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88: 2015/05/31(日)17:07 ID:izoANQYR0(1) AAS
モラエスの遺品や書籍などを展示 [5/30 14:23]モラエスの遺品などを展示
【全文】movie(徳島県)■ 動画をみる外部リンク[html]:www.jrt.co.jp
徳島で晩年を過ごしたポルトガル出身の文人、モラエスの遺品や書籍などの展示会が、30日、徳島市の2か所の
会場で始まりました。外部リンク[html]:www.jrt.co.jp 画像リンク[jpg]:www.jrt.co.jp
これは、徳島市の眉山山頂にあったモラエス館が今年3月末に閉館したことを受け、その展示品を移して紹介して
いるものです。外部リンク[cgi]:www.news24.jp
このうち、徳島駅前のアミコ専門店街1階の会場では、モラエスの作品の原書や翻訳書など、およそ150点が
展示されています。買い物客に気軽に立ち寄ってもらおうとこの場所が選ばれました。
ままた会場には、ボランティアのガイドが常駐し、展示品の案内やモラエスについての解説も行っています。
この展示会は、徳島大学の総合科学部2号館でも開催されていて入場は無料です。
省2
89: 2015/06/04(木)19:34 ID:Psw893Zc0(1/2) AAS
「モラエス館」の資料を展示外部リンク[html]:www3.nhk.or.jp
徳島市のモラエス館が老朽化のため閉館したのに伴い、収蔵されていたポルトガル出身の文筆家・モラエスに関する
資料の展示が、徳島市内の2か所でこのほど始まりました。
徳島市の眉山山頂にあったモラエス館は、ことし3月末に閉館し、ギャラリーや展望休憩所を備えた観光施設に建て
替えられる予定です。
この施設が完成するまでの期間限定で収蔵されていた資料の展示が、徳島大学の常三島キャンパスと、JR徳島駅前
のアミコビルで、このほど始まりました。
このうちアミコビルでは、モラエスのポルトガル時代から14年間務めた神戸領事時代、徳島で過ごした晩年までを
写真と資料で紹介しています。
また、「徳島の盆踊」など明治から昭和はじめにかけて、当時の徳島や日本の文化を世界に紹介した数多くの本や、
省5
90: 2015/06/04(木)19:44 ID:Psw893Zc0(2/2) AAS
ふるさと岡山の写真展外部リンク[html]:www3.nhk.or.jp
岡山の美しい風景や心なごむ人々の姿を写した写真展が、吉備中央町で開かれています。
この写真展は、日中友好に尽力した吉備中央町出身の岡崎嘉平太が愛した岡山の風景をテーマに8年前から
開かれています。
吉備中央町の岡崎嘉平太記念館には、岡山の四季折々の美しい風景や、心なごむ人々の姿を写した作品、160点
あまりが展示されています。
このうち、最優秀賞に選ばれた倉敷市のタカ橋克美さんの作品「夕照」は、夕日の光に照らされたコスモスの花を
鮮やかに表現した作品です。
また、優秀賞には、桜の木の下で城跡の石段をのぼる子どもたちの姿を写した岡山市北区の松本ケンイチさんの
作品「桜の石段」と、青空と菜の花畑のコントラストを絵画のようにとらえた岡山市南区の堀紘治さんの作品「春うらら」
省5
91: 2015/06/08(月)19:47 ID:cvQzCt3s0(1/2) AAS
マンガで時代を振り返る外部リンク[html]:www3.nhk.or.jp
1970年代から現在までそれぞれの時代で人気を集めた漫画を紹介しながら、当時の出来事や流行語などを振り返る
企画展が高梁市で開かれています。
この企画展は、高梁市川上町にある「吉備川上ふれあい漫画美術館」で開かれています。
会場には1970年代から現在までを8つの時代に区切り、それぞれのパネルで、「ブラックジャック」「ジョジョの奇妙な
冒険」など人気を集めた作品を、あらすじとともに紹介しています。
