白雪千夜「私の魔法使い」 (111レス)
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88: 23/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:15 ID:ldlfMP+C0(88/110) AAS
「逆に考えてみよう。どういう時なら着けてもいいって思える?」

「どういう時、か。そうだな……。お嬢さまは可能な限り、私の贈ったものを身に着けてくださっている。お嬢さまと並び立てる時であれば、私も……気兼ねしないかもしれない」

「というと、ユニットとしてステージに上がった時だけ? 1年に何回、何時間着けられるかどうかだな……」

「それだけあれは私にとって特別なのです。……お前がいなければ、こんな悩みも持てなかった」

 ようやく顔を出した千夜から非難の色は見られなかった。アイドル活動を通して得られるものがあったなら、プロデューサー冥利に尽きる。
省38
89: 23/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:16 ID:ldlfMP+C0(89/110) AAS
「ぎゃあっ!? えっ、ちとせ? 何してるんだよ!?」

「やっと気付いてくれたぁ……」

 首筋に痛みは感じないまでも、何かを突き立てられた感触と微かな薔薇の香りに振り向くと、ちとせがものの見事にふてくされていた。

 千夜も目を丸くしているということは、示し合わせての連係プレイではないらしい。

「楽しそうにお喋りしちゃってさ……仲良しなのはいいけどね」
省9
90: ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:17 ID:ldlfMP+C0(90/110) AAS
24/27

 ただならぬ悲壮感をひた隠しにしている千夜のレッスン風景を見学しながら、邪魔にならないよう、そして聞かれないようちとせとプロデューサーは小声で密談していた。

 ちとせがいないのでは意味がない、『Velvet Rose』として出るわけにはいかないと意固地になった千夜を説得したのはちとせだ。

 ユニットとして一番近くではなくとも、千夜がアイドルとして活躍しているところを見たい。千夜がアイドルをする枷にはなりたくないと、ちとせは千夜にお願いしていた。

 千夜はそれを命令として受け取ることで、なんとかレッスンにありついている。ちとせの身を誰よりも案じているからこそ、自分を律するためにそうするしかなかったのだ。
省18
91: 24/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:18 ID:ldlfMP+C0(91/110) AAS
「……ああ。アイドルを続けるためにちとせを退屈させない、ちとせに嘘をつかない。もっと増えていくかと思ってたのに、2つのままだった」

「それだけ私が求めていたことを、あなたはやってくれてたんだよ。私のことも、千夜ちゃんのことも」

「そうだと……いいんだけど」

「自信持って。だから私、アイドルのままでいたい。あなたがくれた夢を見ていたいから、あなたに嘘をつかせたくないの」

 柔らかく笑みをこぼすちとせを、プロデューサーは直視できない。
省22
92: ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:20 ID:ldlfMP+C0(92/110) AAS
25/27

 スケジューリングされていた仕事をなんとかこなしきったちとせに、内々でアイドル活動の休止が決定した。

 学校には通えているようだが、かかりつけの医者からもドクターストップをついに言い渡されたようだ。

 そんなちとせからは千夜を支えてやるようにと強く頼まれている。これはちとせと約束した言うことを聞く内ではないが、頼まれずとも全力でサポートするつもりだ。

 それぐらい、今の千夜は見ていられなかった。出会った頃のよそよそしさで溢れていた千夜の方がまだ近付きやすいとさえ感じる。
省17
93: 25/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:21 ID:ldlfMP+C0(93/110) AAS
「……千夜は、元気か? 疲れてるんじゃないか」

 ちとせのことに触れないのも不自然だが、実際千夜も心身ともに参っているはずだ。

「お前の方こそ……。お嬢さまも、心配しておられた」

「ちとせが俺を……」

「私たちのことで老け込んでいるだろうからと。それで、様子を見に……来てみたらこれだ」
省18
94: 25/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:21 ID:ldlfMP+C0(94/110) AAS
「なのにお前は、私に消えない炎を灯した。お嬢さまが主役でそれを支えるのが私の人生……そんな物語でよかったはずなのに。お前は私に、お嬢さまに! 心が燃え盛るような新しい物語をくれた……!」

