【日本史】GHQに焚書された書籍 (533レス)
1-

131: 09/23(月)21:37 AAS
p111
本居宣長は伊勢松坂の人。享保十五年七十二歳で没した。真淵の門人で鈴の屋と号し、深く古史・古文をきわめ、明和元年(家治の時)に古事記を説明するという稿を起こし、三十五年の長年月を費やして、寛政十年六十九歳に至って古事記伝四十八巻(内三巻目録)を大成し、彼の没後二十二年の文政五年に至ってようやく全部の刊成は成った。宣長の著書はこの他に数多いが、明和八年彼が四十八歳の時には有名な「直昆霊(ナオヒノミタマ)」を著している。その一節に曰く

神の御心のままに安国(ヤスクニ)と平穏に統治なさっている大御国であったので、古の大御代には、道ということも言挙(コトア)げも全くなかった

と言っている。つまり我が国の天皇は神そのままの天皇であらせられ、治(シ)らす御精神つまり仁愛を垂れなさったもので、そこには言挙げの必要はなくて、道自ら定まるというように、自然の大道が組織化していることを述べて、我が国体の基礎の強固な所以を明示している。実に宣長によって国学は大成したといってもよい。

輝き出す この日の本の光から
朝鮮支那も春を知るだろう   ー宣長ー

宣長の門人は四十以上の国にわたり、門人帳には四百八十八人の名がのっているが、没後の門人を加えると四百九十人になる。平田篤胤のような者は没後門人の一人である。

※言挙げ=はっきり言葉にだすこと

※治らす(知らす)=天皇が国と民に深い関心を持って広く知ることで環境を整え、国民は一丸となって天皇が与えた稲(富)を利する。この両輪で統治をする国づくりのこと。
1-
あと 402 レスあります
スレ情報 赤レス抽出 画像レス抽出 歴の未読スレ AAサムネイル

ぬこの手 ぬこTOP 0.005s