5世紀頃までの国境と守備軍事的長ヒナモリ Part1.1 (761レス)
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378: 04/21(日)23:58 AAS
「玉鉞・刻文付有孔石斧」山形県羽黒町中川代遺跡(縄文中期)
外部リンク:utukusinom.exblog.jp

文字は「之と生の合体字?」の甲骨文字である。
379: 04/22(月)18:21 AAS
>ここに篆書字体一覧表があるが阿比留草文字の手本甲骨文字とは違う文字が多い、
特に、「ヒ火」「モ百」「テ王」「ウ有」阿比留草文字はより甲骨文字に近い。

篆書字体一覧表
外部リンク:zhuanlan.zhihu.com

阿比留草文字と甲骨文字の対応(漢字の起源、参考)
外部リンク[html]:ameblo.jp
380
(1): 04/23(火)16:17 AAS
箕子は、殷文武丁(28代王)の子、『史記』殷本紀によると、箕子は殷室直系の一族。

甲骨文字は、古代中国の遺跡から出土する甲骨(亀の甲羅や牛の肩甲骨など)
に刻みつけられた文字。特に、殷(商)時代後期(第22代殷王武丁以降)
(紀元前13世紀半ば頃)の占卜(亀卜)に使われた甲骨上の文字を指す。

箕子にはそれなりの歴史的背景が考えられる。
中国古代の殷・周金属文化圏では、紀元前10世紀以後、山東の斉の箕族が、
殷・周の権威のもとで、朝鮮西部に接する遼寧で活動していた。

外部リンク[html]:k.sina.cn
「北京市順義県」「河北省東部」「遼西大凌河」で「其」「㠱侯」という銘の
西周初、箕子時代の青銅器が多数発掘され、箕子と関係づけてとらえる意見がある。
省2
381: 04/23(火)16:20 AAS
 前4世紀から前3世紀にかけて、現代の北京周辺を拠点とした「燕」が勢力を
拡大した時代、その東側に「朝鮮」という名前で呼ばれる勢力が存在したことは
確かであるが、この「朝鮮」の王が箕子の末裔であるという事実も認められない。

『史記』によれば、前漢成立間もない前2世紀初頭に燕の人、満(衛満)が政争から
の安全を求めて徒党を引き連れて朝鮮にわたり国を建設したとされる(衛氏朝鮮)。
伝説によれば衛満は朝鮮王準に仕えて信頼を得たが、漢から国を守るためと偽って

逆に朝鮮王準を打ち倒し、敗れた準は韓の地に逃れて韓王を称する様になったという。
仮に朝鮮王準が箕子の末裔だとすれば、これが箕子朝鮮の滅亡となるが、
それも詳らかではない。

箕子の子孫である準王は衛満に王権を簒奪されると、
省1
382: 04/23(火)16:24 AAS
 1955年、遼寧省凌源市海島営子村の村民である唐永興と張懐仁によって、
殷周時代の青銅器16点が発掘された。現在青銅器は、遼寧省博物館(中国語版)
に所蔵されている。 青銅器の特徴は、同時期の殷周の青銅器と酷似しており、

この時期の中国東北部ではこのレベルの青銅器を鋳造できなかったことから、
遼西周辺に殷人が移住したと考えられる。 1973年春、遼寧省朝陽市北洞村で
考古学者が発掘した青銅器の方鼎には「㠱侯」と銘文されていた。

 殷代の甲骨文字卜辞に「㠱侯、王其」の文字があることから、
「㠱」とは「箕」のことであることがわかる。
すなわち、「箕侯」の意味を持つ「{㠱侯」と方鼎に銘文されていた。

 また、河南省安陽市で出土した「父己」の方鼎と形状が酷似していることから、
省1
383: 04/23(火)17:54 AAS
>ここに篆書字体一覧表があるが阿比留草文字の手本甲骨文字とは違う文字が多い、
特に、「ヒ火」「モ百」「ユ夕」「ウ有」阿比留草文字の方が原形、甲骨文字に近い。

篆書字体一覧表
外部リンク:zhuanlan.zhihu.com
甲骨文字一覧表
外部リンク[html]:jw.beijing.gov.cn

阿比留草文字と甲骨文字の対応(漢字の起源、参考)
外部リンク[html]:ameblo.jp
384: 04/23(火)20:05 AAS
「後漢書 辰韓伝」
辰韓耆老自言 秦之亡人避苦役適韓国 馬韓割東界地與之 其名國為邦 弓為弧
 賊為寇 行酒為行觴 相呼為徒 有似秦語 故或名之為秦韓

