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929: 幸ちゃん ◆m9SwOOeiO5OB [age] 2015/11/19(木)01:48 ID:kSZDdLGo(83/89) AAS
ところでわたしがこれまで考察してきたのは、もっぱら狂気の精神的な起源、すなわち、外的・客観
的な誘因によって生ずる起源であった。しかし狂気はそれよりも、純粋に身体的な原因、すなわち、脳
やその外皮の畸形、あるいは局部的な解体とか、また他の病的に衰弱した部分が脳髄に及ぼす影響な
どにもとづく場合のほうが多い。まちがった感覚的直観や幻覚が現われるのは主として、のちにあげた
種類の狂気の場合である。しかしこれら両種の狂気の原因は、たいていは互いに関係しあい、とくに精
神的原因は、身体的な原因を伴う。これは自殺の場合と同様である。自殺が外的な誘因のみによって生
ずるのは稀であって、或る種の肉体的な苦痛が自殺の根底にあり、この苦痛が達する程度に応じて、必
要とされる外部からの誘因が大きくもなれば小さくもなる。苦痛が最高度に達した場合にのみ、外部か
らの誘因がまったく不必要となる。したがって、どれほど大きな不幸であっても、すべての人に自殺を
決心させるとはかぎらず、また、どれほど小さな不幸であっても、それだけでもう自殺へ導く場合があ
る。わたしがここに述べたのは、狂気の精神的な発生で、少なくとも外見上はどう見ても健全な人間の
場合に、大きな不幸によって生ずるたぐいのものであった。ところが、身体的に狂気の強い素質をもっ
た人間の場合には、非常に些細な不満でも発狂するのにじゅうぶんである。たとえば、精神病院へ入れ
られたひとりの男をわたしは覚えているが、その男は兵士だったが上官から「あなた Er」呼ばわりさ
れたために、狂ってしまったのである。肉体的な素質が決定的な場合には、この素質が熟しさえすれ
ば、発狂する誘因はまったく不必要となる。単に精神的な原因から生じた狂気は、思考の歩みを無
理に逆転させることから生じ、そのため逆転によって、どこかの脳髄の部分に一種の麻痺やその他の変
敗を起こし、これは、早いうちに除かないと、永くあとに残ることになる。したがって狂気は、初期に
は治療が可能であるが、かなり時がたてば不可能である。発狂を伴わない躁病があるということは、ピネルが説き、エスキロルがこれに反対したが、爾来これ
にたいして、賛否両論が大いに戦わされてきた。しかしこの問題は、経験によって決定する以外方法は
ない。ところで、こういう状態が実際に現われるとすれば、それは次のことから説明できる。すなわ
ち、この場合には、意志は知性の、したがってまた動機の支配と指導から完全に脱れ、そのため意志は
盲目的で凶暴な、破壊的な自然力として登場し、途を塞ぐいっさいの妨害物を壊滅せずんばやまない執
念となって現われるのである。そうなると、このように解放された意志は、堤防を破った河や、騎手を
振り落した馬、制動するねじを抜きとられた時計に等しい。しかし、こういう休止状態に見舞われる
のは、理性すなわち反省的な認識だけであって、直観的な認識までそうなのではない。というのは、直
観的な認識までそうだとすると、意志にはなんの指導も与えられず、人間は動くことができないからで
ある。むしろ躁病患者は、客観〔事物〕に向かって襲いかかるのだから、客観を知覚しているのである。
また彼は、現在の行為を意識もしておれば、あとになってこれを思い出すこともできる。しかし彼に
は、反省、すなわち理性による指導がいっさい欠けており、そこで、現に存在しないもの、すなわち、
過去と未来に関する事柄を熟慮したり顧慮したりすることが、いっさい不可能である。発作が終わり理
性が支配を回復すると、理性の機能は正常に帰る。というのは、この場合には理性自身の活動は狂って
もそこなわれてもあらず、ただ意志が、理性からしばらく脱れる手段を発見したにしぎないからである。
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