その隣では、「あさま山荘事件」や「瀬戸大橋の完成」といった当時の出来事や流行語なども紹介していて、マンガを
読んでいたころの思い出を振り返ることができます。
津山市から訪れた39歳の男性は、「自分が子どものころ熱心に読んでいた、70年代後半から80年代の漫画が
見られてよかったです」と話していました。
省4
92: 2015/06/08(月)19:57 ID:cvQzCt3s0(2/2) AAS
モラエス賞に岡村多希子氏外部リンク[html]:www3.nhk.or.jp
明治から昭和の初めにかけて日本文化を世界に紹介したポルトガル出身の文筆家、モラエスに関する文化活動を表彰
する「モラエス賞」の2回目の受賞者に、伝記などを執筆した東京外国語大学の岡村多希子名誉教授が選ばれました。
モラエスは、ポルトガルの神戸総領事などを務め、晩年を徳島で過ごした文筆家で、明治から昭和の初めにかけて
日本文化を紹介する多くの著作を残しました。
「モラエス賞」は、徳島日本ポルトガル協会やNPO法人のモラエス会などが去年創設し、1回目の受賞者には作家で
僧侶の瀬戸内寂聴さんが選ばれました。
このほど行われた今年度の選考の結果、2回目の受賞者には、東京外国語大学の岡村多希子名誉教授が選ばれました。
岡村さんは、東京都出身の76歳で、長年モラエスの研究に取り組み、「おヨネとコハル」や「徳島の盆踊り」など
代表的な著作を日本語に翻訳したほか、「モラエスの旅ポルトガル文人外交官の生涯」などの伝記も執筆し、
省4
93: 2015/06/11(木)21:38 ID:BxDruQqs0(1) AAS
かまぼこ板の絵入賞作品きまる・城川11:54
西予市城川町で毎年開かれている「かまぼこ板の絵」展覧会の入賞作品が決まり、今年もアイデアあふれる力作が
揃いました。外部リンク[html]:eat.jp
「かまぼこ板の絵」展覧会は、かまぼこ板を使って発想豊かに描かれた絵が楽しめるユニークな展覧会で、
今年で21回目を迎えます。
今年は、国内外の1歳から106歳まで1万5133人から8005点が寄せられ、そのうち、188点が入賞しました。
こちらは、大賞に選ばれた神奈川県相模原市の原正幸さんの作品「手に包む」です。
母親が手で優しく子どもを包み込む姿を通して、親子の深い愛を表現しています。
ギャラリーしろかわによりますと、今年は、宇和島伊達400年祭を記念したものや、
戦後70年の節目を迎え、平和を願うものが多く寄せられたということです。
省1
94: 2015/06/16(火)16:54 ID:SQ/TZqDE0(1) AAS
子規博450万人突破18:50
松山市の子規記念博物館の来館者が15日に450万人を突破しました。オープンから34年目での達成です。
450万人目の来館者となったのは、松山市出身で東京都八王子市の主婦、大石純子さん65歳で、
母親と一緒に子規博を訪れました。外部リンク[html]:eat.jp
大石さんには竹田美喜館長らから450万人の認定証や永久に無料で入館できる記念パスポートなどが贈られました。
子規記念博物館は1981年に松山市で開館し、正岡子規の俳句などの資料が展示されています。
毎年およそ10万人が訪れていて、34年目で来館者450万人を達成しました。
95: 2015/06/17(水)16:57 ID:50CHRhCf0(1) AAS
ebcで-た放送news 15日11:57 子規博来館者450万人達成
松山市の子規記念博物館の来館者が15日、450万
人を達成した。450万人目の来館者は、東京都八王
子市の大石純子さん。認定証や永年無料パスポ-トが
贈られた。1981年の開館以来、34年目の達成。

2015.6.15 12:00 F 子規博来館者450万人達成 <6/15 12:00 >
松山市の観光施設、子規記念博物館の来館者数がきょう450万人を達成しました。
