[過去ログ] ■■剣道の当たり判定は不自然■■2本目 (1002レス)
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141
(1): 2008/07/16(水)02:07 ID:JuakNJnj(5/5) AAS
>>140
そうですね、結論として思うところは似通っていると思います。
陳腐な言い回しですが「真剣同士の戦いの緊迫感」みたいなものは相当相対化されていますし。
その中で、剣道人として何をしていくべきか中村先生の言葉をどう捉えていくべきかを考えると、
真剣ならばどうなるのか、といったことを年頭に置きつつ剣道をしていく中で「失われたもの」を追求していくことなのではないかと思います。
ルールに依存することなく、正しい、目指すべき一本とは何なのかを考えることもその一歩であると思います。

長々とありがとうございました。
142: 2008/07/16(水)02:20 ID:T5rsAVGK(5/5) AAS
>>141
こちらこそ、ありがとうございました。
143: 2008/07/16(水)04:07 ID:9YWNTIZ2(1/2) AAS
>>132
>私たちも、段位審査を研究したりする際に五臨や葉隠等の古来の剣術書を
>紐解き研究することがあるが、やはり「剣の理合は斬らせずに斬る」として
>教えているものは皆無と断ずるに躊躇しない。
>斬られたくないからこそ捨て身の一打を、というのは古くからの剣術が
>常に伝え続けているところで、
>やはり剣の理合の第一歩は「捨て身の打ち」なのだと思う

おいおい、本当に「五輪書」読んでるのかよw
五輪書地之巻には
 『武士の兵法を行う道は、何事においても人にすぐれるところを元とし、あるいは
省21
144
(1): 2008/07/16(水)04:28 ID:9YWNTIZ2(2/2) AAS
>>132
ついでに新陰流の「殺人刀」では
(現代語に要約すると)
 人に一太刀浴びせるのは容易い。人に斬られぬことは難しい。
 相手は斬ろうと思って打ち付けてくるが、身に当たらぬ間合いを熟知して
 驚かずに、あえて敵に打たせる。
とある。
そしてこう続く。 
『敵は当たると思ふて打てども、つもり(間合い)あれば当たらぬなり。
 当たらぬ太刀は、死に太刀なり。
省6
145: 2008/07/16(水)12:00 ID:sDUkmEAX(1/2) AAS
SUGEEEE
146: 2008/07/16(水)12:07 ID:sDUkmEAX(2/2) AAS
すまん、誤爆したw

>>144
葉隠も読もうぜ!
しかし「剣の理合」っていうのも色々あると思うな。
素肌剣術で武芸者として生き残っていこうと思うならまず斬られないように、が大切だったと思う。一人対多人数とかも攻撃動作は最小限にせざるを得なそう。
斬られないで生き残っていく中で技が磨かれていくとするなら、それこそボクシングの話のように防御から先に教わることもあったのかもしれないね。
147
(1): 2008/07/16(水)15:03 ID:6FzMtVY4(1) AAS
今まで見てきて一番有意義なやり取りが成立した気がするがトピックからするとどちらの立場からもさほど結論は変わらないようだな。
剣道の価値観は実戦そのものではない。剣でのやり取りの一部分をフォーカスして、現代ではその精神を人間としての生き方に沿え高めていこうとする文化。
当たり判定が不自然だ、という批判はそのような剣道の性質を理解していないからそう見えるだけ。攻撃偏重の価値観が肌に合わないなら余所へ行けば良いし誰も止めない。
そのように剣道が文化として、また競技として実戦の要素を切り落としながらもなお剣の道であろうと足掻く矛盾からこそ競技としての歪みも生まれる。
そのような足掻きをどう評価するかは人それぞれなのだろう。

剣道なんて150年の歴史も持たない競技、その内容や取り巻く環境も戦前戦後、現代とどんどん変わっている。
また数年程経ったら剣道を巡る議論や環境も全く違うものになっているのかも知れないな。
柔道のように国際主義の中で合理化・定式化の波に揉まれて剣道としての本来の姿を著しく見失ったものにはなっていないでくれと、現代の剣道家としては願うばかりか。
何が「正しい剣道」なのかは誰かが決めて押し付けるものではなく理想的には個々が考えるべきことだから、剣道日本のようなジャーナルで様々な剣道を紹介し、比較議論するような試みがもっとあっても面白くなるかもしれんね。
148: 2008/07/16(水)16:19 ID:jEltKim1(1) AAS
>すなわち当てられずに当てる技術を磨いた方が
理合にかなうのかもしれないね

