【たぬき】高垣楓「迷子のクロと歌わないカナリヤのビート」 (328レス)
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1: ◆DAC.3Z2hLk [saga] 2019/06/14(金)00:33 ID:DTY4fa360(1/49) AAS
モバマスより小日向美穂(たぬき)の事務所と高垣楓さんのSSです。
独自解釈、ファンタジー要素、一部アイドルの人外設定などありますためご注意ください。
シリーズの一作ですが、時系列的に最初のお話なので、これから読むorこれだけ読むのでもお楽しみいただけます。
前作です↓
【たぬき】鷺沢文香「ばくばくふみか」
vip2chスレ:news4ssnip
最初のです↓
小日向美穂「こひなたぬき」
vip2chスレ:news4ssnip
SSWiki : 外部リンク:ss.vip2ch.com
2: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)00:36 ID:DTY4fa360(2/49) AAS
歌を忘れたカナリヤは 後ろの山に棄てましょか
いえいえ それはかわいそう
歌を忘れたカナリヤは 背戸の小薮に埋めましょか
いえいえ それはなりませぬ
省5
3: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)00:37 ID:DTY4fa360(3/49) AAS
◆◆◆◆
高垣楓さんには、一つ奇妙な癖があった。
いきなり泣くのだ。それも左目「だけ」で。
声はあげずに脈絡も無い。すんともしゃくり上げず、ただ涙がすぅっと流れるだけ。
きっと自覚すら無かったんだと思う。
本人は少し遅れて「あら私ったら泣いてるわ」って顔で、肩の埃でも払うように頬を拭うだけだから。
どうして泣くのだろうと、その時はいつも考えていた。
省2
4: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)00:39 ID:DTY4fa360(4/49) AAS
【 春 : 陽だまりを避ける影 】
芸能プロダクション「346プロ」は、新年度からますます回転率を上げていた。
歌手、モデル、俳優……数多くのタレントやアーティストを輩出するこの事務所は、業界最大手との呼び声が高い。
その実績は輝かしく、346の芸能人といえば知らぬ者はおらず、業界にこの者ありと言わしめる敏腕プロデューサーも数多い。
まさに芸能界に君臨する、美しき城というわけだった。
俺はさしずめ、そんなお城の片隅で働く、名もなき使用人の一人といったところか。
省8
5: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)00:41 ID:DTY4fa360(5/49) AAS
スタジオ隅のベンチで一息つく頃には、外はすっかり夕方になっていた。
「じゃんっ♪」
と、目の前にエナドリが差し出された。
「ああ。お疲れ様です、千川さん」
「あんまり根を詰めたらいけませんよ? これ、どうぞ」
「いいんですか? それじゃありがたくいただ」
「お給料から引いておきますね♪」
「アッハイ」
千川ちひろさんは、俺のアシスタント仲間だ。
省6
6: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)00:43 ID:DTY4fa360(6/49) AAS
「――ところでPさん、聞きましたか? あの話」
千川さんの言う「あの」が「どの」なのかは、社員なら誰でもわかる。
「……聞いてますよ。やめときゃいいと思うんですけどねぇ」
「え、意外。嫌なんですか?」
「嫌っていうか……まあ、大丈夫なのかなぁっていうか」
「心配ないと思いますよ。なんていったって天下の346プロですし、まさか無策じゃないでしょ」
「だといいですね。大手が参戦して爆死なんて話、腐るほどあるんだから」
「うーん……なんか含みがありますねぇ?」
千川さんが横から顔を覗き込んでくる。
省6
7: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)00:45 ID:DTY4fa360(7/49) AAS
◆◆◆◆
そう、アイドルは嫌いだ。
アイドルをやるような子たちが、じゃない。そういうビジネスモデルそのものが嫌いなのだ。
程度の差こそあれ、芸能事業なんてのはみんな水ものだ。
いくら努力を重ねようが、時勢の流行り廃りであっさり潮目を変えてしまう。
歌手だろうと俳優だろうとそれは変わらないが、アイドル事業は特に顕著だろう。