450万人目の来館者になったのは、東京都八王子市から訪れた大石純子さんで、いっしょに訪れた母親とともに
認定書や永年無料パスポートなどが贈られました。
子規記念博物館は正岡子規の世界を通して松山の文化に親しんでもらおうと、1981年に開館し、
省2
96: 2015/07/01(水)13:14 ID:3+CxCbkM0(1) AAS
2015.6.29 11:58 G 子規博で新しいイベント「まつやま子規亭」 <6/29 11:58 >
松山市の子規記念博物館は、以前開かれていた道後寄席に代わるイベントとして8月から「まつやま子規亭」を始めます。
子規記念博物館は、様々なゲストを招いて軽妙なトークを繰り広げる、道後寄席を2003年から開いていましたが、
発案者の天野祐吉前名誉館長が亡くなったため、去年3月終了していました。
このため道後寄席に代わる集客イベントを検討し、8月から「まつやま子規亭」を始めることを決めました。
「まつやま子規亭」は子規が生きていたら興味を持ちそうなテーマについて、ゲストに講演してもらうイベントで、
第1回の8月22日は、海老名香葉子さんと林家三平さん夫婦の親子3人が登場します。
今年度は4回の予定で、4回目は中村獅童さんが予定されています。外部リンク[asp]:www.ebc.co.jp
入場券は有料で往復はがきで申し込むか子規博での直接販売となります。
97: 2015/07/06(月)11:10 ID:5sJZdjTr0(1/2) AAS
モラエスの評伝書き継いだ思い外部リンク[html]:www3.nhk.or.jp
徳島で晩年を過ごしたポルトガルの文筆家、モラエスの評伝小説を、父親の新田次郎さんの後を継いで完成させた
作家の藤原正彦さんが、5日、板野町で講演し、執筆に込めた思いを語りました。
モラエスは、明治から大正時代にかけてポルトガルの神戸総領事などを務めた文筆家で、晩年を徳島で過ごしました。
講演した作家で数学者の藤原正彦さんは、父親の作家、新田次郎さんが亡くなる間際まで執筆していたモラエスの
評伝小説を書き継いで完成させ、3年前に出版しました。
藤原さんは、執筆のいきさつについて、「モラエスに惚れ込んで取り憑かれたように取材・執筆していた父の無念を
晴らしたいと決意し、父と同様にモラエスの生家など、足跡をたどってきました」と語りました。
そして、「モラエスの残した言葉を読むことで父に再会できるような気持ちになりました。
書き終えた時は肩の荷がおりた思いでした」と心境を語ると、会場は拍手に包まれました。
省3
98: 2015/07/06(月)11:12 ID:5sJZdjTr0(2/2) AAS
テスト2chスレ:museum
徳島大空襲の痕跡をたどる2015年07月05日 12時53分更新
阿南にアザラシ現れる2015年07月04日 21時45分更新
ヴォルティス連勝ならず2015年07月04日 21時45分更新
徳島大空襲の追悼式2015年07月04日 15時23分更新
徳島大空襲70年 写真と証言2015年07月03日 18時56分更新
剣山山頂で雲海剣山山頂で雲海2015年07月04日 11時52分更新
99: 超音波テロの被害者 2015/07/07(火)00:04 ID:6qrda/+b0(1/5) AAS
超音波テロの被害にあっています。
卑劣極まりない被害にあっています。

何が起こったかわからないときから、
わかってみれば、
まだ世の中に知られていない超音波テロ。
100: 超音波テロの被害者 2015/07/07(火)00:04 ID:6qrda/+b0(2/5) AAS
世の中のどれだけの音の振動源・発信源が
使用されているのかわからないが、
多数の振動源・発信源がシステム化され、
ネットワークを通して、
超音波・音波を集中させて
対象を攻撃するらしい。
101: 超音波テロの被害者 2015/07/07(火)00:05 ID:6qrda/+b0(3/5) AAS
