[過去ログ] 太平洋戦争は日本なら誰が悪かったの? (1002レス)
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75: 03/16(土)18:40 ID:Q9JpUeiP0(2/3) AAS
>>74
それが三国軍事同盟からソ連は除かれているんだ。
5.日本国、ドイツ及びイタリアは前記の諸条項は、
三国それぞれとソ連との間に存する政治的状態に
なんらの影響を及ぼさないことを確認する。
76: 03/16(土)19:30 ID:ZvyTLn6E0(2/3) AAS
対共産軍事同盟と言う建前が嘘っぱちだと言う証明だね。
77: 03/16(土)20:26 ID:0eI2ldQg0(1) AAS
西園寺自体も保身の塊と自己顕示欲丸出しな奴だったから。
平田と組んで山本権兵衛の動きを妨害したり碌でもない
78(3): 03/16(土)21:32 ID:LseJ6ZjW0(1/2) AAS
>>65
俺が参謀総長なら日本は負けてないと言ってる
少なくとも戦線縮小派だから無駄な戦いは避けれたろう
79: 03/16(土)21:40 ID:LseJ6ZjW0(2/2) AAS
東條「ドイツがアメリカにやられた後に日本がやられたらどうするの?」
これは一理あるんじゃないか
80: 03/16(土)21:47 ID:lT0P6Nbc0(2/2) AAS
>>78
少なくとも皇道派を226で排除しまくったのはまずかったw
今の自民党が戦前直前の統制派丸出しだw
81(2): 03/16(土)22:21 ID:Q9JpUeiP0(3/3) AAS
>>74
確かにグリア号事件とカーニー号事件、ルーベンジェームズ撃沈と
アメリカはドイツに参戦してもいい状況だったが、
ルーズベルトは参戦しなかった。
やはり、ルーズベルトは参戦しないという公約を
破ることができなかった。
選挙公約というのは神への宣誓と同じだから。
82: 03/16(土)23:50 ID:ZvyTLn6E0(3/3) AAS
>>78
自分が満州事変の主犯だと豪語したと言う伝説と同じ時に言ったとされる話だから、それも作られた伝説だろう。
。
83(1): 03/17(日)10:22 ID:Cn+x5CTo0(1) AAS
石原って安全なポジションで好き勝手言ってるだけの奴だろ。
林千勝とか茂木誠とか石原を陸軍大臣にすべきだったとかほざいててお茶吹いたわ。
84: 03/17(日)10:57 ID:Qki5UA6j0(1/4) AAS
満州事変はたまたまうまく行ったけど、石原の本質は机上の空論屋だからな。
戦争を以て戦争を養うとかドヤ顔で語ってるけど、それってこけたら大惨事な自転車操業でしかないって理解できてないか無視している。
石原に限らず昭和の軍人の通弊だけど、どんな賭博的な作戦でも常に成功前提で語り、失敗した時の挽回策や次善策はまるで語ろうとしないんだよなあ。
失敗したらとかの話になると必勝の信念あらばとか、そんな弱腰では成功するもしなくなるとか、精神論で誤魔化す。
こんな連中が閥を組んだのが一夕会。
彼らが出世欲に駆られて戦火を起こし拡大させて言った末が太平洋戦争であり、その敗北なわけだ。
85: 03/17(日)11:30 ID:tyHJZFVh0(1) AAS
まあ世界恐慌から農村の飢饉をどう回避できるか対案語ってから言えよw
86: 03/17(日)12:43 ID:vi4yRNVe0(1/3) AAS
少なくとも満洲国建国は東北飢饉の解決策には全く関係ない
やるべきは冷害対策や米価調整など農業及び経済対策で領土拡大ではない
87: 03/17(日)14:10 ID:VBFR9lrA0(1/2) AAS
満州事変はソ連の赤化戦略への対抗措置であった。満州事変の直前には、ソ連軍が外モンゴルに進駐し、首都の名前をフレーからウランバートル(「赤い英雄」の意)に変え、外モンゴルをソ連の傀儡化していた。