 プロデューサーの胸元に手を付き、そのまま頭も埋もれさせていく千夜。悲鳴にも似た叫びがプロデューサーの芯まで穿っていく。

「これからだっていうのに! 私に生きる意味をくれた人に、私は何もしてやれない……。どうして私の周りからは、大切なものが燃え尽きていってしまうんだ……!」

 苦しくならないよう、優しく千夜の肩を抱き寄せる。その程度では千夜からこぼれだした感情は止まらない。

「もう何も失いたくない……。失うくらいなら、最初から何もいらなかった。でも、もう戻れない……! 温かさを知ってしまったから。私が……自由に、私らしくあれそうな場所まで、導いて……くれたから!」
省15
95: 25/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:23 ID:ldlfMP+C0(95/110) AAS
「……。もう少し、言い方は……なかったのですか?」

「いいんだよ! ここで格好がつく人間だったら、1人で老け込んだりしてないさ」

 抱き寄せるのをやめ、千夜の顔が見えるように胸元からゆっくりと離した。

 目は赤くなっていたが潤んではいない。哀しみの涙に濡れてしまえば、せっかく灯った炎も消えてしまいそうな、そんなか細さを千夜はプロデューサーに隠そうとはしなかった。

「やりたいようにやればいい。ちとせが心配なら、そばにいてやっていい。ちとせに届けたい想いがあるなら、ステージの上で表現してやれ。ちとせもそれを……望んでるから」
省17
96: ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:24 ID:ldlfMP+C0(96/110) AAS
25.5/27

 覚悟は決まった。あとはやるべきことをやるだけだ。

 物がまた増えてきた自室で、私は1人誓いを立てる。お嬢さまの戯れに従い振り回されてここまできたが、この誓いだけは自分の胸の内から湧き上がったものだ。

 舞台の上だけでいい。僕としてではなく、お嬢さまに相応しい私になれる瞬間があるというのなら。

 たとえ1人になろうとも、輝いてみせよう。それを証明しなくては。
省11
97: ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:25 ID:ldlfMP+C0(97/110) AAS
26/27

「緊張してる? それとも……ふふ。女の子の部屋に入ってくるなんて、魔法使いさんは悪い人だね」

「ちとせが呼んだくせに……」

 4度目となる黒埼家への来訪は、千夜の送り迎えをする名目のまま事務所の車でちとせを会場まで送り届けるために、迎えに行った時のことだった。

 出来る限り近くで千夜のステージを見守りたい、そんなちとせの付き添いとして迎えに上がったものの、大事な話があるからと家の中まで通されたのだ。
省21
98: 26/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:26 ID:ldlfMP+C0(98/110) AAS
「それじゃあ今度はあなたの番。千夜ちゃんのこと、好き?」

「それは……」

 調子が戻っていないとしても、この瞬間だけは紅い瞳から逃れられない。そんな予感がした。

「……ああ、好きだよ。不愛想でちとせ想いなあいつを放ってなんかおけない」

「他には?」
省22
99: 26/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:27 ID:ldlfMP+C0(99/110) AAS
「そろそろ、行こっか。私をエスコートしてくれる?」

「……ああ。魔法使いなんかでよければ」

「魔法使い兼、馬車のお馬さん兼、王子様役、だね。これからも大変そう♪」

「これ以上は勘弁してくれよ? さあ行こう」

 ちとせに手を差し出すと、重ねるようにちとせも手を置いてくれた。身支度は済んでいるので、途中何度か名残惜しそうに振り返るちとせとそのまま外へと向かった。
省28
100: 26/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:28 ID:ldlfMP+C0(100/110) AAS
「これ、あの子に届けてほしいんだ。持っててくれるだけでいい、私の代わりにこの子が千夜ちゃんのそばにいてくれたらなぁって」

「自分で渡せばいいじゃないか……そのぐらいの時間は」

「いいからいいから♪ あなたに預けておけば安心できるから、ね?」

 ちとせにとって千夜の次に宝物だったはずのネックレスだ。傷でもつけないよう丁重に預かって、懐中時計が入っていない方の内ポケットにしまい込む。

「それじゃあ次、きっと……必要になると思う。だから渡しておくね」
省26
101: 26/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:30 ID:ldlfMP+C0(101/110) AAS
 多くの出演者とその関係者が慌ただしく入れ替わっていく中、1人静かに千夜は控え室で自分の出番を待っていた。

 『Velvet Rose』としての出場登録は変更されないままきており、初めてその名を見聞きする聴衆には千夜1人が舞台に出ても、違和感を抱かないだろう。

 それでも千夜はちとせの分まで舞台に立とうとしている。2人のための楽曲は随分と1人用にアレンジされてレッスンしてきたが、その心までは変わらない。

 間もなく出番が来る。プロデューサーは千夜に何から伝えるべきかわからないまま、ちとせから千夜へと渡されたものだけは届けようと、放心していた自身を置き去りにするように千夜のもとへ駆け付けた。

