神社の起源 (795レス)
上
下
前
次
1-
新
35
: 2010/11/03(水)02:51
AA×
[240|
320
|
480
|
600
|
100%
|
JPG
|
べ
|
レス栞
|
レス消
]
35: [] 2010/11/03(水) 02:51:03 神功皇后は、 父方が天皇(大王)家、母方が天日矛(弓月の君率いる秦氏などの渡来人が奉じる神)の裔で、 日本人と渡来人の混血と設定されているところが興味深い。 上で出てきた、御嶽(うたき)を管理するノロ(祝女 女性司祭)について調べれば分かるが、 兄王を、神に仕える妹神が守護する、オボー信仰独特の祭祀文化が伝承されている。 もちろん、高句麗国の神女が男王を補佐する女性神官政治や、 日本の斎宮制度、卑弥呼による統治なども、この流れを汲むと見ていいだろう。 妹日女(姫)のことを乙姫と呼ぶが、もちろん浦島太郎の乙姫様のことであり、 乙姫様の若き日の修行の場所は神戸布引の滝で、その下流に生田神社があり、 稚日女の名で彼女が祭られていることから、 斎宮制度にとって最も重要な祭祀の原型が読み取れる。 母系継承されてきたものなので、斎宮制度は天日矛を奉じる渡来系文化と見ることが出来る。 日神・天日矛に仕える斎女(いつきめ 依憑の巫女 いつきのみこ)の祭祀を現代まで伝承する、 卑弥呼や神功皇后の末裔とされてきた一族は、今も母系継承の形をとり、 天日矛神、すなわち太陽神(男神)の霊気をその身に受けて、 ペアとなる日女(姫)神、耀(あかる)姫(かぐやく姫 かぐや姫)に神がかりして託宣する。 もちろん、かぐや姫の物語は、耀姫に神がかりするための祭祀の流れを、 子供に分かりやすくイメージとして教えるために作られたものである。 伊勢神宮外宮が、天照神は昼夜問わず天を照らす日月神のワンペアという伝承を残している。 天日矛・耀姫の陰陽一対の関係から、男王を女神官が補佐する斎宮制度に至る流れを、 政(マツリゴト)を祭(マツリゴト)として行なっていた時代から、 持統天皇の時代に行なわれた、天照大神を女神とする一神教への宗教改革の時代までの、 変遷を見て取ることが出来る。 http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/min/1287641496/35
神功皇后は 父方が天皇大王家母方が天日矛弓月の君率いる秦氏などの渡来人が奉じる神ので 日本人と渡来人の混血と設定されているところが興味深い 上で出てきた御うたきを管理するノロ祝女 女性司祭について調べれば分かるが 兄王を神に仕える妹神が守護するオボー信仰独特の祭文化が伝承されている もちろん高句麗国の神女が男王を補佐する女性神官政治や 日本の斎宮制度卑弥呼による統治などもこの流れを汲むと見ていいだろう 妹日女姫のことを乙姫と呼ぶがもちろん浦島太郎の乙姫様のことであり 乙姫様の若き日の修行の場所は神戸布引の滝でその下流に生田神社があり 稚日女の名で彼女が祭られていることから 斎宮制度にとって最も重要な祭の原型が読み取れる 母系継承されてきたものなので斎宮制度は天日矛を奉じる渡来系文化と見ることが出来る 日神天日矛に仕える斎女いつきめ 依の女 いつきのみこの祭を現代まで伝承する 卑弥呼や神功皇后の末とされてきた一族は今も母系継承の形をとり 天日矛神すなわち太陽神男神の霊気をその身に受けて ペアとなる日女姫神耀あかる姫かぐやく姫 かぐや姫に神がかりして託宣する もちろんかぐや姫の物語は耀姫に神がかりするための祭の流れを 子供に分かりやすくイメージとして教えるために作られたものである 伊勢神宮外宮が天照神は昼夜問わず天を照らす日月神のワンペアという伝承を残している 天日矛耀姫の陰陽一対の関係から男王を女神官が補佐する斎宮制度に至る流れを 政マツリゴトを祭マツリゴトとして行なっていた時代から 持統天皇の時代に行なわれた天照大神を女神とする一神教への宗教改革の時代までの 変遷を見て取ることが出来る
上
下
前
次
1-
新
書
関
写
板
覧
索
設
栞
歴
あと 760 レスあります
スレ情報
赤レス抽出
画像レス抽出
歴の未読スレ
AAサムネイル
ぬこの手
ぬこTOP
0.051s