しかもその性質上、アイドルの中心層はティーンの女の子となる。
まだ物事の善し悪しもわからない少女たちをその気にさせ、生き馬の目を抜く業界に飛び込ませる――
なんてやり方が、俺はどうにも好きになれない。
省6
8: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)00:47 ID:DTY4fa360(8/49) AAS
◆◆◆◆
下っ端が何をどう思おうが、企画はトントン拍子で進行していく。
とうとうオフィスビルに専用のフロアができ、人事異動もどんどん進む。
「――でも、どれくらいの規模でやるつもりなんだろう。想像つかないなぁ」
「そりゃ相当リキ入ってんだろうよ。ほらあの、アメリカ帰りの専務。あのヒトの肝煎りって話だぜ?」
金曜夜。
会社近くの居酒屋で、ああでもないこうでもないと雑談を交わす同僚二人。
彼らとはたまにこうして酒を酌み交わす仲だ。近ごろは忙しくて頻繁には会えないのだが。
「んでお前はどうなんだよ、ヨネ。自分とこの部署持ちたいって言ってたじゃねーか」
省5
9: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)00:48 ID:DTY4fa360(9/49) AAS
「やっぱりアイドルって花形だろ? この業界に入った以上はさ、憧れだよなぁ」
俺は「そうか」と頷くばかりだった。
もう一人はどうなのだろう。
こちらは金髪グラサン、ピアスにヒョウ柄のシャツといういかにも「そっち」な見た目だが、彼なりのやり方で自分の仕事を進めている。
ちなみに直属の上司とは折り合いが悪いようで、ハゲとかなんとか陰口を聞くのはこちらの役目だった。
「俺はそういうのダリィけどなぁ……。まあでも、担当すんならチチのでけェ女がいいわ」
「うっわ身も蓋も無いな! それ単にタクさんの好みじゃないか!」
「バッカわぁかってねーなぁヨネ、ファンってのはそういうとこから付くモンなの。ほれ、チチを笑う者はチチに泣くって言うだろ?」
「聞いたことないぞそんなことわざ!?」
省3
10: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)00:50 ID:DTY4fa360(10/49) AAS
「Pさんは?」
当然、こっちにお鉢が回ってくる。
「そうそうお前どーすんだ? 結構いろいろ変わってくんだろ? 仕事増やされる前に適当なトコに落ち着いといた方がいんじゃね」
どうもこうも。
あらかじめ用意しておいた答えを、台本でも読み上げるように返す。
「……俺は、事務やれてりゃそれでいいですよ」
11: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)00:51 ID:DTY4fa360(11/49) AAS
〇
「――んだからよぉ、やっぱ俺的ベストバウトは花山対スペックなんだよォ! そこんとこわかってんのかァ!?」
「ああ、わかったわかったから! タクさん酔うと刃牙の話ばっかすんだよな……!」
「いやそこは最トーの独歩ちゃん対渋川先生でしょ」
「バッおまッ最トーつったら花山対カツミンだろォ!?」
「タクさんそれ花山が好きなだけじゃないっすか!」
「もういいってPさん! それ以上やると終わんないから!」
そうこうしているうちに駅まで着いてしまった。
どこをどう歩いたかもわからない。馴染みの居酒屋というだけあって飲み過ぎてしまった。
省5
12: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)00:53 ID:DTY4fa360(12/49) AAS
「22時……」
終電まで時間はある。
一番の盛りを過ぎたものの、街はまだ騒がしかった。春先の涼しい夜風に、酒気を帯びた熱が混ざって頬を撫でる。
まだ、もう少しここに残ろうか。
今夜に限って飲み足りない気分だった。
この浮かれた夜の衣に包まれていれば、余計なことを考えないで済むような気がして。
思い立った時、気付けば足は駅から離れていた。
浮き上がるような頭で考える。どこかいい店があったかな。どこへ行こう。どこへ行けるだろう――
省1
13: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)00:54 ID:DTY4fa360(13/49) AAS
「……っ」
頭を振って暗い感情を追い払った。
歩こう。歩いているうちに少しはましになるはずだ。
やがて橋に差し掛かる。きらきらした夜景が川面に映り、遠くには高いタワーが霞んで見えた。
何も考えず歩道を進み、ふと視線を上げた時、妙なものを見た。
(……女の人?)
