統帥権の運用と集団的自衛権行使容認の憲法解釈 (580レス)
前次1-
抽出解除 レス栞

7
(3): 2014/05/14(水)00:47 ID:YFsr53CF(1) AAS
>>1
極東アジアの低知能サル、

Self defense is a human right.

Charter of the United Nations

Article 51

Nothing in the present Charter shall impair the inherent right of
individual or collective self defense if an armed attack occurs
against a Member of the United Nations.
省3
8
(3): 2014/05/19(月)14:09 ID:MhiDfic5(1) AAS
自衛権は主権国家が当然に有する権利。よって憲法に日本国は自衛権を有するなんて
規定しても無意味なので規定がないのは当たり前。

そもそも集団的自衛権などというものはない。あるのは自衛権のみ。自衛権の行使の仕方に
単独防衛と集団防衛があるだけ。
所有権の行使の仕方には使用・収益・処分といったものがあるが、だからといって
使用的所有権とか収益的所有権などがないのと同じ。

集団的自衛権などという用語を用いただけで法学の素養がゼロなのが良く分かる。
17
(3): 2014/07/04(金)22:22 ID:/W9tXU+/(1/3) AAS
憲法9条一項は質的限界を規定したもの。⇒どのような行為が容認されるのかが問題になる。
※この規定は不戦条約に由来するものであり、同条約が禁じているのは侵略戦争のみ。
(個別的・集団的を問わず、)自衛権までは禁じていない(通説)。

憲法9条二項は量的限界を規定したもの。⇒自衛隊(名称なんて何でもよい)の規模の程度が問題になる。

つまり、二項に基づいて自衛隊が合憲であるなら、集団的自衛権の行使も合憲であり、
自衛隊が違憲であるなら、集団的自衛権の行使も違憲であるとするのが論理的結論。

しかし、内閣法制局は、自衛隊は合憲であると言いながら、なぜか同じ二項を根拠に集団的自衛権の行使は違憲であるとしている。
子供騙しも甚だしい。

ましては、権利能力はあるが行為能力はないという、憲法の下位規範である民法理論を持ちだすのは本末転倒である。
省3
38
(3): 2014/07/13(日)18:30 ID:HJz3ggdc(1/2) AAS
>>34
裁判って訴訟適格さえあれば
なんでもかんでも争えるんじゃないの?

「上司に挨拶したのに、上司の耳が悪かったのか聞こえなかった。
で、上司に『ちゃんと挨拶しろ』と言われた。
自分の耳の悪さを棚にあげ、俺が挨拶してないことに責任転嫁した上司への謝罪と賠償を要求する」

みたいな子供じみたものでも
ちゃんと裁判って成立するじゃん。

それとも、
そういう「なんでもかんでも裁判にできますよ」
省1
45
(3): 2014/07/14(月)20:48 ID:WFoG0jVi(1/2) AAS
>>42
裁判に門前払いはない。

そういえばこのスレでたびたび「女性専用車両」という用語が出てきているけれど。

女性専用車両について、
「女性専用車両は任意の協力であり法律で決まっていない。だから裁判の起こしようがない。
日本では抽象的審査権が認められていないので、法律にない以上、女性専用車両を提訴することはできない」
と言っていた人がいた。

これは違うのだ。
もしそうだとしたら、
小泉やら石原やらの、靖国参拝だって、違憲訴訟はできないってことになるよね。
省2
69
(3): 2014/07/21(月)09:43 ID:78FY5vD+(3/4) AAS
つまりこの見解だと,自衛のための戦力の保持は許されるということになり,そのような名目であるかぎり自衛隊は合憲である。
しかし,例えば,「実力組織」「自衛力」「武力」(佐藤・憲法は武力という表現を用いている)という言い方もあると思う。
そのほうが歯止めがきき,憲法9条全体の趣旨に合致するのではないかと思う。
実際に自衛の名の下で侵略戦争がなされることも多いのである。
2項はあくまでも量的規定である。
私見によると,自衛隊合憲・違憲どちらもありうる。
90
(3): 2014/08/13(水)21:01 ID:GH1kcwG+(1/3) AAS
>>89
自然科学と人文科学と社会科学は区別される。
とりわけ法学・政治学・経済学を包含する社会科学は、条件が複雑なので、学者の主観が入り込む可能性が高い。
それらを完全ではないにしても幾らかでも自然科学のように客観性に接近させていくのかが課題である。僕の問題提起はその点にある。