「辰韓の耆老は自ら言ふ。秦の亡人にして、苦役を避け、韓国に適く。
馬韓は東界の地を割き、これに與ふと。
その名は、国を邦と為し、弓を弧と為し、賊を寇となし、行酒を行觴と為し、
相呼びて徒と為す。秦語に似たるあり。故、域いはこれを名づけて秦韓と為す。」

(その名は、国を「邦人」と為し、弓を「弧を描く」と為し、賊を「元寇」となし、)
(行酒を行觴「回し飲み」と為し、相呼びて「徒党」と為す。)まんま、今の日本語。

初朝鮮王準為衛満所破 乃将其餘衆數千人走入海攻馬韓破之自立為韓王
省4
385: 04/23(火)23:48 AAS
 フィリピン ベトナム インドネシア 「日本人 - Wikipediaより」

D1a2a 0 .......0 .........0

O1b2 ..0 .... 2.9 ....... 8.0 (日本人25.1%)
(47z)
O1b2 ..0 .... 1.4 ....... 8.0 (朝鮮民族33.3%)
(L682)
 C2 .. 0 .... 4.3 ....... 0.0 (朝鮮民族9.3% 漢民族華南5.0%)

>これから見るとベトナム人とインドネシア人のO1b2(47z)は、戦前の日本兵関係ないな
あれば、同数くらい (D1a2a) も出て来るはず、という事は古代中国南部からの流れか?
中国南部浙江省あたりにO1b2(祖先型 O1b2a1a (F1204)がいた。
省2
386: 04/24(水)16:59 AAS
シュメールや古代バビロニアの三種の神器である
武神のシンボルの剣
日像鏡
月像の首飾り

日本の三種の神器
草薙の剣(くさなぎのつるぎ)(スサノオ)
八咫鏡(やたのかがみ)(天照大神)
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)(月読命)
(シュメール神話により勾玉は月像であり、月神シン(辰)を表してる事が解る。)

中東では「勾玉」のデザインが良く使われる
省1
387: 04/24(水)16:59 AAS
日本の神話には8つの首を持つヤマタノオロチを退治したときに、
草薙の剣を得たという話があります。

シュメールの神話にも、7つの首を持つ龍を退治して、剣を得たという話があります。
これらを関連付けると、
日本の三種の神器はシュメールの神から授かったものという見方もできます。

じゃあ、日本にシュメール神話を伝えた者たちが居た、中東出身説のある秦氏か???
古代バビロニアの楔形文字で書かれた粘土板の物語りを記憶してた民族て事か???
388: 04/25(木)16:54 AAS
アメリカ人の意見
外部リンク[html]:www.tapatalk.com

中国由来は詳しい人からすると殆ど有り得ないらしい
あのEbizurが言ってんだから間違いないよ

しかも2023年に日本人のデータが増えたことで、現時点では日本からの可能性が高い。
今回の調査で見つかったものはO1b2だけでなくO1b2aのサブクレードでさえ
現時点で見つかっているどのD1a2aよりも古かったみたい。
O1b2a1a-F1290も今のところ日本だけ。中韓では見られない傾向を示している
389: 04/25(木)17:03 AAS
また、Inoue and Sato 2023 が、
日本人の10人からO1b2a1a-F1290
(xO1b2a1a1-47z, O1b2a1a2-F2868, O1b2a1a3-F3821)
Y-DNAを発見し、O1b2全体の1.42%を占めていることも注目に値します。

これらの系統は、主に川崎(5/109=全O1b2の4.6%)の試料で観察されていますが、
大阪(1/41=全O1b2の2.4%)、金沢(3/158=全O1b2の1.9%)、
徳島(1/106=全O1b2の0.9%)の試料でも観察されています。

韓国や中国からのO1b2a1a-F1290(xO1b2a1a1-47z, O1b2a1a2-F2868,
O1b2a1a3-F3821)の症例は確認されていません。

TheYtreeは現在、O1b2a1a-F1204の直下に3つの韓国のサンプルを集計していますが、
省2
390: 04/25(木)17:05 AAS
すべては遺伝子の中に アジア人のDNAの秘密解明
外部リンク:spap.jst.go.jp›experience›topic_et_05
2021/11/19 — 23MofangもGeseDNAtも
遺伝子検査分野における約100社のうちのひとつに過ぎない。
中国では、この分野で2022年までに約4億500万米ドルの売り上げが ...
391: 04/25(木)17:12 AAS
23mofangには現在、O-F1204で集計された1814人のメンバーと、
O-CTS10687、O-47Z、およびO-K4で集計された合計1812人のメンバーがいます。

これにより、23mofangのデータベースにはO1b2a1a-F1290の2つの潜在的な
メンバー(xO1b2a1a1a1-47z、O1b2a1a2-F2868、O1b2a1a3-F3821)が残されますが、