宮崎氏の剣道、合理的な剣道だと思う。だから6度も日本一になれたと思う。

>やはり剣の理合の第一歩は「捨て身の打ち」なのだと思う。

実力の低い人が、実力の高い人に使う打ち方だと思う。
実力が接近したもの同士では「捨て身の打ち」は使うべき打ち方ではない。
149: 2008/07/16(水)17:21 ID:J3I1o/KE(1/2) AAS
虚実を読めなきゃ防御もクソもないかと。

一年くらいやってりゃどんな防ぎ方すればいいのかなんてわかるだろうし。
学ばなきゃいけないのはどう防ぐか、よりどこを撃ってくるかだろ
150: 2008/07/16(水)17:22 ID:J3I1o/KE(2/2) AAS
虚実を読めなきゃ防御もクソもないかと。

一年くらいやってりゃどんな防ぎ方すればいいのかなんてわかるだろうし。
学ばなきゃいけないのはどう防ぐか、よりどこを撃ってくるか、だろ
151
(2): 2008/07/16(水)18:21 ID:ls3rkbW0(1) AAS
もう、お互いに噛み付くのは止めないかい。
剣道には剣道の良い所があるし、剣術には剣術の面白い所がある。
これが分かっていて、お互い尊重し合える者同士で、オフをすると
それはもう、とても面白いもんだよ。
152
(1): 2008/07/17(木)05:23 ID:9G9oD3FK(1/2) AAS
>>151
剣道屋やしったかが多いからね。
デタラメな理論で長文書いてるようではガキと同じで話にならない(笑
153
(1): 2008/07/17(木)11:19 ID:OhUzeq5r(1/2) AAS
>>152
お前の脳みそが足らないだけだろwww
154: 2008/07/17(木)12:58 ID:kjPk0fLe(1/2) AAS
>>147
>剣道が文化として、また競技として実戦の要素を切り落としながらも
>なお剣の道であろうと足掻く矛盾からこそ競技としての歪みも生まれる

そういうこと。
時代環境の問題で、技術も精神も徐々に変形していったのだろう。
実戦的技術といっても、それを使用できる時代環境がなければ、そのような
技術が育ちにくいのは剣道に限ったことでもない。

ただ、それなら競技に特化した技術・価値観が大勢になるのが自然なのに、
「正しい剣道」に代表されるような競技への特化を阻む価値観が多数派で
あるところに剣道の特殊性がある。
省1
155
(2): 2008/07/17(木)14:53 ID:9G9oD3FK(2/2) AAS
>>153
こういうレスを見ると、剣道をやってると精神が歪むのかなと思う。
156: 2008/07/17(木)17:59 ID:OhUzeq5r(2/2) AAS
>>155
絶対お前みたいなバカが湧くと思ったwww
例えば、お前が人に石投げてお返しに突き飛ばされたら
それはお前に原因があんだろ?他人に対してバカな事言えば
存在を否定されるのは当たり前だろが。タコwww
157: 2008/07/17(木)22:14 ID:0uLLRKXT(1/3) AAS
>>155
煽りを相手にしちゃいかんよ。
158
(6): 2008/07/17(木)22:41 ID:i+P8mcFp(1) AAS
「正しい剣道」なるものが競技への特化だけでなく、
博道の系統までほぼ全滅に追い込む態度が問題なのでは?

相手の剣風にまで注文をつけるようじゃ、外国に負けて当然だわな。
159
(1): 2008/07/17(木)23:37 ID:kjPk0fLe(2/2) AAS
>>158
>「正しい剣道」なるものが競技への特化だけでなく、
>博道の系統までほぼ全滅に追い込む態度が問題なのでは?

中山博道氏の系統だけではなく、他の系統に対してもそうだと思う。
多分に政治的なものだ。

>相手の剣風にまで注文をつけるようじゃ、外国に負けて当然だわな。

というか、「正しい剣道で勝たねばならない」という自縄自縛に
かかっているのではないかと推測するが・・・。
160: 2008/07/17(木)23:38 ID:0uLLRKXT(2/3) AAS
>>158
それは言えてる。
確かに、ルールの中での強さを追求する方向なら、それもアリだと思う。
競技ってのは本来そういうものだから。

ところが現代剣道は、ルールの中で強さを発揮しても、「剣風」なる曖昧模糊とした
ものを持ち出して批判をすることをはばからない。
この体質こそが問題だわな。

外国人には「剣風」なんて関係ないから、(剣道の試合での)実戦的な強さを求める。
不合理な「剣風」に染まった日本人は負ける。
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