14: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)00:56 ID:DTY4fa360(14/49) AAS
ちょうど自分の何メートルか前を、背の高い女性が歩いていた。
彼女も飲んでいたのだろうか。それとも帰りだろうか。
それだけなら別になんてことのない光景なのだが、場所が場所で、つい釘付けになってしまう。
彼女は、橋の欄干の上を歩いている。
バランスを取るでもなく、自分のペースで、ゆらり、くらり。
高いヒールでふらつく様子も見せず、舞うように足を進める。
危ないですよと言おうとした。
けどその歩みがとても自由な感じがして、邪魔をするのが憚られた。
省5
15: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)00:59 ID:DTY4fa360(15/49) AAS
両眼の色が違った。
見間違いではないと思う。
右は日差しを孕む花葉の碧、左は夕闇に迫る月影の紺。
互い違いの瞳の色が、いっぱいに夜を写し取って輝いている。
そして俺は、光る雫を見た。
あんなに楽しそうなのに、酒に酔ってご機嫌っぽいのに、彼女の頬を一筋の涙が伝っている。
しかも青い左の眼からだけ流れていて、それは回る動作で目尻を離れ、雫となって川へと落ちた。
省1
16: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)01:00 ID:DTY4fa360(16/49) AAS
ぽかんと開いたままの口から、「あ!」と自分でもびっくりするような大声が迸る。
女性の体が、今度こそ欄干の外に出たのだ。
「危ない!!」
どんなに優れたバランス感覚だろうが、足を踏み外してしまえばおしまいだ。
考える前に駆け出した。大きく傾ぐ体に手を伸ばす。とうとう宙に躍り出る。間に合わない……!!
「――あら?」
「え?」
逆さまになった女性と、目が合った。
高さがおかしい。というか落ちていない。
省3
17: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)01:00 ID:DTY4fa360(17/49) AAS
「あの、足元……」
残されたのは、無茶な姿勢で欄干に足をかけたアホの酔っ払い一人である。
止まっていた時が動き出したように、すっかりバランスを崩してしまう。
「あ。グワーッ!!!」
こうして俺は、きらきら光る神田川に落ちた。
18: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)01:03 ID:DTY4fa360(18/49) AAS
〇
「ぶえっくしょい!!」
「どなたか存じませんが、ごめんなさい」
春先の夜は普通に寒い。
岸辺に沿う桟橋の上で、濡れ鼠になった俺を女性が申し訳なさそうに拭いてくれる。
どうにか助かりはしたものの、どうやって助かったかはよくわからない。
自力で泳ぎ着いた感じは無いし、何か細い手に引き上げられたような……というか。
飛んでた?
飛んでたよな。
省2
19: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)01:05 ID:DTY4fa360(19/49) AAS
聞きたいことは山ほどある気がしたが、かける言葉が出てこない。
見つめ合うことしばし、妙な沈黙が二人の間に降りた。
「「あの」」
「あ、すいません、お先にどうぞ」
「ああいや、大したことじゃないんで、そちらから先にどうぞ」
「いえ、私も……それほどのあれではありませんから、もしあれでしたらそちらから」
「別にそんな、あれってほどでもないんであれですけど、あれ? ああだから、まずは……」
「助けてくださって、ありがとうございます」
「いえいえ、大したこともできず」
省10
20: ◆DAC.3Z2hLk [sage saga] 2019/06/14(金)01:07 ID:DTY4fa360(20/49) AAS
〇
入ったのは、路地裏にある小さな居酒屋。
大将が一人でカウンターに立っているような、古式ゆかしいもつ焼きの店だった。
チョイスの渋さに内心驚かされたが、出てきた串物はどれも絶品でまた驚いた。
それらに輪をかけて驚きなのは、彼女がグラスを空けるペースだ。
どうも行きつけの店のようでボトルキープがあったのだが、一升あったはずの中身が気付けば半分減っている。
目に見えてガバガバ飲むわけでもないのに、気が付けばぺろりと枡ごと干してしまう感じだ。
なんだか化かされているような気がした。
胃の腑に酒を落とすと、なんだかんだで体が温まってくる。
省7
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