ついでに今回の件と共通点を見いだせる一つの裁判例を挙げておく。
行政の通達によって非課税とされていた物品を新たに課税物件として扱うことの可否が裁判で争われたことがある。
これについて最高裁は、通達の内容が法の正しい解釈に合致するものであれば違憲ではないと判断している。
当然のことである。
これは憲法解釈にも言えることで、解釈の変更そのものが問題なのではなく、(過去にもこうしたことは行なわれている。)新解釈が憲法に違反するかどうかが問題なのである。
その点が分かっていない学者が多いのが実情である。
省4
139
(3): 2014/09/27(土)20:27 ID:CXS6Ch2B(1) AAS
>>138
固定的であるべきなんだよ法律や憲法は。

車の制限速度は1kmでも超過すれば違反だ。
まあ実際問題、1km超過ではたとえ故意であっても実際に有罪判決はあり得ないとは思うが、
条文上ということであれば1km超過でも違反だ。

なのに、1kmどころか10km超過が当たり前。
20km超過でも警察はスルーしてるのがふつう。
判例でも、制限速度の倍で走っても無罪判決が出たのがあったように思う。

で、宇都宮北自動車道かどっかッ忘れたが、
「現実の変化」に合わせて、
省6
325
(3): 2015/06/24(水)18:50 ID:03Vietmh(2/3) AAS
>>324
憲法学者たちは本当に集団的自衛権を理解しているのかなと思う。
集団的自衛権とは、自国と密接な関係にある国が攻撃を受けた時、これを自国の安全を侵害する行為と認定した国が被攻撃国を援助し、必要かつ相当の反撃をする権利のこと。

ポイントは、「自国と密接な関係にある国」「自国の安全を侵害する行為と認定」と言う部分である。

田中耕太郎最高裁長官補足意見は、「他衛=自衛」と述べているが、問題の本質をとらえた発言である。国際法をよく知っている人の発言であることは確かである。

ちなみに侵害されている他国の救援に赴くということは一般国際法上行なわれてきたが、そのように事実上存在してきたものを国連憲章が規定するに至ったものである。
だから、国連憲章によって初めて容認されたものではないことは言うまでもない。
399
(4): 2015/08/14(金)10:16 ID:up3rGvL0(1) AAS
国際法学者の賛否
外部リンク[html]:nakajimasan.blog89.fc2.com
これだけみると安倍ちゃんに呼ばれた人だけが賛成。

その都度、同じ人の発言かどうか、良く分からないが・・・。
>集団的自衛権が国家固有の権利ではないというならそれで良い。
>集団的自衛権行使には様々な局面があるにもかかわらず、単に自国への攻撃の着手の有無のみで固有の権利行使か否かを形式的に区別することは疑問である。

>「戦力」に該当するかどうかは客観的に判断されるべきもの。憲法学説も客観的要素を基礎としている。
たぶん客観的要素を重視する説または〔客観的要素+主観的要素〕を重視する説が多いと思う。 
が、客観的要素に着目して自衛隊を「戦力」に当たらないとする学説あるのかね・・?
むしろ従来の政府解釈が主観的要素を強調して自衛隊を「戦力にあらず」と言ってきたのではないか。
省12
前次1-
スレ情報 赤レス抽出 画像レス抽出 歴の未読スレ AAサムネイル

ぬこの手 ぬこTOP 1.865s*