法律ってそもそも何? 哲学的な視点から (210レス)
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1: 10/04(金)16:40 ID:0(1/210) AAS
日本の場合、法律ってそもそもすべて輸入したものだってこと知ってる?
今の大学と云われているものはそもそも明治維新のときに法律を日本に教えるために生まれたものなんだよ
早慶は英米系、明治や法政はフランスの欧州系だね
日大はドイツ系かな。日本は主に欧州系の法律を受け入れた。つまり制定法だな。
ちゃんと明文化された成文法がある。六法全書にあるようにね。
英米は判例法が主だ。つまり裁判での判例にもとずいて裁いていこうという方式。
憲法はドイツに習っているし、民法はフランスに習っている。
そういうもともとはドイツ語やフランス語で書かれていたものを翻訳するような人が
法学者となっていってルーツともなっているわけさ。
そもそも法律というものは欧州の血塗られた市民革命により勝ち取られた民主主義の象徴でもあるのだけども、日本は明治維新のときに欧州の文化を受け入れた明治政府のもとで、もとは下級武士の要人が積極的に取り入れて日本仕様に改変して定着させていったというもの。
省6
191: 午 11/10(日)02:40 ID:0(191/210) AAS
その在こはどうしてそうなったのかは語ったはっずだが
それさえも解らないのか、
探求しないのか?
目を逸らすのか?
そんなことで解決は出来ないだろうし
正に在この勝手な視線でしかない。
192: 11/11(月)17:38 ID:0(192/210) AAS
法律はルールブックに過ぎない
全ては慣習が下敷きにあるが最早その慣習と全く別の時代と社会に生きている我々にとっては東西とわず無縁だ
故にルールブックに従いうまくやった奴が徳をする
その程度のものだと理解すれば良い
それともう一つ存在するのが倫理だ
こちらはより曖昧で場とタイミングによって変わる
哲学とは歴史なので哲学として語るより法律や慣習の変遷を追うしかない
哲学は大抵後付けで現状の社会に折り合いをつける解説程度のもの
193: 11/11(月)20:05 ID:0(193/210) AAS
ルールにはルールの解釈があり、法文には法文の解釈がある。そして解釈は無数に可能である。
例えばある人が三叉路にいたとする。そこには「右に進め」という立て看板があった。ではその人はどちらの方向に進めばそのルールに従ったと言えるだろうか?
そもそも、この宇宙で「右」という漢字は「→」の方向を意味する。しかし別の宇宙では、逆向きの「←」の方向を意味する漢字であるとする。仮想的な宇宙は論理的に想像可能であり、それは「右」という漢字が「特定の方向を持つ根拠」がないことを示す。
また、そもそも「右」がそもそも「漢字」ではなく、同じ形でありながら別の意味をもった異国の文字とも考えうる。
話を戻し、三叉路の男がいずれの解釈も可能だとする。そして無数の解釈の仕方から一つ選び、その解釈の通りに行えば「ルールに従っていない」とされるだろう。他の解釈の通りにしていないからだ。
∴我々は規則に従うことはできない
また、逆にいかなる解釈もルールに一致させることができるだろう。少なくとも一つは解釈の通りに実行できるからだ。
省1
194: 11/11(月)20:08 ID:0(194/210) AAS
話飛躍しすぎて雑だね
別の宇宙とか君の妄想を語られても困るわけで
もう少し地に足をつけて論理的な思考する訓練積んだら?
それじゃあ落ちこぼれるか、落ちこぼれた末路なのかな
195: 11/11(月)20:10 ID:0(195/210) AAS
解釈の基準となるのが慣習だろう
裁判官の気まぐれやパーソナリティ、政治的な権力側の恣意的な誘導もあるだろうが
196: 11/11(月)20:10 ID:0(196/210) AAS
それも含めて社会・時代の雰囲気を読んで生きる力が必要とされる
197: 11/11(月)20:21 ID:0(197/210) AAS
法解釈の多様性が趣旨の話だが
まあ阿呆は例え話の方に噛みつきがちなのは承知している
198(1): 11/11(月)20:51 ID:0(198/210) AAS
アホが言い訳するなよ
本当落ちこぼれ丸出しだな
199(1): 11/21(木)08:48 ID:0(199/210) AAS
中世では法による裁きは実質的には存在せず、武力を有した勢力による支配が常だった
その中で緩く法と倫理が存在し、不服である場合は自力救済としての決闘がよく用いられた
法が社会のルールとして一般化するのは民主主義という概念が広まる18世紀以降
一般意志=法律が社会・国家の共通のルールとして据えられるようになった
同時に18世紀からナショナリズムが進み地方自治のローカルルールを国家という大きな枠組みに嵌めて統一する動きが起きた
日本では廃藩置県に辺り日本全体で一つの共通の法での統治となる
200(1): 11/21(木)08:49 ID:0(200/210) AAS
哲学的に簡潔に言えば法律とは一般意志となる
そして一般意思とは、共同体の成員である人民が総体として持つとされる意志のこと
201(1): 11/21(木)08:53 ID:0(201/210) AAS
中世の法は支配者側の都合による効率的な搾取と農奴管理の為の簡単なルール
貴族における法は同盟と契約に付随するもので多くの場合は武力・力関係で無視される儚いものに過ぎない
現代の法は基本的にフランス革命当時のルソーから始まるものでそれ以前とは全く異なるもの
202(1): 11/21(木)08:55 ID:0(202/210) AAS
細かな法解釈については日本は判例主義なので六法全書と判例で個別案件毎に検索
203: 午 11/22(金)22:20 ID:0(203/210) AAS
在こはその、世界に共通で民族独自な一般意思に従わず勝手な自己同一性を叫ぶも
一方ではそれに反する通名を使うことでも排除的に嫌われているわけ。
その言い訳や反論として都合が良いのが似た境遇なユダ金が牛耳る国連的な言説。
204: 午 11/22(金)22:51 ID:0(204/210) AAS
というかさあ、そんな法律とかに関してなら自分でブログでしてろよって。
205: 11/22(金)23:10 ID:0(205/210) AAS
法律を道徳や倫理と混同してはいけない。
法律は機能である。法律は可変である。
206: 11/23(土)01:32 ID:0(206/210) AAS
法律と同様に道徳と倫理も変化しているがw
そして法律は概ね倫理に遅れて改正される
そういう意味では法律は正義に遅れを取る時代遅れで劣位なものだが、システムにおいては絶対視されがちで権力によって社会正義を無視して暴力を振るう
207: 11/23(土)14:15 ID:0(207/210) AAS
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>>199-202
意外とまともな人を発見
そうだね、あんたに言う通りだ
「一般意志」というのは憲法や法律のことをいうのだ
近代の民主主義思想を開かせたルソーやロックが生きた近世ではまだ貴族が支配していた人治主義だ
そう捉えると東浩紀の「一般意志2.0」って何なんだろ?と思うのだが
高度に発達したネットのインフラで「大衆の無意識を可視化する」?なんかよくわからんよな
それが議会といった代議制度による法の定立をも否定したたルソーの「一般意志」の真の具現化だかなんだか
208: 午 11/23(土)14:25 ID:0(208/210) AAS
それはあくまでも自民族にさえ奴隷の存在した社会でのこと。
そういった基本的な文化の違いを考慮しないと可笑しな議論になる。
209: 11/23(土)14:39 ID:0(209/210) AAS
日本は制定法主義だったか
法について無知なの丸出しだったわ
210: 11/23(土)14:40 ID:0(210/210) AAS
まとももまとも
ついでに>>198以前のレスも俺だわ
お前が人を侮っているだけだ
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