これら2つの個体の正確な系統発生位置は不明であり、地理的起源も不明です
(23mofangの膨大なデータベースには日本起源の個体が何人かおり、
予想通り、彼らは特に日本特有のクレードのメンバーの大部分を占めているため、
私が知っている限りでは日本人である可能性があります)。 D-M55、C-M8、O-47zなど)。
392: 04/25(木)17:15 AAS
したがって、現生人類の男性から得られた遺伝的証拠は、
祖先のジャポニック集団におけるハプログループO1b2
(数的に優勢なO1b2a1a亜クレードを含む)の起源を示す傾向があるが、

弥生・ムムン考古学文化の拡大と同時期に大規模な集団増加を示す傾向もある。
393: 04/25(木)17:38 AAS
23mofangによると、
現在の中国の男性の約0.12%がO-F940に属しており、そのほとんどが漢民族である。
O-F940の特定のサブクレードは、湖南省北東部(湘潭、宜陽、長沙など)の
漢民族の姓であるZōu(周)の間で非常に一般的であるようです。

したがって、O-F940の祖先は、
同じ拡大していた初期のムムン/弥生集団から出現した可能性があります。

もしかしたら、彼は殷周革命時の東夷系家臣だったのかもしれません。
394: 04/25(木)17:50 AAS
O1b2a1aのサブクレード(O1b2a1a1-47zは主に日本に分布しているが、
O1b2a1a2-F2868は韓国と中国で比較的一般的である)

と同様に、O1b2(xO1b2a1a)の組成に関して、
日本と韓国と中国の間にはいくつかの違いがあるようである。
395
(1): 04/26(金)22:55 AAS
ハプログループNOの親タイプのK2aのパラグループK2a*は、シベリアのウスト・イシム人
(45,000年前)とen:Oase 1(37,000〜42,000年前)のみから見つかっている。

ハプログループNOのうちハプロググループOにもハプログループN1にも属さない
NO-M214(xN1-LLY22g, O-M175)が日本の徳島で5.7%、福岡で3.8%観察されている。
子系統 N (M231)、O (M175) 発生時期34.600±4.700 年前(別のソースによると
33,000 [30,900 ↔ 35,200]年前あるいは41,500 [37,400 ↔ 45,600]年前)
にハプログループK2から誕生した。推定発生地 東アジア北部

ハプログループO1 (Y染色体)(ハプログループO1 (Yせんしょくたい))は
ハプログループO (Y染色体)のサブグループであり、「F265/M1354, CTS2866,
F75/M1297, F429/M1415, F465/M1422」の変異で定義されるタイプである。
省1
396: 04/26(金)22:55 AAS
ハプログループO-M268 (Y染色体)(ハプログループO-M268 (Yせんしょくたい)、
系統名称ハプログループO1b。 ハプログループO1b1とO1b2の親系統。
発生時期上限は33,181(95% CI 24,461-36,879)年前。 推定発生地東アジア

ハプログループO-M176 (Y染色体)(ハプログループO-M176 (P49)、
系統名称ハプログループO1b2 発生時期31,108(95% CI 22,844〜34,893)年前

O1b2a (F1942/O-F855) - 最近共通祖先 11,500 (99% CI 14,378 ↔ 9,047)年前。
O-F855の子孫はこれらの国の出身です 日本 71 大韓民国 31 中国 10 モンゴル国 1
O1b2a1 (CTS9259) - 最近共通祖先 10,492 (99% CI 13,140 ↔ 8,238)年前。

O1b2a1a (F1204,F3356,K10)最近共通祖先 7,436 (99% CI 9,395 ↔ 5,782)年前。

O1b2a1a1 (47z, K7) - 最近共通祖先 6,303(99% CI 8,140 ↔ 4,780)年前。
省2
397: 04/27(土)00:42 AAS
O-K10の最も近い共通祖先はKarmin氏等が2022年に発表した論文によると
約7,900 (95% CI 9,449 ↔ 5,624)年前に誕生したと考えられる。

現存するO-K10は三つの異なるサブクレード、
(O1b2a1a1-K7/O-47z)、(O1b2a1a2-K4)、及び(O1b2a1a3-CTS10687)に大別される。
O1b2a1a1にもO1b2a1a2にもO1b2a1a3にも属さない、所謂O1b2a1a*に分類される
O-K10/O-F1204のY-DNAは、日本(川崎市のサンプルでは全てのO1b2の4.6%を占め
比較的多いが、金沢市、大阪市、徳島市のサンプルでも同様のY-DNAが観察されている)

と韓国(大田133人のサンプル中1人)のサンプルの中から稀に検出されている。
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