメチャクチャな生活を強いられてきたトニーは、母親に「治療なのよ」と夜な夜なセックスを強要されることで、とうとう精神が崩れてしまった。
幻聴が聞こえ、幻覚に怯え、バーバラに対して激しい暴力をふるうようになったのだ。
さすがのバーバラも精神科医の治療が必要だと思い、入院させたが治療費が高額のため途中で退院させることに。
ブルックスを頼ったが、精神科医の治療などインチキだ、必要ないと主張し助けてくれない。
処方薬が底をつきトニーは再び暴れるように。
木の棒でバーバラが失神するまで殴ったり、夕食中にバーバラの顔に卵を投げつけたり、ペンで彼女の目を刺して失明させようとしたり、骨折させたり、手のつけられないようになった。
1972年7月には、「バーバラを殺す」と言ってナイフを振りかざすようになり、外に逃げた彼女を執拗に追いかけ、車に轢かれるようにと車道に突き飛ばし、とうとう警察に逮捕されたが、バーバラはただの親子喧嘩だと説明。
息子を連れて家に帰ってしまった。
■統合失調症だと診断されるが……
8月になると、トニーは突然失神したり手を強く握りしめたり、無意識のうちに体を前後に揺らすようになり、誰の目から見ても精神状態が正常でないことが分かるように。
省6
840: 2019/11/03(日)17:50 ID:??? AAS
■母を殺害後、レストランに出前を頼む
騒ぎを聞いた近隣住民からの通報を受けて救急隊員と警察官が駆けつけたとき、トニーは中華レストランに出前の電話をかけている真っ最中だった。
母の死体に動揺しないトニーは明らかに精神が病んでおり、殺人罪で逮捕された後ブロードモア保安病院に収容され、7年間にわたり様々な治療を受けた。
1980年7月21日、友人や親族の陳情運動が受け入れられ、トニーは退院。
すぐにニューヨークに飛び、バーバラの母親で87歳になっていたニナのもとに身を寄せた。
だが、トニーは治っていなかった。
退院した6日後の7月27日、祖母であるニナを殺意を持ってナイフで切りつけたのだ。
ひょっとしたら処方箋を飲むのを止めて再び症状が出てしまったのかもしれない。
しかし、「まるで母のようにオレのことをなじった。ママみたく!」と興奮しながら自供した言葉からは、薬さえも抑えきれないほどの深すぎる傷と暗すぎる闇が見え隠れしていた。
なお、ニナは8箇所刺され、複数箇所骨折したが、命には別状なかった。
省6
841: 2019/11/03(日)18:04 ID:??? AAS
実の娘を13歳から犯し続けた牧師 ― 性欲に溺れ、家族6人殺害した後…!!
2015.07.01
1997年11月21日。ベルギー当局が70歳になるハンガリー出身のプロテスタント教会の牧師、アンドラス・パンディを逮捕した。
罪状は、元妻2人と4人の子どもたちを殺害した容疑だ。
逮捕のきっかけとなったのはアンドラスの実娘の告発。
血の繋がった実の娘アグネスが「13歳のときから父親から性的暴行を受け、家族5人の殺害を手伝わされた」と訴えたのだ。
アンドラスの事件は大々的に報じられ、北欧中を驚愕させた。
ベルギーでは前年の96年、8歳〜19歳までの少女6人を誘拐、監禁、強姦した上、共犯者を含む5人を殺害した「マルク・デュトルー事件」が発覚したばかり。
アンドラスはハンガリー人だが、このような凶悪な連続殺人事件が立て続けに起こったことに誰もが震え上がった。
■掘り起こされた「悪夢」
省6
842: 2019/11/03(日)18:07 ID:??? AAS
■牧師で子だくさん……アンドラスという男
ハンガリー人のアンドラスが、ベルギーのブルッセルに移住したのは56年、29歳の時だった。
共産主義政権時代のハンガリーから逃れるように、最初の妻・イローナとアグネスを含む3人の子どもたちを連れて移り住んだ。
しかし、イローナとは1967年に離婚。その後、3人の連れ子がいるエディット・フィンターと再婚して新たに子どもを2人もうけた。
血の繋がった子どもは5人。連れ子3人という、子だくさんな父親だった。
アンドラスの職業は牧師。
92年に退職するまでプロテスタント教会の牧師、宗教教育の先生として働いた。
ハンガリー牧師教会からの信頼も厚く、大勢の信者たちから慕われた彼は、ベルギーだけでなくハンガリーにまで家を持つほどに裕福になった。
■家族が行方不明に
61年〜71年まで、実に8人の子どもたちを養ってきた彼だが、86年〜89年までの3年間に子ども4人と元妻2人が相次いで行方不明になるという異常事態が起きていた。
省2
843: 2019/11/03(日)18:08 ID:??? AAS
後に判明したことだが、この頃アンドラスはハンガリー在住の少女2人と少年1人に「映画の製作していて、リハーサルを手伝ってほしい」と言って金を払い、「自分の子ども」を演じさせてハンガリーの親戚に会わせていた。
少年少女たちは「うまく演じてくれ」と言ったアンドラスの言葉をきっちりと守り、「パパ」と呼んで子どものように振る舞ったそうだ。
さらに、親戚には「子どもたちに会ったという手紙を書いてくれ」と頼んでいたのだった。
■恐ろしい殺害方法
一方で、警察の取り調べを受けていたアグネスは殺人について詳しく語りだしていた。
殺人方法は、射殺かハンマーでの撲殺。
自分が殺したのは実母、2人の兄弟、継母と彼女の連れ子の5人。
遺体はバラバラにした後、配水管清掃に使う強力なドレインクリーナーで分解してドロドロに溶かし、配水管に流して捨てたと供述した。
溶けずに残った部分はと殺場の廃棄処分用のコンテナに放り込んだとも明かした。
13歳から父親にレイプされてきたため、怖くて逆らう事ができなかったのだ。
省9
844: 2019/11/03(日)18:11 ID:??? AAS
■次々と発覚する事件
ベルギーの新聞は「92年、アグネスは自分と継母の子どもたちが父親から強姦などの性的虐待を受けていることや、家族の何人かが行方不明になっていることを警察に報告したが、形だけの調査しか行われなかった」と報道。
もし、この時きちんと捜査をしていれば、犠牲者が減ったはずだと警察を非難した。
この報道に対し、やっきになった警察はアンドラスの罪を暴くため、必死に自宅を掘り起こした。
すると、自宅のコンクリートの下から、アンドラスが妻を募集していることを知り娘と共に面会に訪れたハンガリー人女性のである可能性が高い骨を発見。
さらに、93年にアンドラスと交際していたハンガリー人女性の12歳だった娘がこつ然と姿を消したことも判明した。
同じ頃、ハンガリーの新聞は、アンドラスが複数のルーマニア人孤児たちをブルッセルの自宅に招き、滞在させていたと報道。
アンドラスは、89年に起こったルーマニア革命によって生まれた、たくさんの孤児たちを救済するチャリティー団体「YDNAP」を設立。
「YDNAP」は、アンドラスの苗字パンディ(PANDY)を逆さ読みしたものであり、この団体が斡旋するという形でたくさんの孤児たちを自宅に呼び寄せていたのだという。
省3
上下前次1-新書関写板覧索設栞歴
あと 13 レスあります
スレ情報 赤レス抽出 画像レス抽出 歴の未読スレ AAサムネイル
ぬこの手 ぬこTOP 0.015s