そのソ連の手先であるコミンテルンの影響下で満洲における反日・排日運動が激化し、張学良政権によって、条約によって保護されるはずの日本の権益が非合法的に破壊される事態が続いたことへの、やむを得ざる反撃だった。
88(1): 03/17(日)14:20 ID:F6F/Y8fi0(1) AAS
赤化に対抗したいなら1929年の中ソ紛争時に張学良を支援してソ連と戦えばよかったのだ
89: 03/17(日)15:39 ID:Heta7PSU0(1) AAS
>>83
石原より多田駿を
陸相にした方が
多分多田のほうが杉山あたりよりマシだろ
90: 03/17(日)17:09 ID:VBFR9lrA0(2/2) AAS
>88
満州の赤化防止の目的は朝鮮の防衛であった。ところが、1929年の張ソ戦争は張政権が東清鉄道をソ連から簒奪する目的で行われた。そのような、日本の国策とも国益とも無関係に行われた軍事行動に、日本の軍隊が参加するべき道理はない。まかり間違えば第二の日露戦争になってしまうではないか。
91(1): 03/17(日)17:32 ID:Qki5UA6j0(2/4) AAS
>>0087
また赤化対抗詐欺か。
中国共産党と戦ってる国民党を後ろから切りつけるような真似をして、赤化対抗が聞いてあきれる。
赤化対抗を口実に支配圏の拡大を目論んだに過ぎんよ。
上の方にあったように、防共を口実に結んだ協定を発展させた軍事同盟に、対ソ参戦義務が無い事からも明らかだ。
その後も共産党は放置で奪ったものを認めさせようと国民党ばかり叩いている。
結果、日本のおかげで国民党に勝てたと毛沢東に言われる有様。
ソ連に次ぐ中国共産党支援国家だったのが日本の現実だ。
>モンゴル
1924年の話で直前とは言えんな。赤軍の支援もモンゴル人民革命党の要請を受けてのもので、モンゴル人自身の決断だ。
省6
92: 03/17(日)17:37 ID:Qki5UA6j0(3/4) AAS
>まかり間違えば第二の日露戦
満州事変ではソ連権益地の北満州まで占領しておいて何をいまさら。
これは当時のソ連が関東軍にとって何ら脅威ではなく、赤化防止など口実、お題目でしかなかったという事だ。
93: 03/17(日)19:32 ID:fRK+KUpC0(1/2) AAS
枢軸が防共の盾だった事は一面では正しい
独伊と東欧枢軸諸国及びフィンランド、さらにスペイン青師団を始め西欧義勇軍はソ連赤軍とまさに存亡を賭けた絶滅戦を戦った
大戦中スターリンがずっと懸念していた事は、西側連合軍とドイツが講和してソ連に全力を向けてくることであり、大戦末期にヒムラーなどのナチス幹部が夢想したのは西側連合国はドイツと講和して西側装備で増強させて対ソ連戦を戦わせるだろうという事である
末期のベルリン市民の記録でもソ連軍の前に米英軍の到着を待ち望むあまり、米英はドイツをソ連の盾とするはずという希望が妄想に昇華している
スターリンは西側に東部戦線に比べて西部戦線のぬるさを散々詰り、ドイツ将兵も東部戦線よりは西部戦線の方がマシ
独ソはこういう疑惑と妄想を抱いてる中、米英首脳はそんなヒトラー的なアクロバットなやり方はせず、まず枢軸を潰し、しかる後に共産主義と対峙する事を選んだ
94: 03/17(日)19:42 ID:fRK+KUpC0(2/2) AAS
一方日本が防共の盾だったかと言えば極めて怪しい
大戦中日ソ中立条約を固守し、莫大な量のアメリカからの物資を何ら妨害せず駄々通し 大戦中最も安全なレンドリースのルートは太平洋ーウラジオラインだった
さらに大戦後半になるとソ連に気を使うあまりに、延安の中共に対し積極的攻勢に出る事をやめ、一方で大陸打通作戦で国府に甚大な損害を与える 日通戦争を通じ日本が中共に与えた損害と国府に与えたそれとは隔絶した差があった
日本には防共の実績がろくにない
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