「はぁ、はぁ…………ごめん。遅くなった」
省33
102: ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:31 ID:ldlfMP+C0(102/110) AAS
27/27

 事務所の自室で1人、プロデューサーは茫然自失になりながらデスクで千夜からの連絡を待っていた。

 ちとせから託されたもう1つの大事な物。千夜に宛てられた手紙を会場から撤退する際に渡してから、1日が経過していた。

 千夜のLIVEパフォーマンスはレッスンでも見られなかったほどの素晴らしいものだった。

 1人用に組み直されていたはずのダンスや歌唱のところどころに、ちとせを彷彿とする優雅な笑みや気品を浮かばせて、2人で舞台に立っているような気にさせられたのだ。
省16
103: 27/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:33 ID:ldlfMP+C0(103/110) AAS
 そうして千夜までもいなくなってから、何度も連絡を取れないか持たせてある携帯電話へメールも電話も試してみたが、千夜からの応答はまだ無い。

 回収してある千夜が会場に残していったものはちひろに管理してもらい、いつ千夜が事務所に戻ってきてもいいよう、会場を後にしてから今に至るまでプロデューサーは事務所の部屋で待機している。

 さっき夜が明けたばかりのはずが、既に西日が差し込んできていた。

 懐から時を刻むべく動き出した懐中時計をもう何度目になるのか手に取り、どうしてちとせはいなくなってしまったのか振り返ろうとした時。ふと、ちとせから渡されたものを思い出す。

「……そういえば、もう1つ……」
省18
104: 27/27 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:34 ID:ldlfMP+C0(104/110) AAS
 そこにいたのが求めていた人物ではなかったからか、とっくに涸らしていただろう涙の跡にまた雫が流れていく。頬をつたった涙が2つのネックレスへとこぼれていく。

「…………。お前がここに来たということは……お嬢さまはもう、戻ってこないのですね?」

 掠れ切った千夜の声が胸に深く突き刺さる。憔悴しきった目の前の少女が、昨日あれだけのLIVEをこなしたアイドルとは到底思えない。

 千夜はちとせがいなくなったことだけは理解しているらしい。そして、それの証左となったのがプロデューサーの到来、そのような口ぶりだ。ちとせはどんな手紙を書き残したのだろう。

 プロデューサーはどう返したものか言葉に詰まる。目を離した隙に消えた、なんて本気で信じる人間はいない。ただの人間であれば、だが。
省23
105: ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:35 ID:ldlfMP+C0(105/110) AAS
27/0

 白へと落ちていった先には、黒が待っていた。

 正確には夜の世界だ。頭がぐらつきながら、桜もこれから色めこうとしている気候を肌で感じ、だんだんとはっきりしていく視界には――

「……ねぇ、聞いてる? ボーッとしないで」

 聞き覚えのある声の主は、いなくなったはずの少女のものだった。
省25
106: 27/0 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:37 ID:ldlfMP+C0(106/110) AAS
 一転して、あの全てを見透かすような瞳になった。やっと記憶にあるちとせの雰囲気に近付いてきたが、それはそれで緊張する視線でもある。

「大丈夫、もう取って食べようなんて思ってないから。そんな寂しそうな顔されてても美味しくなさそうだし、ねっ」

 早くも見透かされたものの、この瞳さえあれば何とかなるような気がしてくる。何とかしなくては、悪夢は覚めないままになってしまう。

 ……取って食べるとは文字通りの意味なのだろうか。得体が知れないままなのはいろいろよくない、そう直感するプロデューサーだった。

「なあ、君の……その。正体? 教えてくれないか?」
省14
107: 27/0 ◆KSxAlUhV7DPw 2020/02/04(火)21:38 ID:ldlfMP+C0(107/110) AAS
 翌日、プロデューサーは朝早くから事務所の自室に訪れていた。

 部屋にアイドルの痕跡が何もなくなった時間へと戻ってくるのはこれが初めてなので、失ったものの大きさに胸が押し潰されそうになる。何度失くしては拾い上げてきたかも覚えていない。

 いや……本当は覚えている。それだけ失いかけた輝きを、やり直すことで取り戻してきた。敏腕プロデューサーなどではなく、ズルをしていただけなのだ。

 プロデューサーとしてアイドルに夢を見せ、魔法使いとして悪夢をなかったことにする。
省20
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