人や社会が襲われ、罪もない人が超音波で襲われ、
卑劣な被害にあっています。

聞こえる声、音。超音波テロの加害者の声。
「もらいました」という声とともに、
形のあるもの、ないもの、奪っていき、壊していく
超音波テロの加害者の声。
102: 超音波テロの被害者 2015/07/07(火)00:06 ID:6qrda/+b0(4/5) AAS
超音波による物理的な力で、
ものが飛び、ものが壊れる。
それが人間の体に対してまで。

身体の表面を突き抜け、内臓を攻撃される。
頭蓋骨を突き抜け、意識を失わされる。
聞こえる声、認識できない声で、精神的なダメージ。
人間の体を壊そうとする超音波テロ。
103: 超音波テロの被害者 2015/07/07(火)00:06 ID:6qrda/+b0(5/5) AAS
「見続けるのがいやだから、殺して終わる」、
「証拠隠滅だ」という超音波テロの加害者の声とともに
強烈な超音波の攻撃。
叫ばされ、いたぶられ、
超音波テロの卑劣な被害にあっています。
心の底から被害を訴え、祈っています。

天に神に届きますように。
104: 2015/07/07(火)09:10 ID:eGp9XV0V0(1) AAS
モラエスの評伝書き継いだ思い外部リンク[html]:www3.nhk.or.jp
徳島で晩年を過ごしたポルトガルの文筆家、モラエスの評伝小説を、父親の新田次郎さんの後を継いで完成させた
作家の藤原正彦さんが、5日、板野町で講演し、執筆に込めた思いを語りました。
モラエスは、明治から大正時代にかけてポルトガルの神戸総領事などを務めた文筆家で、晩年を徳島で過ごしました。
講演した作家で数学者の藤原正彦さんは、父親の作家、新田次郎さんが亡くなる間際まで執筆していたモラエスの
評伝小説を書き継いで完成させ、3年前に出版しました。
藤原さんは、執筆のいきさつについて、「モラエスに惚れ込んで取り憑かれたように取材・執筆していた父の無念を
晴らしたいと決意し、父と同様にモラエスの生家など、足跡をたどってきました」と語りました。
そして、「モラエスの残した言葉を読むことで父に再会できるような気持ちになりました。書き終えた時は肩の荷が
おりた思いでした」と心境を語ると、会場は拍手に包まれました。
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105: 2015/07/11(土)12:07 ID:EBuqRT1v0(1) AAS
子規の未発表の俳句か外部リンク[html]:www3.nhk.or.jp
松山市出身の俳人、正岡子規が詠んだと思われる俳句が記された短冊が、今治市の民家から見つかり、
未発表の句の可能性があるとして注目されています。外部リンク[html]:www3.nhk.or.jp
この俳句を記した短冊は、ことし3月、子規の弟子と親交があった今治市の俳人の自宅で、愛媛県美術館の学芸員らが
見つけたもので、「湯の町の門を閉たる餘寒哉」と詠んでいます。
子規の研究家の大阪成蹊短期大学の和田克司名誉教授らが、俳句を記した短冊にある「餘寒」という文字と、
ほかの子規の直筆の句の文字などと比較を行った結果、子規の直筆に近いと思われるとしています。
さらに、松山市の子規記念博物館によりますと、子規の俳句の全集などに、この句が見つからないことなどから、
未発表の句の可能性があるとしています。画像リンク[jpg]:www3.nhk.or.jp
句では、「湯の町」という言葉に続いて、春の季語である「餘寒」という言葉が使われ、
省4
106: 2015/07/11(土)21:48 ID:tqtUDuqP0(1) AAS
ma
107: m 2015/07/12(日)14:51 ID:TT5y5Q9x0(1) AAS
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